11話
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「何が起きて……いや、このままでは! 伝令を急げ、即刻動きて友を救え!」
音と共に混乱が生じたが、フィオはいち早く困惑から立ち戻り指示を出した。
橋の上、砦と異形のものたちのちょうど中間。そこに何かが落下したのだろう、石畳は大きく円形に砕かれ、周囲には激しい土煙を立ち上げていた。
舞い上がったほこりが立ち消えた後、そこに立っていたのは戦場には似つかわしくない一人の少女だった。そして、何もかもが静まり返る中で少女は、あろうことか落下の勢いそのままにいくつかの異形たちを着地と共に潰した姿勢のまま、あまつさえこの場に似つかわしくない口上を声高らかに叫んだ。
「ピンチで瀕死にパラメディカル、過激な悲劇はめでぃかる☆チェックde緊急回避! 神代魔法少女、アイオーン! ただいま、戦場ぉ☆……って何これーーーーーー! 勢いでなんか悪そうな方を処置☆しちゃったけど足が、足から伝わる感触が! ぶよぶよして気持ち悪ぅいぃ?!」
所々でなぜか意味のない魔法による星形の発光魔法陣を展開する場違いっぷりだが、それでも戦場は戦場だったといえよう。異形たちはより警戒を強め、その形状をあたかもおびえるかのように痙攣させて波立たせる。砦の兵たちもまた、招待のわからない何者かの登場に警戒の色を隠せないでいた。
晴れ切らない土煙に紛れて一番近い距離に現れたその少女へと、ひとつ。異形のものが襲い掛かる。目撃していたその場の兵の誰もが無残な死を思い浮かべたが、杞憂の露と消えることとなる。
「暴れちゃう子には麻酔薬だよっ めでぃっく☆インジェクション――ぶっ刺せ、たぶーん! そーまん!」
魔法の発動と共に――針を備えた筒状のガラス管が中空に形成されると、少女の指示に従い高速で飛翔していく。所詮は針、傷を負うことはなく突き刺さるばかりだ。怯みはするものの、異形たちは即座に襲い掛かろうとする。
「前に出るな、そんな投擲具で倒せるわけがない!」
「えぇー? 殺したりなんてませんよ?」
その凶刃に倒れる、と近くで剣を振るう兵が叫んだが、結果は異なった。
時間にしてきっかり2秒。
異形たちは痙攣を引き起こし、溺れるようにもがき、倒れ伏す。
「たぶーんとそーまんは劇薬です。致死量は避けていますからすぐにはらくになれないかな~。でも、当分は起き上がれないと思いますよ、っとと……あなたはもしかして?」
――倒れた二体の背後から間髪入れず飛び掛かってきた異形たちの姿に、アイオーンと名乗った少女は反射的にたじろぎつつも身構えたがそれは杞憂に終わった。
蹴撃で叩き伏せた、アランの姿がそこにはあった。一息に突破してきたのだろう、橋に足の及ぶ異形たちはアランの通った道に生きて形を保った者はいないことに砦の兵たちは驚きを隠せないでいる。そんなことは些末だと言わんばかりに、アランは歩み寄ってくる少女に声を返した。
「その質疑には、応、と答える。アランだ。対話もかまわんが、今は現状の打開が先決だと見る――異論はないな?」
「もっちろーん。人工妖精・ケミストリが呼び出せなくて困ってたから、オペの助手なら大歓迎っ☆ あ、私の名前はアイオーン、神代魔法少女でっす☆」
「よくわからんが……アイオーン、共にこの戦況に助力するとしよう」
「さんせーい!」
言うが早いか、アランは橋の向こう、先ほどまで自分もいた森と河の境目に視線をやる。遠巻きにフィオ……フィオセアたち率いる兵が視認できる場所まで異形たちを退けながら出て来ていることを確認して、アランは大きく声を張り上げた。
「――砦の兵よ聞け、もたらされたる遠吠えを聞け! 我ら西門の森がタァナに住まう猟兵のエルフ部族長・クムの二の羽根、フィオセアに付く兵者たちの援軍なりや!
勇あるものは奮い立て。守るべきものを心に抱き、その者達の剣となれ。力に屈せず、恐怖に恐れず、立ち上がらん……フィオセアなるは此処にもたらす勝利者の名……立ち上がるものよ、かの者に続き剣を持ちて……武を見せよ!」
最初は困惑していた兵たちも、その声を耳にしてアラン達が救援の助力だと確信を得たのだろう。砦のあらゆる場所から一際大きく歓声が立ち上る。
橋の袂、森の向こうから沸き立つ異形たちの姿に臆するものは、口上が終わるころには一人としていない。
ひとしきりの奮起の声がやむころには、フィオセア達の兵は橋の袂で陣形を組み始め、砦の兵達もまた装備と体制を整えなおしていた。
――これならしばらくは持つな、そう思ったアランは、不安を解消するべく次の行動へ移るため、少女に訊ねる。
「攻撃もしていたが、治癒と援護が本職か?」
「医者だからね! 死んでなければ治せ……いや、死んでても五体満足なら治せますよ、たぶん!」
「それは重畳。橋の袂にいる兵達の負傷者が、森の向こうに待機している。回復すれば戦力になるはずだ……いけるな?」
「りょ~かいっ」
「――我々はこれより、先に見えるフィオセア殿の負傷兵を救援に向かう。覚悟の剣が整った者から砦の守りの補強に回り、手の空く者は弓で援護を成せ!」
支持の声をあげ、砦を兵たちに任せてアランとアイオーンが駆け出した。フィオセアの兵達は既に戦闘を始めていて、未だ倒れるものもなく奮戦しているように見えるが既にいくつかの異形が合間を抜けて砦の方へと迫ってきている。
迫りくる異形に、アイオーンは先手を打って出た。
「よーし、やっちゃうぞー。
雑菌さんは徹底戦場! バーステッドぉー、オキシジェンっ!」
アイオーンは両手を大きく開き交差させて振り抜く。すると、魔法が発動する前触れすらも何もないまま唐突に空間が破裂音を鳴らし、通り過ぎざまにすれ違う異形たちを余さず横薙ぎに切り刻んでいく。
理解に及ぶものなら恐ろしい術と名前を目にして、年端もいかぬあのような少女が戦場に立つなど、と否定をする者はいないだろう。
アランもまた、取り漏らしたものを一撃にして確実に蹴り潰していく。通り過ぎた後にまだ息のある異形も弓に仕留められ、とどめを刺した屍が山となっていくのみだが、異形たちの勢いは尚も止まない。
フィオセアの兵が戦う橋の袂にたどり着いてからは、数に押されて抑えるのが精一杯となってしまっていた。
「フィオセア殿、戦況は」
「アラン殿、ご無事で! 負けはしませんが、決め手にも欠けて……」
「ううー、悪性患者が多すぎるよぉ……せめて悪玉菌やっつけたらおしまいとかならいいのに!」
「見るにおそらく奴らは熱や光に特段弱いのですが、魔術士は既に負傷して――こちらの方は?」
「援軍だ、気にするな。それよりアイオーン、一気に殲滅する魔法はあるか?」
「そういうことならとっておきのがあるよ! ちょっと時間を食うけど……」
「後に控える治療に支障がないなら頼む。引き寄せと足止め、準備中の敵は任せろ」
「おっけー、任せる☆ 味方に被害も出るかもだから、合図をしたら、全員退いてね!」
どちらともなく慣れ親しんだ戦友さながらに頷き合って、アランが前に、アイオーンは後ろに控えて魔法の為に準備を始めた。
アランは迫る異形たちを徒手空拳で倒しながら――腰に刺した本を取り出して開く。
「我のことのは、呪いのことは。たゆたいて世にあらせるる、摂理を犯し、条理を崩し。肉理に能わず、真理に括らず、自在の一切に由非ざる……」
――跳躍して距離を詰める。
肘打ち、反転、足払いの勢い重ねて二周、踏み抜く、同時に側面へと転じ、また蹴りの一撃――手元に本を携え言葉を紡ぎながらも一度として狗頭が留まることはなし。
その動きの止まることはなく、石畳を踏み鳴らしてしなやかに、一撃の下の打撃を放つ。
抜かりなく近づくものから仕留めていく様に一層の敵視を一身に集めながらも物ともせずに動く。
一節ずつ読み上げる呪文の声もまた止まず、やがて呪文の完成と殲滅の為の炎を見た。
「二つの権能未だ分かたず、二つの呪縛を我らが行う。これ成したるるは我らが呪権。
故に我らが行使する。『誘蛾』、『微睡』」
最後の言葉を言い放つと同時、アランの持つ本から心臓の脈動する音と、紫煙の形をした波が彼を中心に周囲を吹き抜ける。
すると周囲にいた異形のもの達は酒気にあてられたかのように動きは緩慢になり、アランの元へと集っていった。アランがその場から離れるが、異形たちは紫煙の発した元に吸い寄せられていくばかりだった。
「お互い準備オッケーだね! 動ける人は撤退、動けなさそーな人がいたら手伝ってー。それじゃいっくよー……
ケミカル、めでぃかる、煮沸除菌♪
必滅、セシウム・エクスプロ―――――じょんっ!」
再度。一度目の落下による衝撃と土煙など比にならない程に大きく轟く音と閃光が、アイオーンの魔法と共に一帯へと響き渡った。
爆発とはそういうものだ、炎から生じるものでありながら、その広がりは一瞬。規模が大きいものになれば起点となった場所に一切の形を残すことはなく塵芥の一つも残さず吹き飛ばす。
爆発の真価は衝撃、熱、音の暴力。
煙に巻かれることを炎の恐怖とするなら、爆発の恐怖は起きてしまえば回避ができない程に一瞬でそれらの暴力が襲い来るという点にある。
仮に時間を停止するほどの絶対回避を可能とする術を持っていたとして、止めようと思ったときには遅い。
かといって爆発よりも早くその危険を認識するほどに、人は普通それほど強い警戒心を維持しながら日常を過ごすことなどできはしない。
それが出来るのはよほどの狂人じみた強迫観念で日夜眠れぬほどの恐怖をあらゆるものに抱く身の破滅しか先にない者か、あるいはその爆発を引き起こした者かのどちらか。
無論、爆発に耐えられるほどの耐久度を持つのならば耐えようはあるに違いない。
ただそれも、『いつ自分を襲うかわからない』という恐怖に耐えることが出来ればの話だ。次の瞬間には爆発が身を襲うかもしれない。それはいつ? あと何度? 疑念に襲われれば最後、躊躇いが生じてしまう。
相手が攻める手立てがその術だけでないのであれば、怖気付いた先に待つのは、一方的な蹂躙に他ならない。
今回、その耐久することすらなく蹂躙し尽くしてしまったのは、ある意味では幸福なことのかもしれない。
「今ので怪我した人いたら言ってね、ちゃちゃちゃーっと治しちゃうから☆」
故に。この爆発に避ける手立てを持つ異形のものなど存在しなかった。
寄せ集めることで周囲すべての異形のものたちを吹き飛ばしたのだろう。その場に居合わせた兵たちが安堵と共に一つ身震いをしたのは、敵の第一陣を葬ったことにだろうか、あるいはその力の強大さになのか。
理解をしようと思うものはこの場にはいなかった。
勝手に筆が走って、勝手にキャラが性格もって喋るのなんの……