20話
短いです。
「700ほどならば、どうにかなるやも知れません。が、ここは何よりも体制を整えることの方が先決でしょう――アラン殿、状況は」
「100は減らせる、200は持たん!」
「――けれど撤退なら、可能ですね」
「そちらが行けるのなら、合図を! 五つで動け、それまでに誘導する!」
「承知――猟兵の馬が我々が来た方の茂みの先に二……否、三頭空いております。毒の王と、この中で一番怪我の少ない兵を……」
「全員致命傷は脱してるから、戦力で選んで!」
「感謝しますアイオーン殿。この中で最も腕の立つ者、最も守るに秀でた者を馬に。二者を先頭、兵、王と次いで戦闘を切り抜けましょう」
「逃れられるのか」と、今更言うものはその場にいなかった。余計な言葉も、慰みも、すべては終わってこそ在るもの。絶え間なく荒れる波のように襲ってくる異形たちを凌ぐアラン達の邪魔にならないよう、注意を払って機を窺う。
「数、こなくそォっ! 多すぎ、んだろがゴラぁ!」
「ドラちゃんマジドラ息子だねぇ――もっと頑張れ~エナジードリンク注入☆っと」
「おい馬鹿鎧、じゃれている余裕があるなら全部トレインしてやってもいいんだが?」
「つかテメぇ、余裕綽々にしやが、クソっ、サボってんじゃアねえだろなぁ?!」
「口汚い鎧トカゲなんぞの比じゃない働き、貴様はそのどこに文句を付けるという」
口々に言い合う様とは裏腹に、互いの動きを最大限に生かし無駄なく敵意をいなしては削いでいく。――しかしそれは酷く危うい綱渡りだと戦っている誰もが分かっている戦い。ひとつでも踏み場所を間違えれば奈落へと落ちかねない、やり直しのない戦いだ。少しずつ言葉は減り、僅かごとに劣勢へと傾き続ける。……けれど。
「けれど、戦わなければ」
――誰も、その言葉を耳にする事はなかった。
「回復娘ッ、間に合ってないぞ!」
「こっちもこっちでギリギリなんですよ~!」
そのやり取りの刹那に、フィオセアは見たままを叫ぶ。
「……右、空きを確保っ、今です!」
「よし――アイオーンッ、指示から五つ後に踏み込む、そこからヘイトをこっちも稼ぐが、回復はぎりぎりまで回さなくていい! 鎧トカゲはだれも死なせるな!」
「毛玉ヤローに言われるまでもねェ!」
「あは、仲いいなぁ! ――指示りょーかいっ」
数えて、五つ目――アランが正面に飛び出すと、飛び込んだ先の異形のものを踏み潰す。同時に何かを囁き、ドラウと同じように咆哮をあげて注意を向けた。
「一気に抜けます」とフィオセアはエルフ達に告げ、一同は茂みまで最短距離を駆け抜ける。その一瞬の間に視線を後ろへ向けると、アランの目論見通りに敵は集中し……敵意のその矛先を皮鎧に、毛皮に、腕に腹にと食いつくその瞬間だった。
「故に『痛み』を通ず……佇むは『武狭の頂』――、吾を呼ぶ声、故に我は『死出より一度還りたる』……」
一つ、二つ、三つ。
微かな声の聞き及ぶのみで三つ。
それ以上にあったかもしれないがフィオセアは聞き取れてはいなかった。しかし呪術と、更にはそれとは違う言葉さえ使っていたことがその身の置き方から見て取れる。
姿勢は不動、構えはなく、さりとて力みもせず。
ただそこに佇むだけのその獲物を前に、彼は猛々しく二度目の咆哮をあげた。
声に非ざる獣のようなその声にフィオセアは、アランの身に降りかかるだろう危険を想起し、呼び掛けようとするも、恐怖に飲まれて声が出ない。
躊躇うフィオセアをよそに、アイオーンはらしからぬ声をあげた。
「ーーあんの毛玉っ! 後で説教アンド強制休養確定なんだからね! フィオちゃん、最後尾でアランの撤退を支援するから手伝いを何人か……」
「――私が残ります。馬が砦の場所は把握していますから、鎧の方が居れば問題ありません」
くすんだ色の衣を靡かせて、フィオセアは告げた。反論しようとした矢先、先を取るかのように「あれが終わった後に、アラン殿は倒れる。知ったものの手は必要でしょう」と否定の言葉でアイオーンが制止しようとする前に遮って言った。
「ーーわかった、任せる」
そして、そこにいるものの全てを決する瞬間が訪れる。




