17話
「 ――其れなるは土、其れなるは風、其れ呼びたるるものの末、たからかに吼ゆる竜があり。
音を求めたるもの、かの竜に遥時の頼らいより恐れ抱きたる。
ゆえ一歩うみたるるものなを恐怖、暗闇より在られたらん
人のその強さ増したるに、灯り足るを指したる影ぞ。
――其れ、心とらはるらぬばかりに形なし――
――其れ、蝕みて弱きを嗤わば、音に消ゆ――
――人の、此れをついするすべはなし――
されど初むるより荒るを望みなかるれば、『声』を求めよ。
恐れ狂はすは神が与えしに、みなもの渦の犇めくさまに言い習わして
威の並びして其者の名を『音なるる影』 はじまりよりひとつことに、呼ばわる。
疎み、妬み、嫉み、僻み、その音のならすところを滅さんこれを望まざるに
すべるなれば、命の詩の成らる限りなり。
いずれをも生よらず魔ももたざるる宿なれば、もとむるべくは起こりなり
ゆえに一歩ひかざるるもの光とならん―― 」
――『薄闇の伝承』第4章1節より――
* * *
フィオセア自身、「王に会わせたい」という理由を納得のいくように説明するのは難しいだろうと考えていたため、まずはその理由の根本にある『神話』を二人へ語って聞かせた。ひとまず関わりのありそうな部分だけ知り得る限りを話したところで、二人の反応を待つ。――先に口を開いたのはアランの方だった。
「『音なるる影』……それに、『声』を求めろってのは一体、何を指す言葉だろうか」
アランはおろか、アイオーンもその聞き覚えのない単語に頭を横へと振った。フィオセアはといえばその言葉を口にするのも恐ろしいと言わんばかりに顔を顰めながらも、続けて語る。
「はい。今語らいましたるこれの名は『薄闇の伝承』。創世から世の起こりの全てを綴った碑文に残されたとされる、王に伝わる口伝、その断片にございます。
『音なるる影』――「はじまりよりひとつこと」の指す『渦』と名を称される何かこそが、水面に渦巻くようなそれではなく、彼の『異形たち』であろうことではないかと「毒」の一族の研究者たちは突き止めているのですが……
それについての知る限りすべてを語るには、遥かに時間も人も及ばぬことでしょう。
いまは、そういった存在があるとだけご理解ください」
「繋がりがいつまた訪れるとも限らない、かぁ……やっばい、そーゆー話って不謹慎かもだけどなんだかテンション上がっちゃうなぁ」不謹慎だから星型演出はいれないよ!と念押しして言うものの、どうにも締まらない。アランの方はと言えばもはやそういうものだと割り切ってか、淡々と話を続ける気でいるようだった。悩まし気に右、左と尻尾を静かに揺らしながら、続きを述べる。
「先の状況を見るに繋がりが生じるということは戦いが近い、ということなんだろう? だとすれば巻き込まれる方はたまったもんじゃないがな。
しかし、その話でいくとあの異形のものたち……その『渦』とやらは、一体何が目的だ?」
「わかりません。
そこで、より詳しいことを訊ねるために王に目通り頂きたいのです。
――古くよりエルフは、伝承を口伝でしか残しませんでした。残念ながら私は聞き及んだ断片のみを識るばかりでして……そのようなものが在る、としか。それを代々語り継ぐことが、王の役目の一つとされているのですよ」
訊ねる言葉に、やはりフィオセアはばつの悪そうな表情を作るしかないようで、問いただすようなつもりのないアランとアイオーンの表情も曇るばかり……やりきれない感情が行き場をなくして各々の心境をぐるぐるとかき乱していく。
「目通り頂ければ、神に連なる繋がりを得た貴方達ならば何か得られるかもしれない」と、沈み込んだ気持ちを誤魔化して呟くフィオセアをよそに、アイオーンとアランはそれぞれの思惑に思慮を巡らせる。
やがて先に口を開いたのはアイオーンだった。
「……なんだか根の深そうな話なんだよねぇ。
もしかすると、それだけ大きな古い話ってことは、この大陸全土の各地に伝承が残ってたりするかもしれないとか、可能性あったりする?」
アイオーンはそう言って、自分の発言でフィオセアが少し前向きな表情をしたのを逃さず、これ幸いと勢いのままに世界地図を取り出す。
――この世界に大陸は2つ。南北で海を挟んで横向きの陰陽図のようにいびつな半円形を描いた大きな大陸と、その合間に海を隔てて存在する大小さまざまな島がある。
合間に浮く島は距離も離れて散り散りになっているが、その存在が元は二つの大陸が地続きであった過去を垣間見せる。
しかし、今となっては二つの大陸も海を隔てて大きく離れ、その交易も海竜や潮の流れに阻まれて非常に厳しいものだそうだ。大陸間の移動がかなり難しいものとなって、そこに利益が見込めないから、と往来がなくなって久しい。
稀に座礁した商船が互の大陸に流れ着くことで情報を交換する程度でしかないというのが、フィオセアの知るところであった。話の端々に、このあたり、ここの地点で、と指を差しつつフィオセアとアイオーンは話を続けていく。
「つまり……各地というのは現在我々が居る新緑と氷壁の地である『リムダルド大陸』、交流が絶たれて久しい赤土と砂漠が占める大地『セレグトラニア大陸』の二大陸、それに『グラム列島群』を含めた全土、ですか」
「んー、たぶん? だって、神代でしょ。なんでもありだとおもうんだよねぇ、神様のすることなんてて、人には到底理解なんかできないからさ☆」
「ひとつ、質問をいいか」
含みのある言葉が垣間見えるアイオーンに、語れば語るほど明らかに情報が足りていないことを噛み締めるフィオセアの推論。
行き止まりを感じるやり取りの中、アランの言葉が舵を切ることとなった。尾から耳までも総毛立つその様子に、フィオセアもまた、ただならぬことだと瞬時に察して言葉を待つ。
「先ほど話した繋がりと、『渦』とやらの関連性。やはりその真偽のほどは追求せねばならんが――」
「ごめーんフィオセア。もう時間切れみたい☆」
フィオセアが視線を向けたときには、二人の表情には既に先ほどまでの苦悩も柔らかさも何もかも感じられない。
「第二防衛線の偵察より伝令! こちらに向かう軍影あり、猟兵の王並びに護衛を確認――それを追走する異形のものたちの数、後方におよそ……800!?」
誰ともなく「繋がりが」と述べるや否や、部屋へと駆け込んでくる見知った姿が凶報を告げたことに、フィオセアは神の無慈悲さを僅かばかり心中で嘆いた。
* * * ◆ * * *
「碑文ねえ……っと、なんだ? ――またパーティー申請?」
ハルトマンとの通話からアイオーンさんとのチャットへ、チャットからアプリに表示された、新しく掲載されたフレーバーとなっている文章を斜め読みに読んでからログインの準備を始める。
さて始めるぞ、と思った矢先に、またもや『パーティー申請』の通知が守谷の元へと届いた。
通知音を耳にして、ゲームパッド操作の片手間でディスプレイを外しながら端末に表示されたままのアプリ画面を見やると、クエスト開始の表示と共にパーティー申請が届いていることを示していた。
――申請相手の名前は『コモ・ドラウ』、簡易ステータス表示には『竜人族』『騎士』といったゲームに馴染みある単語が並び立つが、知り合いの中でそんな名前のプレイヤー名に見覚えはなかった。
しかし、最後にSNSの通知で届いたしず姉からのメッセージに、詳細は分からないにせよ黒幕はすぐにコイツだと判断する。
『でぃあまいやんがーぶらざー・しょーちゃんへ。
偉大なる姉に反骨心を見せた後輩をむりくりねじ伏せて【エギアダルド】のゲーム世界に招待の上、そちらに向かわせました。
オンラインゲーム初心者みたいだけど……大丈夫だ、なんくるない。
というわけでこきつかってやってくだちい。まる。PCの名前は『コモ・ドラウ』ですってよ、奥さん聞きました? ――わーにんぐ! このメッセージは読み終わってから五秒後に自動的に苛立つことでしょう!』
「……あんにゃろ、後でシメる。ぜってーシメてやる」
アイオーンさんに説明のメッセージを送信して、「何それ面白そー☆ おっけ~い」とややズレた了承が得られたところで申請承認。
『コモ・ドラウ』の公開ステータスもざっとチェック。守谷は始める前から疲れた表情でログインを開始した。




