39話
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「なかなかに凝った導入だね……多分一時間もすればほかのプレイヤーも来るだろうし優位性は取れるときに取っとかないと」
女性の倒れる姿を最後に暗転した画面から目を離す。読み込み時間はわずかだろうと、ゲーマーにとってはちょうどいい小休止と言えた。
デスク脇に準備しておいた清涼飲料水を飲みながらアプリケーションに目をついと移せば、【Log in総数:4】という表示が読み取れた。
開始から10分足らずで既に四人。順当に行けば予測通り、ここから一時間程度で増えてくるのだろう。
アプリでいくつかの項目をチェックして、エミルはディスプレイに向き合って読み込みが終わるのを待つ。
──エミルはイストが送りつけたおまけとして入れてあったHMDは開封こそしているが使っていなかった。
それは「ゲームを効率的に進める段階に没入観は必要ない」という徹底ぶりの現れだった。
「さて、ハルトマンの考えた物語……ここからどうくるかな?」
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突然倒れた女性をムラマサは宿へと運び込んだ。意識のない女性をおいて二部屋というわけにも行かず、寝床が二つある部屋を取ろうとしたものの、女性を見るや金額を法外に取られそうになり、勝手に拝借した革袋の中身を浪費するわけにも行かない。やむなく一番安い部屋を取り、真っ先に女性をベッドに横たわらせた。
──なんの前触れもなく倒れた、とは思わない。むしろいつ倒れてもおかしくないとさえ言えたのだ、とムラマサは己の気配りの至らなさに苦渋を噛み締める。
さきほどの遭遇、彼女の出で立ちがとても奇妙なものに見えたのはなにも見目や身なりだけではなかった。
その身なりとは裏腹に、あまりに憔悴し切った目をしていたのだ。
介抱のために衣服を解くと、なおのことその様相は異常に映った。外見からはわからないように隠してはいるが、女性はあまりに痩せ細り疲弊していた。
「……『姫』と大差なく見えるこの御身に、如何程のことがあればここまでになる」
腕や体は飢饉にさらされた人さながらにやせ細っている。革で縫われたグリーヴを脱がせれば、足は日に何里も山道を行く飛脚ですら顔負けなほど擦り切れていて、指先は凝り固まった血で外も中も黒く変色していた。
十かそこらの子供と大差ない身の丈が殊更にその過酷さを顕著にしていることに、輪をかけてムラマサの表情は暗いものになる。
「とはいえ、目を覚ますまでは身動きを取るわけにも行くまいな──のう、貴様。何奴よ」
そして、その矛先を向けるかのように冷徹な表情のまま。ムラマサは部屋のどこともなく相手が目の前にいるかのように睨みつけた。
当然、何もいない。──ただし姿の限りは、と付け加えるが。
「ほおん。『完全隠行』、察しちゃうわけか」
「隠せども存在するものと知っておるものなら、修練怠らねば造作もなかろう」
「こりゃ一本取られたな、ッと」
その者は黒かった。
装いはまるで花婿のような豪奢なドレスで、しかし黒一色に統一されていて瞳も肌も褐色。唯一、前髪の束ねられた三つ編みだけが白く、その特徴が目につく。
闇が形を成したと言われても納得できるだろう程にどこまでも黒かった。
身の丈は目算する限り、一般的な男の丈を持つムラマサと同じほどだろうことが見て取れる。
……にも関わらず子供と言われれば納得してしまうほど無邪気な笑みを浮かべて、何者かは最初からそこにいたかのように窓を背にして佇んでいた。
その何者かは、先の口調とは打って変わって丁寧な口調で口上を述べた。
「お初にお目にかかります。ワタクシは……そうですね。『ネフ=ナミネ』とでも名乗っておきましょうか。ネフでもナミネでもお好きなようにお呼びください。
この度はそちらの女性、御者……に扮したエルフ、『西門の森タァナに住まう紋鐘の一族の王・レーグト二ア』の命を頂戴致したく参りましたのですが──今のワタクシにその気はありませんので、まずはそのすり足で間合いを詰めるのをやめて頂けませんか?」
ムラマサは一段と警戒を引き上げた。
端から警戒をしていないわけではなかったが、人目にわからないほど微かに間合いを詰めていたことを気取った相手に、警戒するなという方が難しい。
そんなムラマサをよそに、ナミネと名乗った何者かは言葉を続ける。
「いけないいけない。あんま不遜な態度取ると誤解されちゃってたまらんわなー。心配しなくても、命を狙って『いた』のであって今は違うからさ。まずは人の話を聞いてくれると助かるなー。なんてだめかナァ?」
「……言葉次第では、問答無用で切らせていただく」
「上々♪ 抗うなら、そ〜でなくっちゃあねえ」
──噛みごたえのあるのは大歓迎! とおもちゃのように中身のない笑い声をあげてナミネは返事を返した。
「……其方、何が目的か?」
「んー、ここはふざけちゃいけない感じかァ……はあ。
──質疑に答えようではないか。目的は、世界の救済。それに伴う破壊よ」
「……救済と破壊とは、如何様なものなのだ」
ころころと天気のようにナミネの口調が変わるが、ムラマサはそれには言及しない。
真意をつかむ上で必要なのは簡略さと無駄の無さ、言葉など瑣末な問題だと考えるムラマサの意の外だった。
「──貴殿はそもそも、『この世界』の者ではないのだろう? よければ必要な点もあるからして順を追って語るべきと思うのだが、如何か?」
「……続けろ」
ムラマサの言葉を肯定と受け取って、厳かな口調のままナミネは言葉を紡いだ。
「最初に、この世界は創造主の気まぐれで作られた。
中身もなにもない、ただの『空白の器』でしかなかったが、創造主の空虚を見かねた者達がある許可を経てその創造に手を加えることになる」
創造主の世界に四柱の神々が手を加え、生命が成り立って中身を満たしていく──
神々の創世、そのありようをナミネは静かに語っていく。
長編書ける人ってすごいなぁ……と、ここまで書いてみて改めてしみじみ思う今日この頃。日々勉強です。




