26話
短め。
投稿予約してられないほど急ぎの急用が入り、日付を跨いでしまいました。
5/5の分は別途でまた投稿します。
* * * ◆ * * *
ゴールデンウィークの初日にハルトマンは連絡もなく守谷の家を訪れた。
もう数日もすれば変わるとはいえ、それでも四月終わりだというのに陽気は晴れ晴れとしていて、外に出ると眩暈がするほど日差しは強い。
呼び鈴に誘われて玄関を開けたところで唖然とした。射殺さんとするばかりの照り付ける日差しの中、ハルトマンは日影もない玄関口に立っていた。
「よう」
左腕を掲げると手首までゆったりと覆う白い衣服の袖から幽鬼のように白い肌がのぞかせる。
「連絡もよこさないかと思えば、急に来るなよな」
「そう言うなって。ああこれ冷蔵庫に入れとけよ、「半分食べていいよ」とでも書けば、お姉さんが喜ぶ。いわゆる差し入れだ」
「差し入れ、っておまえなぁ……」
衣服よりも白い左腕が携えていた大きめのビニール袋を乱暴に突き出す。中身は色とりどりのパッケージをした懐かしいスティックアイスとあまり見ないラベルの炭酸飲料が6本。まだどれも冷えている。
「上がるか?」
「いや、ここでいいよ。挨拶はまた今度な」
「挨拶って、お前は何をしに来たんだよ……」
「ナニをどうこうする気はないが?」
「親父のクソみたいな駄洒落とお前の下ネタのレベル、おんなじ程度だからな?」
「そりゃあ上々。無理して下らないことも言ってみるもんだな」
「……これ、入れてくるわ」
言葉を返す気力も起きないことを全部暑さのせいにして、玄関に待たせたまま冷蔵庫に貰い物をしまうべく一旦リビングへと足を向けたところで気付く。姉がリビングの入り口から覗き込んでいることに。
――何も言わない。ただただひたすらに、にやにやと笑みを浮かべたまま、「それをよこせ」と手招きしている。
「……しず姉が考えてるような相手じゃないからな。これ、うちにどうぞってさ」
終始嫌らしい笑みを崩すことなく無言のままビニール袋を受け取り、部屋の奥へと消えていった。図らずも用が済んでしまったので、渋々と踵を返して玄関へと向かう。
後で余計なことを言わないよう釘を刺しとかないとな、と漠然と考えながら玄関へ戻ると、ハルトマンは暑いというのに律義に戸口の外側で待っていた。
白い肌に、白い服、シンプルなワンピースから下へ視線を下ろせば茶色いキャミソールには黄色の花飾り。
……絵に描いたように似合う。改めてその姿を目にして、思わず言葉が口を突いて出ていた。
「しかし随分と余所行きの恰好なんだな」
「ん? ああこれ。そりゃあ、これからデートに出かけるから」
「――はぁ。 お前が? マジでか、誰と?」
「わたしが、守谷と。行先はある程度見繕ってあるから安心してくれ」
「……あー、出かける誘いなら着替えてくるから玄関口でちょっと待ってろ」
気が動転して途方もなく間の抜けた返事をしてしまった。
――結論から言って冗談ではなく本当にデートさながら。この時はまったくもって理解が及んでいなかったと守谷は思う。
最初は、またいつもの冗談半分で出掛ける口実か、などと気軽く受け止めていた。
だがそうではないことに気付くのに時間はかからなかった。
最初に向かったのは映画館で、他に人が誰もおらず貸し切り状態で古いアクション映画を観た。鳩が飛んだ瞬間からのその監督お約束の演出は神々しい。アクションシーンは血と硝煙と男らしさ極まる躍動感にあふれていて、頭を空っぽにして楽しんだ。
上映後に見て回りたいからと、近場のデパートであちらこちらを回る。
ゲームセンターに寄ったり、本屋に行ったり、服を見たりする。
衣服を当ててはこれが合うこれはだめ。こっちが似合ういやこっちも良いと取り換えながらにらめっこ。やがて満足して店を離れて、疲れたところを「いい店を知っているから」と小道に立っている隠れ家のような喫茶店で一休み。
流れに淀みなく一息をつくところまで落ち着いて守谷はふと思う。
「……これ普通にデートじゃん」
「だから言ったろ? デートだって」
気付いた時にはひとしきり終わっていて、普通に友達と遊びに行く感覚だったことをいまさらながらに思い至る。
それと同時に何とも言えない気恥ずかしさがこみあげて来て、心臓の音が耳元でなっているかのように錯覚するほど動揺してしまう。
「まごうことなきデートだ。控えめに言ってボーイフレンドとの初デートってやつとも言う」
お待たせしました、と店員がパフェとアイスコーヒーをを持ってきたところで、その発言に相まって恥ずかしさは限界値に達した。
「ハルトマン、おまえ、ひとをおちょくって楽しんでるだろ」
「積もる話もあるんだろう? その前座のちょっとした真面目くらい、許してやってやれよ。狭量だな昌司は」
「こちとら狭量で、表面張力ギリギリなんだよ。冗談半分なら勘弁してくれ」
二、三ほど小さく呟いて、その言葉を聞いてか聞かずか。
ハルトマンはしばらく何も言わないままこちらを見つめていたが、どれだけそのうっすらと青みがかった目を覗き返してみても何を考えているか分かりはしなかった。




