32話
どれほど感情が前向きになったところで人は簡単には変われない。
これは守谷も例外ではなかったらしい。そもそも人付き合いの多い方ではないからどう話掛けて切り出したものか、そもそも謝るなんてことにここまで真剣に頭を回すなんてことがめったになかったものだから、一向に良い答えが出ないまま悩みこんでしまう。
「第一、謝るったって何から謝ればいいのかって話だよなー……」
何に対して怒っていたのかわからないということに思い至る。そもそもの問題だった。怒っていた理由がわかるのならそのことに対して謝ればいい。怒っている内容がわからないまま謝ったところで、その謝罪は見当はずれな独りよがりにしかならないだろう。最悪の場合、謝辞を述べる前よりもさらに怒らせてしまうことすらあり得る。
「でも間違えたことを謝らないのは嫌だ」
なんとなく仲良くなって、なんとなく付き合いができて。どれも漠然としていて唐突。友達付き合いなんてものの始まりは適当だ。最初が適当なものだから、離別もまた唐突で。
「唐突、か」
――考えても仕方がないことだ。PCを立ち上げ、ヘッドセットを準備……通話ソフトを起動する。通話相手はハルトマン。事前の連絡もなしに掛けるのは躊躇われたけれども、今は些細なことだと思った。
コール音は四度。五度目よりも前に、ハルトマンは通話に応えた。
『――どうした、珍しいなお前が前振りもなく掛けてくるなんて』
「悪いな、時間が取れないようなら掛け直すが……時間はあるか?」
『んー……構わない』
「まずは一つ。この間はすまなかった」
『ふぅん。そうきたか……ああ、続けてくれ?』
「正直何が悪いのか、いまいち掴み切れてないけどな」
思い当たる節がまったくないわけではない。いくつかはあるけれども、確信が持てない、そんな状態だということを掻い摘んで端的に伝えていく。ハルトマンは何も言わずに話を聞いてくれた。
『上に立つものは寛容であれ、下にいるものは礼節を払え……ふむふむ、悪くない言葉だな。わかった、謝罪は受け入れようじゃあないか』
「だれかの言葉か?」
『だれの言葉だろうな』
わからないのかよ、と苦笑しつつ応えると、少しだけハルトマンも笑ったような気がした。
『だれの言葉かなんてのがそんなに重要か? 誰のどんな言葉だって、いいと思ったならその人にとっては重要なんだ。だったら』
だったらどこかで出会った誰かの言葉を大事にする、それだけでいいんじゃないかな――そう述べた言葉に、思わず返してしまった。
「それが仮に、良いものではなかったとしても?」
『おうさ。いい言葉であれ悪い言葉であれ、そのひとには重要だろ?』
「……そうかな」
『そうだと、おれは思うよ』
お互いに何も言わず、しばらくの沈黙。マイクが拾う微かな生活音だけがヘッドセットから静かに流れていた。しばらく待って、ハルトマンが先に口を開く。
『そういえば、先日のゲームでのことなんだがな。ネタも割れてるので少し意見も聞いておきたいんだが』
「あー、いやまぁ……うん。そこまで思い切りのいい切り返しをされると複雑な心境だな」
『まあ、そう言うなって。それとも済んだ恥をわざわざ自分で掘り返したいのか? それならそれで構わないけど――』
「いや、何でもない」食い気味に声を被せて、加えて続ける。それよりも気になることを口にしたことに踏み入って守谷は質問を重ねた。
「それより、ネタが割れたってどういうことだ?」
『……なんだ、思い当たりないのか?』
「ないってわけじゃあないけどな。一応の確認だ」
『――あれだよ、エネミーにプレイヤーが混ざってたって話。そろそろ話を振ってもいいかなって思ってね』
「……あれか」
慌ただしくて忘れていたが先日のログアウトから気になっていたことを思い出す。
時間ギリギリになって表れた『会話するエネミー』……その敵は、確かにチャットを通じて会話していた。疑問といえば疑問だけれども、冷静になって考えてみれば予想はできる部分もなくはない。
エネミーのエディットもプレイヤーに用意をしていた?
それは違うはず。キャラクターエディットにその機能はなかった。獣人系のキャラエディットとして作成種類にはひとしきり目を通したから……アランのキャラクターを作っていたからこそ分かる。
ハッキングやクラック?
……それもない。製品版ならまだしもβ版のテスト。ゲーム会社が厳重に管理する状況下で、ましてや大した時間もなくそんなことが出来るなんてことは、映画や小説でもない現実でできるとは到底思えない。そもそも理由もない。
――だめだ。考えどもいい案は出てこない。
『詳しい話はしないが、ちょっとした助言くらいならできるが……どうする?』
これを聞かない手はないだろう。少なくともハルトマンなら全部とまでは言わなくともそれなりに納得のいく説明くらいはしてくれる。……だったら決まっている。
「いや、いい」
『……珍しいな。どういう気の変わりようだ?』
「――ゲームってのは楽しむもんだからな」
『ようやっとスタート地点かな……悪くない、悪くないぜ。それ』
どちらともない笑い声で締めくくって、いくつか話をして、通話を切った。
ゲームは楽しむもの。攻略本でも攻略サイトでも何でも見ればいい。
「でもやっぱ、楽しいゲームだったらまずは自力でやってみてからだよな」
そのままPCのメモ帳を立ち上げてここまでで出てきた情報を書き出してみることにする。ネット環境がない時代のゲーマーは、こういう時間も楽しみとしていたのかもしれないな、なんて思いを馳せながら……経験したことに自分なりの考えを加えて推察や攻略のきっかけなどの思いつく限りを書き留めていった。
例によって更新が遅くなりました。寝落ちともいう。




