27話
「まあなんだ、最近は質問ばっかりしてて悪いな」
喫茶店の座席はまばら。奥まった席に着いたためうだるような暑さはなりを潜めた。ひどく涼やかに感じるのは気温だけではなく視線もだ。ハルトマンの視線もまた妙に冷やかだった。ファンが回る音だけが沈黙の中で静かに木霊する。
「……そう思うんなら、少しはまともに取り合うってこともした方がいいと思うけど」
「なんだよ急に」
「ふうん。――たまにはこっちが質問してみようじゃないか」
「……なんだよ急に」
「壊れたラジオかお前は。ま、そこも良しとするかね。ともかく質問だな」
「質問ねえ。何を聞きたいんだ?」
「質問って言うのも仰々しいがな。単なる会話だ会話、そう構えるなって」
「会話、か……そういや音声チャットってなかなか難しいもんだな」
「音は反響するからな。自分が思っているよりも大きいもんだよ」
「音、ねえ。そういや音っていえば、『エギアダルド』のBGMのことなんだが」はたと気づいて、思い当たることを口にする。
「BGMは、あまり強い人が居なかったからな。まあ結果的にそれがいい味になったとは思うよ」
「意図はしてなかったのか。てっきり、ハルトマンが「音」でなにかテーマにしたいストーリーがあってのことかと思ったんだが」
「むしろ後からそっちに合わせた。都合がよかったんでな」
――真意の程は分からないがハルトマンはそれで納得しているようだった。気に掛ったのでその辺りを一歩踏み込んで訊ねようとしたところを、ハルトマンの方から先に告げた。
「緊張や興奮した時に心臓の音がやたらと聴こえるのはどうしてかわかるか?
――心拍の上昇に血の流れ。それを普段意識しないはずの五感……この場合は耳だな。聴覚や感覚器官が交感神経の作用……ようは高揚したり緊張したりで研ぎ澄まされるから脳に酸素を行き渡らせるために心拍が上がって――意識するに至るわけ」細かい部分は省いたのだろう。端的に言葉を区切って話を続ける。
「意外か? でも心音ってのは演出として結構ゲームに使われているんだよ。例えばFPSのシューティングなんかだと仕様上ライフゲージの表示をわざわざ見る暇もないからな、感覚的に分かりやすくなる」
「なるほど。言われてみれば」
「音ってのは大事な要素なんだよ。音楽が人生を変えたなんていう人がいるくらい人の身近にあるもんなのさ。それをゲームにうまく活かせたなら面白そうだろ?」
――話し声、洋画の劇中歌をピアノアレンジした古いジャズナンバー、湯が沸き立つ音。
周囲に耳を傾けてみれば様々な音が飛び込んでくる。買い物で、店で、移動中に、家に。生活の中で聞こえてくる音に溢れている。状況ごとに様々な音に囲まれる中で生きているわけだ。
逆に全くの音がない環境であればどうだろうか? それがゲームなら?
とく、とく、とく、どくり、どくり、どくん。……鼓動が聴こえる想像をする。
戦いの中で心音に命の重みを感じる――命を賭して身を危険にさらす刹那の緊張感。獣の牙を、敵意の剣を、自らの血を身近に感じる、それはあたかも現実のように。
「そうだな、それは――」想像した上での感想を応えようとしたところで、言葉に詰まってしまった。
「な? ――すごく楽しくなりそうだろ?」
いつの間にか立った時間、間接的に橙色に染まる店内。夕方の日差しにわずかに照らされる彼女の表情はとても楽しそうで、でもどこか儚げにも見えて。
――そこから先の言葉に詰まってしまった。




