51話
「街の住人はさほど、混乱はしていないようだ」
街の混乱は思っていたほど酷くない、というのが牢へ訪れて開口一番に情報交換したダスティンからの報告だった。いかにも領主らしい、と言える。
「今のところは」と付け加えてこちらを見据えることを憚らない辺りもまた、懸念は晴れていないことが見て取れた。
レーグトニアは立ち上がって、ムラマサは壁を背に座ったまま。牢の柵がどれほどの効果があるかはわからないが、領主……ダスティンも落ち着いた様子で話しを続けた。
街の調査に赴いた人員からの報告ではむしろ、直後に公表した殺人犯の人相書きとその撃退の知らせが大きな効果を出しているらしい。
領民はみな一様に納得をみせ、それと同時に活気も依然と同様とまではいわないまでもそれなりに元へと戻ってきているとのことだった。
あらましを話し終えたところで、まずレーグトニアが意見を述べた。
「……あまりに、あっさりとしすぎていませんか?」レーグトニアが口にすると、ダスティンもまた「同意だ。納得の速度が、いささか異常すぎるほど早い」と答える。
「『エルフの次は人間』……たしか、そう言っていた」
その答えを探るべく、ムラマサもまたここで発言した。ダスティンもそれに関心を抱いたようで、口を挟むことなく続きを待つ。
「庭で戦闘……とはいえ一方的に遊ばれておりましたが、ともかく一合打ち合った際にあの輩が申しておったのです。『エルフの次は人間……エルフは現在進行形』と」
「……つまり何か、奴、あるいは奴らの一味は現在エルフを攻め立てており、それが終われば次は人族が標的である、ということか。本当にそのようなことが可能とでも?」
「そうさな……領主殿、戦闘はご覧になっていたかと思われるが、拙者の戦力は如何様に思ったか、率直に意見を訊かせていただいても?
「……少なくとも、この地で単独で倒せる者というのは、探すに難しい」
「そのような者が勝てぬのです。
これで相手がもしも単独ではなかったら?」
「兵を集めたところで、余程の策でもない限りは勝てぬだろう」
「左様に、相成りまするな」
ダスティンの疑問に臆面なく言葉を返し、質問した本人もまた納得してしまう。
この都市、ひいてはこの世界の人族が総じて弱いというわけでもない。ないのだが、それは一握りであって全体ではない。それが分からないほど意固地に『戦う』などとは、ダスティンは口にはできなかった。
「ついてはその件、私が領主殿に面通ることとなったこととも関係ががありそうですので改めてお話させていただいても?」
「構わん、話せ」
「……この度、このムラマサ殿と率いてダスティン伯へ目通りしたのは、他でもないエルフの里が救援を求めることに発端があります」
エルフの里は『薄闇の伝承』に記される影なるる者……『渦』と思しきものの襲撃を許し、半ば壊滅の危機にあるとのこと。
各地、各種族に残る『薄闇の伝承』の断片を読み集め、『渦』に対抗するべく手立てを講ずること。
タァナの森以外……他の森はおろか、それこそ一番多くのエルフが住まうとされるウォロ大森樹のエルフ族との連絡すら取れず、遣いに出したものすべてが帰ってきていないこと。
タァナのエルフ三部族当主は、その襲撃者から目をを欺くために三部族の現当主を部族内の『末娘』に相続させる準備を立てて、部族ごとに密かに継承をした。
その中の一部族、『紋鐘』の一族の現当主は、レーグトニアに継承されたこと。
「『紋鐘』の現当主権限を以て、助力を得られるならば。レーグトニアがそれを善しと判断するのなら、その架け橋を疾く務めよ……それが、前当主の命でした」
「……助力、か」
「はい。この氷壁都市は、古くより細々とではありますが我々エルフとも取引を行ってきたそうですから」
「であれば可能性はあると踏んだか。……だが、それはまかりならん話だ」
「なぜ!?」
それまで佇んで話していたレーグトニアは、牢の鉄格子につかみかかる。その感情的な様子に、しかしダスティンは動じることなく最後まで話を進めるべく、あえて表情を厳しくして続けた。
「レーグトニア殿。貴殿の一族、『紋鐘』はたしか、外交を執る部族であったな」
「それが何か関係が」
「外交と内政は切り離せんものなのだよ。聞くに当主継承を成したばかり、外交はよくとも内政はまだ知るまい」
外のものを招くと、中で変化が起きる。
中のものが出ると、中で変化が起き、外にも変化を与える。
これを基本と考えよ、とダスティンは尚も言う。
「兵を外に出すということは、その分の兵が減るということだ。
そして、先のムラマサ殿の活躍からして、兵を割く原因となる殺人を排しなおかつそれを面会の伝手にしたのだろう。
……そこまではいい。領主としても感謝極まりない話。
だが。断る理由もまた、先の件にて出た問題だ。
人が寄り集まっても敵う見通しの無いものを前に、兵を減らしてこの都市は安全か?
それは援助に見合う得が我々にあるか?
それは援助を求める上でどのような準備が必要になるのか?
助力をというが、なにに、どれだけを求め、その恩恵にどう応えるか。経緯は分かった、だがそれだけよ。
これを談ぜずには、助力などどこに行っても撥ね退けられるぞ、レーグトニア殿」
外と内を交ずる者とは、斯様に決断を迫られる者達なのだから。
まるで子供を諭すようにダスティンはレーグトニアに厳しく言及し、レーグトニアは言葉に詰まってしまう。
答えを待つダスティンと、答えをあぐねるレーグトニア。
沈黙の中、ずっと黙したまま聞いていたムラマサが答えた。
「救援ではなく、受け入れは……可能だろうか?」
ほう、と感心したような声をこぼして、「詳しく話してみろ」という。ダスティンの興味がムラマサの方へと向いたことに、レーグトニアは複雑な心境で聞く事となる。




