46話
「お待たせいたしました。領主様は詳しいお話をお聞きしたいと申しております」
グラントという執事が出迎えて、あれよという間に応接間へ押し込められてしばらく経ったころ。再び彼はムラマサたちの前に現れて、面会の許可が下りたことを告げた。
所在なさげに腰を掛ける門兵の男と無表情を携えて執事を見つめるレーグトニア、その傍らに立って控えるムラマサ。
三様に思惑はあるだろうが、それぞれ違った様子に見えただろう。先に応えたのはレーグトニアだった。
「ここにいる三人ということで問題ありませんか?」
「……構わないかと。
こちらも立ち会う人が後から参られます。それゆえ、お互いさまかと。
常々、お気になさらぬよう」
「それで、こちらで待っていればよいのですか? それとも別の場所で?」
「別の場所……というよりも、これよりすぐにとなりましょう。
執務室までお連れするよう仰せ仕っております」
構いませんね? そう言って執事……グラントは扉を開いて招く素振りをみせる。
三人としても拒否はなく、その案内に従った。
この地を治める領主であるシャルスロウ伯爵邸は、決して豪奢ではない。
本人の好みの問題か、はたまた人となりからくる節制なのかはわからない。外部から人を招く余剰があるという意味では確かに一般的な庶民の者とは比べ物にならないが、王城のある首都はおろか、どの領地の領主館を見てもこれほどつつましい佇まいはない、とは、グラントの言だった。
事実、装飾は非常に簡素で、金を掛けて飾るようなものはない。清貧だけと話言わず、掲げられていた六角の花の形をした家紋の旗は、華やかさを感じさせるのだから、正しく掛けるべき目的を持てる人柄だとはた目にも見えるだろう。
質実剛健、そんな言葉が似あう御仁だろう。道案内に従うまま歩く中、ムラマサは静かに胸中で感銘に浸っていた。
応接間から階段を上がり、二階。すぐに執務室の前までたどり着く。そこに至って、ムラマサが少し顔を顰めていることにレーグトニアは気付く。
何かただ事ではないかのような雰囲気に「大丈夫ですか?」と小声で訊ねると、耳打ちをするわけでもなくムラマサは答えた。
「領主の生存が第一、それに相違はない。しかし万一の場合には、依頼者であるお主の命の方を優先するとだけ申しておく」そうならないよう尽力はするが、何が起きるかは予見出来かねる。そう付け加えて、これまでにないほど気を張り詰めた様子で執事が開けようと構える扉を凝視した。「失礼いたします」とグラントが扉を数回叩くが、返事はない。
いつものことなのだろう、平然として扉を開ける執事をよそに、僅かな隙間が開かれた瞬間にムラマサは鬼の形相へと変わる。
そして、扉の先へと双眸を鋭く凝視した。
「神とはなんぞ、むごいことばかり考えが働きよるわ」
呟き、扉が完全に開かれる。
執務室には一人の女と二人の男がいた。
三人いた。過去形だ。
既に一人は生きていなかった。
見るに堪えない苦悶の表情のまま、首だけが執務机の上に残されている。
椅子には首とは別の男が座っていて、その背中側、窓を背に立つ神官服の女性が、衣服を真っ赤に染めたまま椅子に座る男に鉈のような大ぶりの刃物を首筋に押し当てていた。
首の死にざまもまた、一見でまざまざと見て取れる。
机の上に断面を下に置物のように飾ってあるが、その場に近い位置で切り落とされたのだろう。首から下は机に上半身をしなだれる形で寄りかかり気味に倒れて、噴き出した血液は椅子へ座るもう一人の男へと飛び散った。
椅子に腰かけている男の蒼白な表情を、血液が斑に塗り潰していた。
「ダスティン様これは……!?」
「それみたことか。だから突き返せと言ったのだ……とは言えんな。
これは私の失態でもある」
ダスティンと呼ばれた初老の男が言葉を発すると、喉元の動きで首に刃が食い込んだのか僅かに血が滲んだ。
「執行官を斯様に容易く殺してみせたのがよもや神官とはな。お笑い種よ」
「……これまた珍妙なこと。レーグトニア殿。決して離れぬよう」
ムラマサが何か状況に噛み合わないような……訝しんだ表情を見せるものの、その理由はレーグトニアには把握する余裕はない。
そもそもが突然の緊迫した状況に部屋に入った誰もが狼狽える中、ダスティンは慎重に言葉を発した。
「門兵、名はレドニスと申したか。この者は貴様の仲間か?」その問いかけにレドニスが首を横に振ると、ダスティンは益々わけがわからないといった体で両手をあげる。
「益々もって意味が分からんな。どういうことなのか、せめて死ぬ前に誰か説明してくれんか。死んでも死に切れん」
言葉のどこかに何か思うことがあったのだろうか。そこで初めて、神官服の女性が言葉を発した。
「死んでも死にきれない、ですかぁ。それいいですねぇ。
未練たっぷりで殺されてくださいな?」
酷く浮ついた作り物みたいな、羽毛のように軽い声だった。
声をあげて、じろりと目線だけを部屋に踏み込んできた面々に向けると、僅かに遅れて認識したかのたような挙動で満足げに笑う。
力が僅かに加わるだけで、ダスティンの首も死体の男のように飛んだのだろう。
それは誰かが動くより早い。そのはずだった。
首を落とすそれは叶わず、またしても予想しない方向へ事態が動く。
「初の快楽殺人、おっめでとうございま~す。初回特典には、わ・た・し・を。プレゼント!」
置き去りにされて濁り切ったような色に変色した血液が死体の首から噴き出して神官服の女性目掛けて雪崩れ込んで、女性はその場に倒れ込んだ。




