38話
最近あれこれやることが増えてきて、更新時間が極端に遅くなりすぎてる……
これからも読んでいただけるよう、ほどほどにがんばります。
「こんな時期に物珍しいこともあったものだな。
──念の為、改めて説明させてもらうよ。壁氷都市『シャルシ=ロナ』は現在、人族以外の立ち入りを制限してるんだが……あんたは人族のようだが何か身分証明できるものは?」
「ないと拙いだろうか?」
「拙くはないが、手続きに手数料が掛かってしまうね。ええと、入領の金額は……確認してくるからちょっとそこで待っててくれ」
先に門兵と思しき人物に声をかけると、気さくな様子で言葉を返してきた。
領内に入るには手数料が必要だ、と確認に詰所へと戻る尻目にムラマサは当面の問題を思い出して困ってしまう。
そこに、先程押し問答をしていた女性が近づいて、彼に話しかけてきた。
「金子は……拙いな。一銭も、もっていない。さてはてどうしたものか……」
「──あの、すみません」
「先程なにやら門兵と口論しておった女子か。はて、拙者に何か用が?」
「あ、いえ、お困りの様子でしたので少々伺いたいのですが……もしかすると、持ち合わせが無いのではと」
――改めてまじまじと観察すると、驚きばかりだな。
ムラマサにとって、彼女の出で立ちはとても奇妙なものに見えた。
貫頭衣なのだろうか。構造は複雑でその実は分からないが、少なくとも外見上は一枚に見える上着。
見たこともないが非常に丁寧に縫われた布衣は、くるぶしまで覆っていて、その合わせの隙間から見える下着物には忍びの装束よりもぴったり身体の線に合わせた長袴を履いている。
防寒のために羽織るとても高そうな熊のような獣で拵えられた毛皮の外套は長旅からかくたびれていて……頭巾に覆われて顔ははっきりと見えないものの髪の色はくすみがかった黄金。瞳は碧眼で──門兵の男は黒にほど近い茶色だったが──一際宝石のように目立って見えた。
思い返せば先の兵士も、鎧や兜は簡素な一枚板でその形式はオエドガハラでも流通していた『洋国拵え』などと呼ばれていたモノに近いように思えた。
それを受けて、改めて「地獄とは法や流行りの跨ぐこと及ばぬ程、遠い異方の地であったか」と浮いた言葉を内心に留める。
──何か悪巧みでも考えているのではと勘ぐるも、一見してその女性にそんな素振りは見受けられないことから……品定めをするような目線を気付く程度にわざとらしく繕ってから、大仰に返事を返した。
「──あまりの美しさに見蕩れてしもうた。無礼なればこそご容赦願いたい。
重ねて恥ずかしながら……ああ、まっこと恥ずかしながら、どこで失くしたのか金銭を持ち合わせておりませぬのです」
告げた言葉が予想の範疇だったのか、女性は隠す様子もなくしばし考え込む。ほどなくして女性は、ムラマサに向けて一つの提案をしてきた。
「もしよろしければ、あなたを雇わせていただけませんか?
……そして私が入るための代金をお渡し致しましょう。その代わりと言ってはなんですが──」
「同行して、ここに入れさせてもらえるよう用立てて欲しい、と仰るおつもりで?」
「……はい。私には、なさねばならないことがあるのです。それに、実際に腕も立ちそうでしたので。護衛をと」
「取って付けたような理由に思われるかもしれませんが」と加えて、女性は腰に差した刀に一瞬だけ視線を落とした。
「わかった。承ろう」
「返す返事で受けて、良いのですか? 自分で言うのもおかしな話ですが信用できるかどうかも怪しい素性の知れない者の言葉を信じてしまってあとで騙されるかもしれないのに」
「なに、行きずりの旅の友が欲しいと思うたところよ。それに」
刀に軽く手を添えて「いざともなれば我が身一つでなんとでもなろう」とムラマサは答えてみせた。
「とはいえ、連れ合いを装ってともなれば話が変わるかもしれん。入れるという確約はできぬでな」
「それでも構いません。万に一つでも縋りたいところでしたから」
「うむ、善き哉。……しかし、なにやら雲行きが怪しいものよ」
「……というと?」
「なにがあったかは存ぜぬがな。往来を差し止めるなどよほどのこと。どうにもきな臭い予感がしおるのだ。──むしろ臭いも匂い。血の匂いとでも言うべきやもしれぬゆえ」
「それはどういう──」と女性が言葉をいい切るより前に、門兵が戻ってきてこちらに声をかけてくる。手には丸められた羊皮紙が握られていた。
「ああ、お待たせしました。金額は、銅貨を十枚ですね。簡易の身分証明の発行と税に3枚、入る分に7枚が内訳になります。これが手形、出る際には返却をお願いしてますので忘れないでくださいね。
……それと何やらお二人で話されていたようですが──もしかして、随伴ですか?」
「それは、拙いか?」
「拙くは、ないんですけどね……いや、拙いのか? むむむ」
「事情に疎く申し訳ないのだが、説明いただいても構わないだろうか?」
なにやら言い淀む門兵に、ムラマサは言及した。すると門兵も「隠すようなことでもないしな」と頭を悩ませる問題について話し始めた。
「いやね、なんでもこの周辺で、殺しがあったらしくて。それも大量に。そんなわけだから警戒はしていたのだが、ついに街中でも死体が上がって……で、その殺しをした犯人たちが──複数犯だという目撃情報があったんで『たち』っていうんだが──どうにも全員人族ではないらしくてね、街中がピリピリしてるんだよ」
人族以外の往来を「入る方だけ」規制したのもそれが理由だ、と門兵は言った。
「法としては、料金さえ払えるのなら入ることは問題ない。
けど、エルフのお姉さんは個人的にいい思いはしないということと、何かあった時の責任はそちらの人預かりになる、ということだけは伝えておきたいところ、ですね」
──どうする? と門兵が聞いて、示し合わせたわけでもなくぴたりと揃って「お願いします」とふたりとも合意を唱えた。
僅かに考え込んで、「──では、開門しますので」と門兵はその場を後にして立ち去る。一息を付いたところで、ふと気がついてムラマサは訊ねた。
「拙者の名は『ムラマサ』とお呼びを。故あって元の名は捨てたゆえに、この名で名乗らせていただきたく。して、おんしの名前はなんと呼ぶべきか?」
「私は──」
「すまぬ、音が大きくて、聞き取れぬのだ。もう一度──」
「西門の森 ──住まう、『紋鐘』 の──」
開門、開門と知らせる大声に、重々しい鉄の扉を引きずる音。それらにかき消されて、大きな声で返そうとして……二度目に、返事が返ってくることはなかった。
女性の体はまるで今まさに糸が切れた人形のように、唐突に力なく崩れ落ちていった。




