40話
──創世の四神。
曰くそれは、この世界の礎となる存在で、神話や伝承の中で僅かに語られる。
四神とはいっても、ムラマサの知るような東西南北の幻獣とは違い、獣の姿をしているわけでもなければ神々しいわけでもなく、そもそもが偶像ではないらしい。そういう存在があるというだけで、少なくともこの四神に関しては実際に姿を見たことのある者はいないらしい。
ただ、ナミネの話を信じるならば。
四神とは『神』に等しい力を持つ存在……創世神話に登場するような神々であったらしい。
──世に音を賜る、『ネフェル』
──世に彩を賜る、『エゴ』
──世に愛を賜る、『ディア』
──世に識を賜る、『ノルゾフェ』
これらの権限を創造主から賜った神々は、のちにこの大地となる始まりの二竜……白竜『リムダルド』と黒竜『セレグトラニア』を最初に創った。
あるとき竜は争いはじめ、共倒れた。
その後、その巨大な体躯は土となり、森となり、山となり、生命の芽吹きの礎となったのだそうだ。
……地獄に渡って、オエドガハラに帰ってきた者の中には、「巨大な竜が……」「何もない、なにも」と残して死んだ者もいたらしいことに思い至る。時間のズレがあるのか、はたまた転送する陣が不完全だからなのかは分からない。
けれどもそうした創世期に飛んだのかもしれない、ムラマサはそう考えると地獄という表現も納得が出来た。
そうした思案を疑問っとったか、ナミネは話を中断して訊ねてきた。
「こうした前提を前置きに、何か質問は?」
――ネフ、と名乗ったのは四神からか? とムラマサは聞かなかった。
「続けろ」とだけ促すと、ナミネの表情が少しだけ優しげに微笑んだような気がした。
「これら創世に創造主は何を思ったかまでは分からず……子細は省くけれどもね、創造主は、四神が手を加えたこの世界に『終わり』を定めた。
……そしてその終わりが今まさに訪れようとしていて、そこに至って使命を受けたアタシは彼女の命を狙った。
――以上が簡単な経緯といったところかな」
「なぜ、彼女を殺すことが必要なのだ」
「えー。ここまで聞いてそれ聞いちゃう? 創造主が定めた滅びはそういうものだから、としか言えないなあー」
「……なぜ今はその目的を果たさんのだ、という話よ」
「私は『ナミネ』ではないから」
「――ふむ。ようやっと本題か」
ナミネであってナミネではない。
謎掛けのような言葉に思い当たりがあったのだろうか、悪戯じみた様子で顔色を窺うナミネに対してムラマサの表情は無表情、ナミネは何かの意図は読み取れなかったので更に訊ねる。
「意外と驚きいていないだけれどどーしたのかなー。おじさん、察しちゃう系男子? それとも話に飽きたかなー?」と今度は、まじめぶった口調ではなく砕けた様子で捲し立てた。ムラマサも、見た目としてもその方が違和感なく聞けるのだろう。すぐに返事をする。
「なに、大したことはないであろう。
これまでの話を聞くに、この世界の神何某かの目論見で原因で滅ぼうとしている、お主はそれをもたらすものであり、免れんとして動くものでもある……これ以外にあるか?」
「ハイ正解は~……察しのいい系男子でしたー!
せっかくチュートリアル的に話してるのにそういう反応してると、女の子に嫌われちゃうよォー?」
「チ……リア……なんのことだ?
ともあれ、変に理屈じみて話が助長でややこしくなりすぎるよりは余程良いものだと思うがな。……しかして。腕や頭が冴え過ぎる故に誅殺されるのも考えもの、か」
過ぎたるは猶及ばざるが如し、と呟いて遠い目をし始めたムラマサを傍目に、ナミネは呆れた目線を投げかけつつも付け加える。
「ま、このまま何の収穫もなしに帰るのも癪みたいだしここはアタシが一つ課題を授けてしんぜよーではないか!
――異邦より流れきたるば、この定めを。
これより行われるは森の民の屠殺に到る。
始まりの兆しにはこの氷壁治むる主の死。
この娘の嘆願が先か、領主の死が先か。選択せよ、いずれは……」
「おいまて、それは何を――」
「ふゥ~喋った喋った。その子もそろそろ覚めるみたいだし……じゃあ、まったねェ~」
――「さぁ冒険の始まり~」と、ムラマサだけが立ち残された部屋に、楽し気に木霊する。
止めようと手を伸ばしたものの、ナミネの体はまるで最初から幻だったかのように消えて、伸ばした手は空を切った。




