29話
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――少年は寂しかった。
上にひとり姉を持ち両親は健在。まだまだ手が離せない子育てのこともあって両親は共働きながらも必ず家に帰って来る。それでも、姉は年上で小学生、すでに自分なりに友達の輪に入っていて一緒に遊んでほしいとは言えない。
両親がどんな仕事をしているかまで詳しくは知らなかったけれども、子供ながらに「キミのおとうさんとおかあさんは人から尊敬されて感謝されるすごい仕事をしてる人なんだよ」と周囲の大人から口々に言われてきたこともあって、遊んでほしい、などという理由で少年が両親の邪魔になるのは嫌だと思っていた。
小学生以前では日本人は友達というほどの関係性を築く前の段階で……遊びに行くにも呼ぶにも親同伴が当然の時期、共働きの両親を持つ少年に、遊び相手と呼べる相手はほとんどいなかった。
「おまえは、遊びたいのか」
そんな少年の唯一の遊び相手に祖父はなった。
祖父母は同居こそしていなかったものの、家も近いのでしばしば家に来ては家事の手伝いをしてくれた。祖母は人当たりのいいひとで、来るといつも少年にお菓子をくれた。せんべいや饅頭といった和菓子はもちろん、スーパーやコンビニで売っているような子供受けするスナック菓子もくれる。そんな祖母に少年も懐いていた。
祖父はといえばいわゆる職人肌の人間で、怒ったらそれはもう怖いの一言に尽きる。何度か喧嘩をしている場面を目にしたこともあって、遊びたいのかと聞かれた時、少年は怖くてどう答えたらいいのかわからなかった。
そんな祖父の言葉に頷いてしまったら怒られるのではないかと、子供心に最初は怯えた感情があった。
恐る恐る頷くと、祖父もまた表情を変えずにただひとつ、小さく頷いたまま、その日は何もなかった。
次に会ったとき、少年は祖父をもう怖いとは思わなくなくった。
――ベーゴマ、メンコ、おはじき、将棋に囲碁。古めかしい遊びに少し難しい遊び。開くたびに新しい冒険が広がるゲームブックに、サイコロを使ったすごろくやどこの国の文字かもわからないボードゲーム。テレビゲームや携帯ゲームも教えてくれたのは小学校に上がったころだっただろうか。とにかく、祖父は訪れるたびに様々な遊びに付き合ってくれた。
新年にお参りにいった時にはこっそりとお神酒を一口だけくれたり、山にある川の上流まで連れて行ってくれて遊んだり、虫を捕まえたり、野草のことを教えてくれたりもした。
「乗り方を覚えたら楽しいぞ」
ある時、祖父は自転車を買ってくれた。補助輪はなく、小学生の子供には危ないだろうという両親の反対を、祖父は「遊び盛りには、遊ばせてやれ」と押し切った。思えば両親の反対ももっともだとは思われるが、両親たちも子供の寂しいを取り上げるほど強くは反対できなかったのかもしれない。
それから幾日かの後に、事件は起きた。
少年は、与えられた自転車を楽しんでいた。――楽しんでいたがゆえに、周囲の状況をよく把握しないまま遊ぶ。それもまた、当然あり得る話。祖父が見てくれているのだから、大丈夫。そんな安心感もあったのだろう。
乗りなれてきた少年はけれども安心して乗れるまではと、家と近くの丘にある神社の石段までとの一本道を祖父と一緒に往復するのがお決まりのコースだった。
その日もいつものように決して多くはない言葉を交わしながら少年は自転車を、祖父はその横を見守るようにゆっくりと歩いていた。
「まだ危ないから遠くに行くな、止まれないほど速度は出すな」
その忠告を祖父は必ず家を出る前と戻ってきた後に言っていた。
少年はもちろんその危険を分かっているつもりだったけれども、同時にそれを常に意識できるような年齢ではなかった。はしゃいでしまえば子供は約束を忘れてしまう。簡単に、無軌道に、無邪気に振舞ってしまう。
その日もよく晴れていて、自転車に慣れてきた少年は祖父を置いていつもの道のりを急いた。それは僅かな加速で、祖父を置いていくようなものではなかった。
「……代わりに、祖父には置いていかれることになった」
勢いを僅かに増した少年の自転車はその勢いで車道に飛び出した。一車線の狭い車道は車通りも少なく、もしも車両が来たところでゆっくり歩いてもすぐに避けられるほどしか幅はない。驚きに足を止めてしまった。言いつけを守っていたがために、車道の真ん中で少年はブレーキを掛け、止まれてしまった。
――クラクションが鳴る。
鉄と何か柔らかいものがぶつかる鈍い音。
騒ぎを聞きつけやってきた者達の声。
祖父は少年を突き飛ばして……少年は自転車を手放し、祖父は命を手放した。
「祖母は少年にこういった。『お前が遊びたいなんて言わなければ』」
突き飛ばされて意識を失っていた少年が祖母の恨み言を聞いたのは二日後に目を覚ました時。
その後両親から「お前はもう祖母に会うな」と言われた。
執拗に理由を訊ねて、優しかった祖父の死を知った。それが事故から一週間後のことだった。
祖母は、事故からひと月も経たず後を追うかのように亡くなっていた。
「祖母はその死の直前、少年に会いに来た祖母はこういった」
――『何もわかっちゃいないお前のようなやつと、だれが遊ぶ?』
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「呪いの名前は罪悪感……少年はその言葉で今も呪っているんだろうさ、自分自身を」
――呪術にこだわるのはその裏返しなんだろうよ、と守谷はだれに向けるでもなく呟いた。
感傷的になっていたのかもしれない。だからこそ、話を静かに聞いていたハルトマンが飽き飽きとした口調で述べた言葉に驚きを隠せなかった。
「――で、それがゲームキャラクターに必要か?」




