34話
短め。しばらく視点が変わります。
5/13 描写を一部修正
* * * ◇ * * *
通話通知が鳴る音が響く。
部屋には山のような書類が乱雑積み重ねられていて、それに向き合う姿がひとつ。
通話に気づいて、ほかに誰もいない周囲に目をやりながら、通話を開始した。
画面の向こう側は暗いようで、モニターに映し出されるのはPCの光で照らされた人物の姿だけだった。モデルのようなスラリと伸びる長身に白い肌と長い髪を携えたリタ・ハルトマンの姿が映しだされ、彼女が先に口を開く。
『アロハ。元気にしてたかね、Cousine』
「ふむー。相変わらず生意気だね、リタは。
あ、人はいないとはいえまだ職場なんで、小声で話すことになるけど構わないかな?」
『仕事もいいが根を詰めすぎて倒れないようにな。母さんも心配してたぞ?』
「そのへんの線引きはわきまえてるさ。日本語も達者になったなあ。ま、住んでみればそんなものかな?」
『イストに色々教えてもらったしな。
それよりもさ、『Sterbehilfe Doktr』なんてあだ名で呼ばれる廃ゲーマーさんにちょっと頼みたいことがあってね』
「ふぅん。なんだか面白そうな話じゃない? 聞かせてみなよ」
『エルダー・ギアというオンラインゲームなんだが』
ハルトマンが詳しい説明をしようとゲーム名を述べたところで、通話相手は初めて手を止めてモニターに注視する。
椅子に腰掛けて向き合うデスクには手を止めた先には事細かに紙面が散らばっていて、モニターに注視しながらも丁寧に種類を仕分けしながら伝える。
「そのゲームならテスター当選はしてるよ。いまはログイン先をどうしようかと吟味してるところだけど……」
『なら、おれの作ってるワールドでプレイしてみないかなと』
「『オーナー』か! それで、どんなゲームにするつもりなんだい?」
『大雑把に言うとファンタジー。イストやほかの伝手にも頼んで協力してもらってるから、自分で言うのもなんだが出来は保証するぜ』
「イストは『チャイルデッド』で作るみたいだけどな」と付け加える。その表情は随分と晴れやかに見えて、思わず口にする。
「……楽しそうで、何よりだな。よし、その提案に乗ろうじゃないの。とはいえまずはそのワールドについて詳しい話を聞かせてもらってから。話はそれから!」
『そうだね、エミルさんの言う通りだ。まずはワールドの地形からだけど──』
ハルトマンも嬉しそうにエミルと呼ばれた相手に話を振る。
鳥のさえずりが賑やかになる四月の初め……『エギアダルド』にアラン達が降り立つ前の話。『オーナー』側のテストプレイヤーに選ばれたハルトマンはその日のうちにある人物にビデオチャットで朝早く……日が昇る程早い時間に連絡を取っていた。
その時差は日本より7時間遅い。と呼ばれた部屋に日本の朝日のような日差しは差し込んでおらず、夜……寝静まったように静か。時間に気を遣ってか暗めの照明の中でエミルはほくそ笑んだ。
日付が変わる頃には通話は終えていて、聞いた情報をもとにキャラクターの構築もおおよそは済ませていた。
エミルはもとより、社会人の大半はまとまった時間が取れないもの。オンラインゲームにおいて最前線に立とうとする上で時間制限があるとなれば、非常にシビアな話になる。
そうした中ではより短い時間で強くなる方法やプレイスタイルを重視するプレイヤーも程度はあるが出てくるわけで……エミルもまた、いわゆる効率厨と呼ばれるプレイヤーの一人だと言えるだろう。
椅子から飛び降りて結んだ髪を解くと、背の中程まで伸びるプラチナブロンドの髪が翻って目に掛かる。
西洋と言えばブロンドという印象だが、実はドイツ人に明るい色をしたブロンドは珍しい。いても大半は暗いブロンドで……その色合いはもしもその場に人がいたならば薄暗い室内でも僅かな光で輝いて見えたことだろう。
とはいえ今は深夜、日付の移り変わりも近い時間。
誰の目に留まるでもないので、エミルは長い髪をおざなりに手で払って、そそくさと帰り支度を始めた。
「んー、そろそろ髪の毛整えたほうがいいかな……? ま、とりあえず今日は帰えろう」
ログイン開始当日。わざわざ有給休暇を使ってまでしてキャラクター作成を済ませたエミルは『エギアダルド』一人目のログインユーザーとなる。
そのスタート地点はエルフや人族が人口の大半を占める新緑と氷壁の地『リムダルド大陸』、その中でも難易度を一際高ク設定したとハルトマンから聞かされた壁氷都市『シャルシ=ロナ』。
「難易度が高ければ……経験値効率もいい。あとはプレイスキルでカバーかな」
『Sterbehilfe Doktr』……直訳でSterbehilfeは『尊厳死』、Doktrは『医師』の意味を持つ。
仲間内の中でそんな物騒な呼び名をされるプレイヤーが一ヵ月後、『エギアダルド』でよもやアラン達と会うことになるとはこの時は誰も……ハルトマンですらも予期していなかった。




