21話
短め。
呪権煉鎖――アランはその名の力の行使を宣言した。
呪術が及ぼすその姿にフィオセアが見覚えがあると気づいたのは、その力が振るわれたとわかった後。あまりに尋常でないその力の前に、撤退に専念していなかったのならその場の誰もが足を止めて唖然としていたことだろう。
駆けだした王達と異形たちの合間に割り込んで、呪術を発動すると同時、アランの灰色の毛並みが黒く、武具から装飾まで全身余さず黒く染めて上げていく。
筋肉の萎縮音を目にするほどに力は凝縮され、感覚は鋭敏に研がれて視線だけで射殺しそうなほど鋭く。猛る声はだれにも届くことはない獣の咆哮と化し、その場の誰もが恐怖せざるを得ない威圧感を重ねるように体現していた。
「、、、、、、、、!」
声ならぬ声へと異形たちは注視し……周囲全てが敵意を顕わにする。
右から四つ、左から七つ、正面からは二十と八、後方には集まり続ける数と、およそ二百から増え続け、気配を捉えられるものがいるならば総じて三百以上。
大きく唸りをあげた獣頭の姿にたじろぐも、動かぬ姿を見るや牽制とばかりに十ほどが飛び掛かる。
「、、、、、、」
食らいつき引き裂こうとする攻撃を、避けない。
黒い影となったアランはその奇怪ともとれる姿とは裏腹に、凪いだ海さながら微動だにしないまま受けた。常人であればひとたまりもない、圧倒的な数の暴力を前に、傷を受けた瞬間……突如、襲い掛かった異形たちが一同に破裂した。
――その場を見ていたとして、それは誰も反応できるような速度ではないだろう。幾倍にも返すとばかりの異常な威力で、確実に。
あるものは腕に食いついたところをそのまま振り回され勢いでほかの異形にたたきつけ、噛まれた腕を振り抜きぶつかり合った勢いに重ねて逆手で打ち潰し。また次に足を狙われ体制を崩したのならばその勢いのままに地面へ手を突き円に一周、地面へと向けて蹴り潰す。
受けた傷以上の致命的な一撃の下に仕留めていく、さながら後の先を取る達人の境地。呪術によって引き出した生命力の灯火に振るう限界間際の膂力。その肉体と精神の酷使を重ねる上で、ものの数百程度では押し切ることなどできはしない。
――まさに一騎当千の奮迅だが、同時に誰の目にも「長くは持たない」ことも見て取れる。
「あの状態、長く維持できるような代物ではないように思えるのですが――」
「――ざっと見繕って四半の刻も持たない。心配するより、誘導を!」
毒の一族の王を見やれば、ちょうど馬へと跨り込み手綱の感触を合わせている。普通の馬ならいざ知らず、猟兵の一族の扱う馬は特殊で、その体躯は他に比べるよ大きい。慣れぬ馬に戸惑いながらも感触を僅かほどもなく掴み始める王に、場が場なら感嘆の声も上げよう。
だが、今この状況においてはそれでも遅い、と彼女は憤りを感じる。一瞬の遅れで命取りとなることを知っているからこそ誰もが迅速の限りを尽くすが、それもまたこの場の誰もが遅いと悔やんでいること。その憤りと悔しさは、ひとえに彼の必死の形相こそが拍車を掛けていた。
「これ、砦の方からも来てる……呼びつけ過ぎてる!」
「んなの耐えられねぇだろ?! くそ、俺が助けに」
「なりません! 万一退路の中途に襲われた際、被害を出してしまいます!」
「……だ、だがよォ」
アイオーンの声にドラウが堪らず飛び出そうとするが、フィオセアはそれを制止する。
止まることなく飛び出そうとした彼女の表情を目にして尚、従わないわけにはいかなかった。気負いつつも、警戒を怠らずに王達と追随して移動へと移る。王達は既に馬を走らせ、残すところは兵が数名といったところとなっていた。その最後のエルフの兵が発って、そこから冷静に時間を数えて……推測で立てた時間の最大限ぎりぎりのところまでを状況を見ながら待って……これほどまで長く感じた瞬間などないというほどの短い時間の後に、やがてアイオーンが合図を出した。
「アランは自分の戦闘継続を考えてないだろーから、まとめて一気に目くらましするよ!
――フィオセア、目を開けないでね!」
言うや否や、光を放つ光球を、アラン目掛けて投げた。




