45話
「……掻い摘んで、『こやつが実行犯、ただし黒幕はナミネという謎の人物』ということでいいか?」
「はい。それで間違いないかと」
「しかしあれだな。エルフとやらの言葉は、とにかく回りくどいものなのだな」
まるでどこぞの代官のようだなどと苦笑するムラマサへ、レーグトニアは思案顔で「ナミネとはだれなのですか」と訊く。その質問にムラマサが答えるより早く、制限を緩められ自分の言葉で喋る門兵……レドニスと名乗った男が口を挟む。
「だれなのか分からないない、けど……あれは、人の手に負えるものじゃあない」
「ふむ、それには同意よ。正確にはあれは、『人間ではない』が正しいのだろうが」
「人間では……ない?」
レーグトニアの疑問をよそに、「そのことを問答するには、ちぃと時間が惜しい」とムラマサは話を区切る。「判然としないことに時間を割くより、これからの手立てを考えるべきよ」と提案して、レーグトニアもまたそれに同意した。
「この門兵を引き立てるとして、どのように御膳立てしましょうか」
「それは、動いてみねばわからぬ。ゆえに……封術・沈黙」
門兵の男にナミネという人物について言及する手間が省けたのは幸いだが、どうしたものか。その答えを知る者はこの場にはおらず、ムラマサは神のみぞ知るところとばかりに行動を始めた。
「連れて行くのは構いませんが……本当に、大丈夫でしょうか?」
「なにか問題があれば、策もあるというもの。主殿はどんと構えるがよい
――まあ、背丈も出るところも足らぬがそこはこれからどうにかなろう」
「……もう数えで178と半年になるので、私は成長しません。――出るとこ出てなくて悪かったですねえ!」
見張りの目を掻い潜って砦に忍び込めるほどの手練れは、しかし甘んじてレーグトニアの平手を頬に受けた。「まっこと、女性は見た目ほどに幼くないゆえ、見目の年嵩ばかりで計れんものよ。くわばらくわばら」苦笑し半分に呟きながら、領主の元へと向かうべく身支度を整え始めた。
* * *
領主の館は、緊張と恐怖が周囲の空気を占めていた。
理由は明白。相次いだ殺人騒ぎで、領民からの申し立て、その抗議に追われ……領境の問題もあって倍以上に膨れ上がった執務に絡んで、誰もが仕事に追われているからだった。執務を補佐する執事長のグラントも、またその一人であった。
普段から身だしなみだけは整えて欠かさないはずの彼も三月以上も続くこの不穏な事件の前には頭を悩まされていて、疲労困憊が服を着たようにどこか精彩を欠いていた。
それでも、執事としての最低限の矜持なのだろう。
白髪は綺麗に整えられ、黒を基調に赤い隊ループで引き締める執事服に非の打ちどころはない。
しかし顔色に出る疲労を際立って目立たせていたのは皮肉としか言いようがなく、それを指摘する余裕あるものもこの館にはいなかった。
「失礼します」と、彼は領主の執務室の前に立って戸を叩く。
返答はなく、それが拒絶ではないことを知っていたグラントは、数拍の間を置いて戸を開いて踏み入った。
「ダスティン様。急ぎ面会の申し立てが入っております」
「突き返せ」
飾り気はなく質素で、しかし丁寧な拵えの執務机。
そこにはグラントより数段上をゆく、疲れ切った表情の初老の男性が座して書類に目を通していた。
ダスティンと呼ばれた男。
ダスティン・ロナ・ガブリオレ・シャルスロウ伯。
寒さを見越して拵えられた部屋着はホワイトベアの毛皮があしらわれていて、平民と大差無い質素な拵えで済ませた服装にも、誰が見てもかなりの気品が感じられるだろう。
しかし今、その気品は装いを上回る疲弊した表情に押し潰されている。
年嵩こそ60も近いグラントより一回りほど下であるにもかかわらず、その表情は憑き物でも憑いているかのようにやつれて見えた。
「その者たちの申すには『巷で騒ぎの殺人沙汰の犯人の一人を捕まえた』と」
「それがどうした? 益がある情報ならば、犯人とやらは引き取り、褒賞でも取らせればいいではないか」
「ですが、その者の一人がエルフの『紋鐘』の長だと主張しておりまして」
「――確認は取れているのか」
「はい。『共知の巻物』を使用して聞き出した、解除していないのでそのまま同じ内容を供述させる準備がある、と。
これは『紋鐘』の一族の中でも重要な契約を交わす際に用いられる貴重なマジックアイテムですので、真実かと」
「王国の書庫で見かけたことがある。『共知の巻物』か、それが真実使われているのなら」
「はい。一見の価値はあるかと」
「よかろう。面会の知らせをを受けよう」
「ではこの後――」
「呼べ。今すぐ、ここに」
「……承りました。少々お待ちください」
グラントにとっても、否応もない提案。
死者は二桁に届き、なおも続くこの殺人沙汰。
これをこのまま解決できぬならば領民にとって殺されるようなことになっても、おかしくはなかった。
ならば、藁にもすがろうというもの。
「グラント、神官を呼んでおけ。それと、執行官だ」
「……承りました」
神官と執行官。これの意味するところは、罪の懺悔と、罪人の処刑だろう。だれがその意味を知るところとなるかは……わからないが。
グラントは考える。
これが福音となる知らせか、はたまた悪魔を呼び寄せる不運かは計り知れない。
そして「そもそも判別する立場ではない」と誰ともなくと心の内で呟いた。
部屋を出て一拍。
外に控えていた従者の一人に、グラントは先の呼び出しをさせるべく声を掛ける。
自らは、領主の意向を伝えるべく、足早に応接間に向かった。
ダスティンさんのフルネームは、名前・領名・性・家名になってます(適当)
名付けの中でもとくに、貴族の命名って気を遣う。




