12話
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部分的に、文章の抜けがあったため、改稿・修正ました。
追って大きく編集するかもしれませんが、取り急ぎご報告させていただきます。
* * *
「重傷者から優先してアイオーン殿のところまで運び込め。意識のないものを最優先だ!」
ノーフィスの声が往来する兵たちに向け掛けられる。彼女が率いていた兵たちは、最初にフィオセアが連れていた負傷者を休むこともなく砦へと運び入れている。
――戦闘が始まった時、ノーフィスもまた周囲に迫る異形たちとの交戦を強いられた。フィオセアたちとは既に砦を挟んで分かれていたため戦闘の最中に合流することはできなかったが、代わりに負傷兵たちの駐留する場所に駆け付け、アランが引き寄せるまでの合間その場を凌ぐこととなったとのことだった。
彼女の方の兵は追加の戦力もなかったことから負傷も多く、ノーフィスという戦力がなければ瓦解していただろうと兵たちは口々に報告をしていた。
報告を受けたフィオセアは差し迫って必要とされる事をいくつか指揮し、指揮を執り終えた上で砦の中にある治療室へと向かう。簡易的な寝床を多数に用意された広い部屋の一角、そこで治療を受けていたノーフィスの元を訪れた。
「人族にしてかなりの手練れと以前より見受けてはおりましたが、これほどの者とは思いませんでした。兵たちのこと、助けていただき感謝します、ノーフィス」
「フィーオぉー、そんなかたっ苦しいのはやめてよ。私は私にできることをしただけなんだからさー」
「貴女が作戦よりも負傷者たちを優先した判断があったからこそでしょう?」
「んー、それを言うならさ。聞くところじゃ彼らの方がよほど活躍したんじゃない?」
ノーフィスは小さく首を振った。フィオセアから目線を逸らして向けた先には、治療を受けて……何があったのだろうか、アイオーンに怒られている人達の姿があった。
「あ、まーたやってる」
「また?」
「いやね、なんでもアランって狼人族が使ってたっていう呪術。あれ、自分の感覚や能力を代償に発揮するものなんだってさ。
その関係で、ここで治療を担当してた人達が怒られてるみたい」
「代償……それはどのようなものなのでしょう」
「本人曰く『代償は一時的な毒のようなものだから、時間を置けば戻る』らしいんだけどね。
今回代償に支払ったのは『存在感』と『睡眠時間』らしくて、詳しく話を聞いたアイオーンちゃんがもうすんごい勢いで怒り始めてねぇ、その時はあまりの剣幕にびっくりしたよー。ほらあそこ、アランさんもいるでしょ?」
ここに至ってフィオセアは、ノーフィスとの話題に上がったことでアイオーン達の方を見て初めて気付いた。アランもまたアイオーンに説教されている人の中の一人だということを、目にしているにもかかわらず指摘されるまで気づかなかったのだ。
「これは……」
「『存在感』なんだって、原因が。一時的に認識から外れやすくなる、みたいな程度のものらしいんだけどね、その認識っていうのが曲者でねぇ。
結構な傷を呪術の代償に負ったにも関わらず誰にも気付いてもらえないまま治療は後回し。
あわや出血多量で死の間際をアイオーンちゃんがようやく発見。問い詰めたところでさっきの代償の話が出たから内容を更に問い詰めて……って話らしいよ。あ、一緒に怒られてるのは砦の治療班みたい。ほら、アランの処置を放置してたからさ、『死んでたかもしれないんだぞ!』って」
なるほど、と感心するも、やはりフィオセアにはここに来る前からの疑念が払えなかった。
彼らはどこともなく現れ、強大な力を有していた。惜しげもなくその力を振るい、しかし多くの人を救う。
その見返りは考えもせず、力の強大さを恐れられ利用されるかもしれないということを考えているかどうかすら危ぶまれる。死ぬかもしれない、死よりも恐ろしいことに直面するかもしれないのに、それを恐怖もせず目の前の困難に協力し、尽力する? ……普通なら、ありえない。
「でも、普通ではないのなら」
「ちょっと……フィオ?」
「私はアラン殿とアイオーン殿に訊かねばならないことがあるようです。ノーフィス、後ほどまた伺いますので、失礼しますね」
言うや否や、フィオセアはアラン達の方へと足を向けて早足に駆け寄っていった。
* * *
「だーかーらー、何度言ったらわかるんですか。アランさんは無茶しすぎですよぅ!」
「無茶も何も、手があるのならそれを成すだけだろう。それこそ、何度言えばわかる」
「わかりませんよわかりませんとも、その命を加味しない自己犠牲がどこから湧いて出てくるのかっ!
もしも私の治療まで制限されてるなんてことになってたら、本当に気付かれないまま死んでたかもしれないんですからね!?」
「こうして命あるなら問題はない。たらればなどと、起こらなかったことを話したところで何の生産性もないだろうに。それにいざとなれば自分で治療する術も持っている」
「それも呪術ってやつなんですか? あぁもうその嫌そうな顔にうなだれた尻尾、そうなんですね!?
味方に告げもせず代償なんてもの払ってたら命がいくつあっても足りないってさっきから言ってるでしょ!
ちゃんと聞いてますかアランさんその大きなお耳は飾りですかねおつむが動物並みなんですかね曲がりなりにも医者の私をバカにしてるんですかっ?!」
「……フィオセア殿からも説得してくれぬだろうか」
近づいてきていたフィオセアに気付いていたのであろうアランは、戦場での活躍から一転してまるで濡れ犬のようにげんなりしながら、距離や頃合いを見て彼女へ助け船を求めた。
治療室に入ってきたことは気づいていたようで、そのうちに話を振ってくるだろうと見越しての台詞だろう。
向こうでノーフィスと話していた内容はわからないが、こちらに来たことからアランにはその理由が何となく見当はついていた。
フィオセアも「助け舟かはわかりませんが」と前置きを置いてから、アイオーンの方へと向き直る。
「改めて、此度の防衛線に協力いただき心より感謝いたします、御二方。ああ、貴女がアイオーン殿、でよろしかったでしょうか」
「え?! あ、ええと、そのぅ……はい」
「私はこの砦の襲撃の報を受け救援に来た、フィオセア、と申します。どうぞフィオとお呼びいただければ。
……傷の癒えきらぬうちに申し訳ないのですが、御二方については訊ねておかねばならないことがございます」
アランとアイオーンは顔を見合わせて「何事かあったのか」とも考えるが、訊ねなければと言う発言と、真剣な眼差しがこちらに向けられていることから、個々人に対しての質疑であることが感じられる。
僅かながらに深く思慮する三人の中で、最初に口を開いたのは意外なことにアランだった。
「――ややこしくなるのは好かない、先にこちらから結論を話そう。単刀直入に語弊や少々の違いを厭わず言うならば、我々は『この世界に最初から存在する住人ではない』のだろう。それはアイオーンも恐らく似たような状況で、さりとて全く同じ境遇というわけでもない……アイオーン、これになにか意見はあるか?」
ないですね、と答えたアイオーンをよそに、フィオセアは酷く困惑した表情を抱えていた。
驚き。困惑。更には今まで抱いていた疑問や不安がないまぜになった感情がとりとめなく行ったりきたりする。混乱極まった頭の中を整理するすべはあるのか?
……この状況に、そのような頼るすべが出てくるはずもなし。かといって、ノーフィスに助けを求めるのではそもそもが的外れだろう、彼女はあくまでも立場としては援軍であり、客人だ。巻き込むわけには、いかない。
思わず「先ほどから質問ばかりで無知であり無力であることが恥ずかしくなりますね」と口にして呟いてしまったことを聞き取られていないことを祈りつつ、どのみち話を聞くまでは判断できることでもないと考える。しばらくの葛藤の後、質問することを選んだ。
「出鼻を挫かれたようで些か口惜しい所ではありますが……個人的な感情は後に致します。
最初から、ということは、御二方は何らかしらの方法でこの世界に迷い込んだ異邦の者……ということでしょうか?」
「私はそうだよー」とアイオーンが言うが、アランは首を横に振った。
「我々は、違う」
「我々とは?」
「そこは、気にしなくていい。
ともかく、アイオーンとは違って、もとよりこの世界に生まれ育っている。輪廻転生といったような記憶もなければ、他の世界に生きていて何処かからやってきたというわけでもない」
「では、どうしてそのような表現を成されたのですか?」
「んー、これは私の妄想なんだけどさぁ。アランさんは、将来のどこかで別の世界にいく可能性をもってるんじゃないかなぁって思うんだ!
なにかこう神様的なさむすぃんぐ、え~ら~ば~れ~た~……的なかんじに」
「そんなことがあるのでしょうか……?」
「有り得なくはないな。
アイオーンとの繋がりを考えればむしろ、そうなる可能性は充分に起こり得る」
「繋がりですか? ……それは、戦闘の直前に単独行動をとったことと関係もありますか」
――聡い、それに理解も早い。
アランはフィオセアの鋭い智恵に満足したが、口には出さなかった。尻尾が隠しきれず僅かに揺れたが、意識的に抑え込む。
……今は、一喜一憂している場合ではない。
感情の起伏を隠すように、アランは話を続けた。
「アイオーンが現れる直前、繋がりを得た。
アイオーンと共に砦を守り立ち向かえというものだ。
互いの存在を認識し、互いの持つ力を把握し、言外に意思を疎通し、連携を高め立ち向かうことのできるようにする加護のようなもの。そんな繋がりだ。
――つい先ほど、フィオセア殿がこちらに来た辺りでその繋がりは途切れたようだがな」
「それは……神の御業でしょうか」
アランとアイオーンは頷き合いながら、神託が降りたとでも言えば分かりやすいだろうな、と事も無げに告げた。
虚偽は……ないのだろう。少なくとも、悪意は感じられない。アイオーン殿は素直な子供のように思ったことを真っ直ぐに言葉にするようだし、アラン殿は言葉も態度も不器用だが……失礼ながら喜怒哀楽が尻尾によく出る。非常時故に気にしないようにしていたが、つい目で追ってしまう。ーーた、頼んだら触らせてもらえるだろうか?
「……ねぇ、フィオセアおねーさん。神さまとか神託だとかって話、不味かったりする?」
沈黙を悪いものと取ったか、アイオーンは恐る恐るといった様子で訊ねた。そういう訳ではありませんが、とだけ告げて、悩む。
しばしの沈黙の中、フィオセアは考えをまとめる。
――なんとまぁ、悩んでばかりだ、戦場だというのに。
やがて意を決して、二人に顔を向け伝えた。
「アラン殿、アイオーン殿。
その話が真実なれば私は、御二方を我が王の元に導かねばなりませぬ」




