3話
自分で操作するキャラクターを細かく設定できるゲームはそれだけでいろんな人が興味を持つ。
見ず知らずの人とプレイする人。
友人同士でプレイする人。
夫婦でプレイする人。
見た目にこだわる人。
特定の装備が似合うようキャラを作る人。
現実での性別とは逆を選ぶ人もいるし、ロールプレイをしたい人も今では少ないらしいが一定数はいる。既存の作品のなりきりキャラを作成なんていう楽しみ方だってある。見た目を変えられるということは、そこで個性や好みを演出できるということで、とにかく多種多様なプレイヤーが出てくるのは至極当然のことだろう。
しかしながら『キャラクター作成』の項目で設定できる数を見て、少しげんなりしてしまうなんてことはあるのだろうか?
あるといえばあるのだろうし、気にならないのかもしれない。少なくとも守谷は「ある」、に傾いていた。
「いくらなんでも多すぎんだろ……」
もとより、自分で何かを決めていくのはやや苦手だったりする。
優柔不断という性格にとって選択肢が豊富というのはそれだけで地獄になることもあるのだ。
そして守谷の目の前には、ある種の地獄が広がっている。気分は地獄が表示されたモニター前に張り付く現代のダンテとでもいうべきか。
選択できる項目はいくつかに分けられていた。
一つは顔や体型、性別、皮膚や瞳、髪の毛といった部位のカラーリングを含めた外見の項目。
大概のゲームにあるものだし、これはまだいい。ある程度のサンプルがあるので、こだわりが強くないなら基準を選んで見合うものに調整すればいいのだ。決めあぐねて時間を食うようなことはそれほどないだろう。迷ったらランダムも出来るようだから深くは気にしないこととする。
それから、種族。
ファンタジーと前もって聞いていただけに、こちらもかなりの気合の入り様が見てとれた。
エルフにドワーフ、小人に巨人、樹人や妖精といった定番どころから、妖異種と分類されたいわゆる魔族や、鱗人種と呼ばれる竜人のような種族。鳥や獣の特徴を濃く有する獣人種もあれば、普人種と名付けられた現代の人間そのままの容姿をした種族もあった。
これにはすこし悩む。決めかねるというよりは、「こういうのがいい」というものがいくつかあるものの、詳細までとなると理想の形にするための辻褄合わせが必要になり、迷ってしまうのだ。
次に出自と所在。
これは、出身がどこなのか、ゲーム開始時はどこがいいか、というもの。
さきほどのハルトマンとの会話の中で言及されていたからこそ、ここを迷うようなことはあまりないように感じられた。
選んだ種族によっても選ぶべき場所は変わるし、もとより『とある要望』をしたことのある部分でもあったため、その項目が追加されていることを確認してこれは後回しにする。
ここまではよくある設定で、問題はここから先だ。
部族、信仰、職、習慣、禁忌、癖、家族構成といった事細かな設定が100近く、ここぞとばかりに盛り込まれている。しかもこれが、戦闘に関わる技能の欄なども同数ほど存在するのだ。その総数を、考えたくもない。
出自に咎、技能に術とかはまだ想像がつく。しかし、道、美徳、派閥、色など、よくわからない項目を前に、「こいつはプレイヤーに何をさせたいんだ」と思わずにはいられなかった。
「どんだけ気合入れたんだよあいつ……」と思わず口にしてしまうものの、気持ちはわからないではないんだよ。
きっと、やつ自身が作り手としてどこまでできるのかを試してる。そして、叶うのなら自らの分身を、プレイヤーのその手で幻想の世界へと誕生させて、その人生を謳歌してほしいのだ。
「こりゃあ、間違いなく話題になるワールドだな」
未だキャラクタークリエイトすら終えていないにもかかわらずこの凝り具合。内容がさほど悪くないものであればすぐに評判になるし、その内容もイストさんたちの手が及んでいるのなら出来はある意味確約されたようなものだ。
げんなりとしかけた気持ちに喝を入れて、選択項目を打ち込んでいく。キャラメイクで終わりだなんてもったいないからこそ、しかし慎重に丁寧に一人の存在を作り上げる。
やがて一時間もしたころには9割9分、キャラクター像が出来上がった。
「あとは、名前と初期所持品の選択なんだが……」
自由度が高い作品というのは、名前こそが本当に厄介だと、守谷は思う。
世界観が明瞭で没入してしまいそうな作品ほど、名前をしくじったときのダメージは大きい。
既存のキャラクターや他プレイヤーに被ったり、始めてみると呼び辛かったりほかの人が読みにくかったりだといった問題が起きる。英文字入力がいいのにカナ入力しかできなかったりその逆だったりなどほかにも様々な要因が推測される。
名前をさほど重視しない人は気にしないが、気にする一部の人によってはネーミングのレギュレーションは恐怖の存在と言えるだろう。
しかもオンラインゲームだと大概の場合リネームは課金で、別ユーザーと重複した名前は使用できなかったりといった具合に容易に変えることのできない仕様の場合もある。
そんな中で育成が進んだ後に問題が露呈したりすると、もうなんとも言えない大ダメージが心にのしかかってくるのだ。侮るなかれネーミングオーバーキル、ゲームから離れてしまうことすら起こり得る。
名前編集についてTIPSを読み上げるてみると、やはりどうしようもない悩みどころがあった。
まず、決定してゲームを開始したらリネームはできない。そうした手段も追加しない。
変な名前を付けるのは勝手だが、そのキャラを消さない限りどうしようもないぞという警告だろう。しかもご丁寧に、『NPCは、あまりにふざけた名前である場合は偽名だと判断してクエストを受けられない場面も発生します』という注釈がご丁寧にも添えられている。
純粋にファンタジー世界を楽しませたいのだろうハルトマンにとって、ゲーム的なおふざけは許容するにも限度があるぞ、という気持ちがありありと見て取れた。
それでもやるならご自由に、といったところがまた憎い。こんな注意書きをわざわざ書くくらいなのだから、相当手痛いデメリットを設定しているに違いない。
第二に、部族や貴族家名などが必要なキャラ作成の場合は、特定の条件を除いてリスト内から選ばなければならない。
これは、人によってはキャラメイクを見直す必要が出てくるだろう。幸いにも守谷がここまでで作り上げているキャラクターはその枠から外れていた。
第三に、言語体系の違いだ。
……正直、これはどう受け取ったものかと迷ってしまう。名前が言語と何の関係があるって、大ありだ。
仮に出生がスタート地点が異なれば、使っている言語も変わる。言語が変われば、命名の規則性も大きく変化する。要約すると、出身地で使われた言葉によって名付けや家名に影響するのだ。
守谷にとっての名前もまた、なんの要素もないにせよ、まじめに「その世界に生きる人」を作るのならば、悩んでしかるべき問題であると考えていた。
項目をスクロールして確認すると、キャラクリエイトの項目の中には、確かに『使用言語』や『習得言語』といった割り振りはあった。
舞台となるだろうエギアダルド大陸の統一言語である『公言語エギア』はもちろんのこと、エルフが共用語として使うらしい『フィウェレン第三古代語』やドワーフの用いるという『ラング語』、鱗人族の言語である訛りの利いた『ソユ・シーャラ話術法』、獣独特の唸り声で意思疎通する『ルガ音節語』など。その種類も豊富に存在している。
ステータス的な割り振りは種族にもよるが一つ二つの取得ならほとんどほかに影響しないレベルの要素だった。そしてそれが尚のこと扱いに困ってしまう要因となって一層悩ましくなる。
――確実に、言語の壁があると行えないクエストの発生を前提としてるだろうことは読める。
すぐにとは言わないにしても、この設定を用意しているのなら必ずどこかで発生するに違いない。ハルトマンの趣味であるファンタジーの作品群を考えれば、そういったギミックはありそうな話だと思った。仮にクエストトリガーに必要ないとして、言葉が通じない演出程度なら、使わない手はない。
今回に関しては、ゲームがゲームなだけに言語を取らないだけで死亡確定なんて設定を設けているとは考えづらい。
だが、「お偉いさんの言葉がわからず無礼を働いて、なんやかんやでしらないうちに死刑が決まりました、なお話せないので異議も立てられません」程度なら十分やりそうなのだ、ハルトマンならば。最低でも『公言語エギア』の取得は必須とみていい、といった具合に落ち着く。
所持品に関しても同様に頭を悩ませて選択できる項目を設定に合わせ調整していくしかない。
不適切なものを選びにすぎれば毒になる。しかし、選ばずには、吟味せずにはいられない。こういうアイテムで初期以外の入手方法がないなんてゲームもあるからこそだ。
割り振りの中で上下するポイントとにらめっこしながら、取捨選択と修正を繰り返し進めるしかないのだろう。さらにはこれと同じような項目が職業設定にも同じ規模で用意しているんだ、一から設定したい人間にとってはうれしい悲鳴が止まらない。
「ああもう。細かすぎんだよ。楽しいさ、楽しいんだがな?!」
あれこれ悩みはするものの、幸いというべきかこれらの設定のほとんどが、いわゆる「フレーバー」であることも各項目ごと細かに通達されていたりする。
一から十まで設定するのが面倒な人、億劫な人もいることを見越してか、簡易設定と推奨設定をランダム選択できる仕様もあることは確認済みだった。ギミックに使用できるよう、ランダム選択や簡易設定を選んだ場合、重要な設定は移動的に取得される仕組みなのだろう。
――はっきり言って、悩ましい。
――正直、煩わしい。
――でも、せっかくなら楽しみたい。
最後までそう思わせるほどの強いこだわりが垣間見える以上、粗があったらつぶさに言いつけようとも一瞬考える。だが、そんなことをすれば絶対により良く修正していくのが容易に目に浮かぶのだからやるせない。
そこに来て守谷は自分が先ほどから笑っていることに気付き、けれどもそれを言葉にすることもなく『エギアダルドに立つ自分』を作ることに心血を注いでいった。
程なくして、ようやく完成する。
キャラクターのステータス設定一覧の最終確認画面に書かれた、名前をみて、満足げに決定を選択。暗転と共に、鈴音の如く透き通った声が耳を打った。
『《エギアダルド》は、【アラン】、エトランジェなる貴方の命の明るき灯を、大地の大きなるごとく歓迎いたしましょう。その旅、ゆく水風の先に、良きこともののあらんことを』
ゲーム開始前の入力設定って項目が多いとたまに苦しみます。そして気付いたら3日ぐらい時間が飛ぶ。




