50話
予約投稿、日程間違えたら怖いなぁ……と思ってた矢先に間違え、慌てて投稿。
時間に見てくださった方がおりましたら、本当にすみません……
「疲っれたぁ……!」
画面の暗転と共に集中していた意識が解かれて、エミルは大きな溜息をついた。
戦闘はオーソドックスなリアルタイム形式で、ダメージ・パー・セコンド……パーティプレイでいう火力担当の、いわゆるDPSはひたすらに回避と火力を出す攻撃選択にシステムは注視していた。
このチュートリアル戦闘ではダメージを引き受ける盾役のタンクが居ない単独戦闘の為、殊更に火力と並行して回避や防御にも気を遣わなければ体力が根こそぎ持っていかれていただろう。
なかでも、防御は中々に面白い感触だった。
防御に対応したボタンはあるものの、そのままでは半減程度。
ジャストガードでダメージの完全防御判定を得るには、防御の入力をホールド状態、さらに攻撃方向に対応した移動キーの入力とランダムに表示されるボタン入力を受けるタイミングに合わせて入力する形で初めて達成できる仕様になっていた。
徐々に連撃の回数が増えて行ったが、十回以上の連続入力はかなり冷や汗ものだったといえる。
エミル自身、できないこともなかったがあそこまでの緊迫感を常時戦闘で維持するのは難しいだろうと判断する。
――しばしばタンクはサディスティックとマゾヒズムの極致だと揶揄されるのもわからなくはないな、とエミルは改めて感じていた。
とはいえ今回は範囲攻撃はなく、難易度としては触れる程度。
ここからどう持っていくか、という意味では非常にやりがいを感じられたのも事実だろう。
「しかしまあ、人を選ぶ内容だろうね。これは」
チュートリアルで疲れるなんて、ゲームとしては下の下も良いところだろう。下手をすれば一気に客は離れてしまう。
……けれども、ある時点からやり応えを感じたエミルにとっては、その疲労は満足感のあるものに感じられた。
モニターから目線を外してアプリケーションに表示されているログイン人数を見やると、ちょうど14人に増えたところだ。
開始から二時間ほどが経つ。プレイできる時間は限られているから、ここからは人も徐々に増えていくだろう。
人数の微妙さに「前宣伝とかしてたのかな」と疑念を抱くが、作成されたゲーム名一覧がリストアップされているログイン前のトップ画面を思い出してその心配はないだろうと結論付ける。
プレイヤーは公式が用意したホストサーバーを経由、ゲーム内で個別に遊びたいゲームタイトルを選択をあらすじやレビューを参照して、自由に入れる仕様になっていた。
その形式はまるでアプリケーションのダウンロードサイトのような仕組みだな、とPC全盛期の世代を知っているエミルは時代の変化を感じて思わず感慨に耽ってしまう。
そうしてしげしげと眺めていたアプリの時間表示を目にして、まだ時間が半分ほど残されていることをエミルは思い出した。
「さあて。キリの良いところまで行けるといいんだけれど」
もう一息、と意気込んでモニターのローディング画面が終わるのを待ちながら、戦闘の感触を元に【キリコ・ムラマサ】のステータスを新たに編集していった。
* * * ❖ * * *
なにか、夢をみた。
おぼろげだ。
誰かが泣いている。少女だ。自分が、泣かせた? ……違う。
決心をして、挫折をして。
それでも。助けようと抗った。
服は黒くはない。むしろ、ある時から白を纏っていた。
救う。
救えない。
救う。
……どこか自分に似た境遇の、背の伸びなかった青年が悔しそうに、けれど笑った。
そんな夢だ。
* * * ◆ * * *
目を覚まして、最初に視界に入ってきたのは、他でもないレーグトニアのとても心配そうな表情だった。
左手が握られていて、そのぬくもりに知らず涙が出そうになるのは感傷的なものだと押しとどめると、意識が次第に明瞭になってくる。
自らが身体を横たえるのは領主館のような豪奢な拵えでも、都市に入って取った宿の寝床でもない。床敷きの簡易な板と藁敷、申し訳程度に掛けられた布切れ、周囲は石で囲まれて、扉は鉄格子。いわゆる、牢屋のようなものだろうと判断できる。
手足が拘束されていないだけましだろうか。
「……」
「お気づきになりましたか! よくご無事で……」
「どれほどの間、ここに?」
「さほど経っておりません。ただ、先の出来事の顛末を前に、その……」
レーグトニアの視線が自身の服装に目を向けられたことに気付き、改めて体を起こして確認をする。
その衣裳は影。祖国で忍びの者に許された、由緒ある伝統の衣装。『イカルガ』と呼ばれた忍者の里のものそのものだ。
差異を挙げるとすれば、その色は総じて黒一色という点に尽きる。
藍染の生地を何度も染色し、洗い、使い込むうちに黒に近づく、その色合いのほとんどそのままの印象の黒。
頭に右手をやると布の感触が返ってくる。
手ご丁寧なことにこの地へと来る以前に使用していた烏賊頭巾も再現されているらしいことが分かる。
鼻から下には、本来なら口元を覆う布の代わりのもの。
威嚇するかのように牙を剥き出しにした虎の形の面頬。これは、ムラマサが自身の腕を認めてかつての主が拵えてくれた面だった。
脇に置かれた二本の直刀もまた鞘飾りから握り……本来ならば艶光りするような金属に至るまで、黒塗りで、僅かな灯りしかない牢屋では注視しなければ見失ってしまうほど色彩に目立つものがない。
おそらくは、刀身も黒塗りだろうことが外見だけで見て取れる。
「始終、領主は見ていたのだろうな」
「はい。
ないとは言い切れない以上、万一暴れだした場合に備えねばと。結果的には命を救ってくださった相手に申し訳がないが……ともおっしゃっておりました」
レーグトニアが言うには、どうやら正式な面通りはムラマサが目覚め次第ということになったらしい。さもありなん、とムラマサも考える。
面会を求めてきたはずのレーグトニアが答えられない以上、この状況を詳しく説明できそうな人物は他にいない。そう考えてのことだろうとムラマサは結論着ける。
「それでその……お体に異常はないのですか?」
「……それが、困ったことに問題ないどころかようやっと本調子と言えそうなほどよ」
「そうなのですか?! エルフの中でもとりわけ武を誇る猟兵の一族ですら、先の動きに応じるのもやっとというほどでしたのに」
「い、いや、本調子というのもそこまで差があるわけではない故、あまり過度な期待を召されるな。確かに先よりも動けるというのは事実ではあるが……ああ、とにかく落ち着いてくだされ、主殿」
驚きは、体の好・不調よりもあれだけの身のこなしが本調子ではないことに持っていかれたようで、当たり前のことを言ったつもりのムラマサは身を乗り出して訊ねてくるレーグトニアの様子に思わずたじろいだ。
手を握られて、半身を床に横たえた身に四つ這いで顔を近づけられる……
これではまるで恋仲、否、さながら夜這いのような。
いや、そんな生娘みたいな恥じらいを四十も近い男が考えるものではない……!
備に切り替えて、頭を振って雑念を払うとムラマサは言葉を続けようとした。
そこで、鉄格子の向こうから咳払いが聴こえて、はたと二人そろって目を向ける。
「無粋な真似をしたようでしたら失敬……と言いたいところですが、お目覚めしたようですのでお話をお伺いしたいのです」
領主に仕える執事であるグラントの「それとももう少し『寝ている』お時間が必要で?」言葉に、遅れて理解に至ったレーグトニアが満面耳の端まで朱色に染めて、ムラマサの腰かける床から慌てて飛び退いた。




