16話
短め。
『昨夜はお楽しみでしたな、守屋君』
「お前は毎度、出会い頭に下ネタ挟まなきゃ死ぬ病にでもかかってんのかっての……そっちはまた寝不足、徹夜か?」
食事を取って一休み、部屋に戻って少し腹を落ち着かせてから椅子につく。ゲームの世界で命のやり取りをしていた椅子でもあり、明け方遅くまでアニメ視聴をする羽目になった椅子でもある。
――そこからボイスチャットを起動してハルトマンに連絡を取った、通話を掛けた第一声がそれだった。
思わず返す刃のごとく反射的に切り返してしまったが、当の本人はといえば快活に笑い声を上げるばかり。全くと言っていいほど気にしていない様子だったのは幸か不幸かわかったものじゃない。
その笑い声が、自分と同じくらいにやや疲れ気味な声色のような気がして聞き返すと、これまた面白いくらいに察しのいい答えを返してくれた。
『なに、昨日は用事を作ったと言ったろ? 無事クリアできたみたいで何よりだよ。おかげさまで用事が無駄にならずに済んだ』
「あー、継続クエストな……あれってもしかして、元々考えてはいなかったのか?」
『あるにはあったが、面白そうなネタが思いついたんでちょいとテコ入れした。そのあたりは今回の継続クエストのクリア後をお楽しみに、ってとこだな』
「妙に引っかかる言い方するなよ……まあいいや。ちょっと聞きたいことが」
『なんだ? 『めでぃ☆オン』のレイヤーさんなら知り合いにいいのがいるぞ。リアル合法ショタのイタリア人ハーフでノイエコスオンリーの子な』
「ちげーよ! つぅかなんで知ってんだよ!」
全力で否定する。いくらアニメを視聴したからといっても断じて聞きたいのはそこではない。
『なんでって、そりゃあお前、アプリの会話ログ覗いてたから。一応製作者だし』
「プライバシーの侵害だ……」
『プライオリティは保証するぞ』
「保証して欲しいのはプライバシーだ!」
『まあそう言うなって。会話ログを覗かせてもらったのも、今後のテコ入れのためのリサーチなんだからな。必要だったんだよ、ストーリーの展開上』
「はぁ? そりゃどう言う……いやまあ、いいわ。どうせお前のこった、無駄にこだわりの強いシナリオでも作ってんだろうさ」
『失礼なやつだな守谷は。まあ否定はしないけどさ』
「そこは否定しとけよ……で、『エギアダルド』で発生したクエストについてちょっと聞きたい」
「……いいよ。ネタバレにならない範疇で、になるけどな」
普段学校で話すときと何ら変わりない会話になんだか毒気を抜かれてしまったけれども、気を取り直して質問すると、最初から質問されることがわかっていたかのように聞き返してきた。
「『エギアダルド』における『異形のもの』って、何なんだ?」
「……その質問では、答えられないかな」
「敵、と簡単に割り切っていいのか? 名前は?」
「それは正しい。ややこしい作品にありがちな善悪観なんてものは無し、存在そのものが悪だよ……あの存在は。
あと、名前は近いうちに分かるな。他に聞きたいことは?」
――どうにも含みのある言い方だが、そこは訪ねたところで答えはしないんだろうな。一言一句に注意をはらいながら、質問を重ねていく。
「最後にもう一つ。あの世界で死んだNPCは蘇生できるのか?」
「できない。加えるならば、PC……プレイヤーキャラクターもまた同様だ。この世界と同じように生き、そして死ぬ」
「蘇生魔法の限度は?」
「最大で10分。最大体力を差し引いて、ダメージの過分量によっては即死。蘇生は、あくまでも瀕死を覆すものであり死を覆すものじゃあない」
――現実だってそうだろ? それができるのは神の領分だ。
ハルトマンは一息に言い放ってから、まるで悪戯に蟻を潰して遊ぶ無邪気な子供が親に訊ねる戯言を一つ付け加えた。
「人が死んだところで何の影響もないなんて、守谷はさ。どうかしてると思わない?」
* * * ◇ * * *
「何人、囚われた」
――暗闇の中、厳かな声が囁くように呟かれる。そこに居る者の誰もが一様に默する中、傅く者のただ一人のみが声を上げた。
「……978名です、猟兵の王よ」
「逃げおおせたのはたったの22、か」
「いずれも御君に連なるものでしょう。せめてもの冥福を」
「冥福。冥福とな。それは名誉ある死か。あれが、あの死に様が、死を手にして休むことすら許されぬものが、それが其方の言う、冥福か?」
成す術なく倒れる音。死に至ることなく嬲るように少しずつ潰れゆく骨の音、気が強風に凪ぐごとく軋んだ悲鳴、恐怖に耐える者の心を逃さず死を愚弄する殺さぬ蹂躙。懺悔を咀嚼、降伏を咀嚼、苦痛を咀嚼、嗚咽を咀嚼、すべて否定し飲み干す勢いのまま。
心折って尚も飽き足らず、残った者の心身すらも巻き込まんとする咀嚼の音。音だ。まさに音こそが尊厳を簒奪する。
「そうさな……『――恐怖は暗闇より在り。人のその強さ、灯り足るを指したる影ぞ、心蝕みて弱きを嗤わば……』だったか」
「はい。してそのあとの碑文にはこう綴られたと口伝されています。曰く『恐れ狂はすは神が与えしに威の並びして其者の名を――』」
王と呼ばれたエルフは傅いた者と共に、口にする事、思うことすら憚られる程の苦心と憎悪を顕にしながら……エルフの言葉ではなくヒトの使う共通言語にて、『音なるる影』と一音で囁いたのちに、血の滲むほど固く唇を噛み締めた。




