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Elder Gear Online  作者: 御堂 竜座
10/94

9話

 * * * ◆ * * *



 ゲームのテスト開始とほぼ同時刻。

 Player’s rest ――通称レスト、と呼ばれる掲示板サイトが立ち上げられた。


 それは、『EGO:エギアダルド βtester's App』を非公式と言うならば、レストは公式のファンサイトコミュニティといったところだろうか。運営している会社が作成したテキストのフリー編集が可能な情報提供サイト、俗に攻略掲示板と呼ばれるこの掲示板サイトの賑わいは確かなものになっていた。


 掲載された情報は、どんなオーナーがどういう世界観のワールドを作成したか、どういうプレイヤーにおすすめか、どんなゲームシステムなのか……といった事前情報から、こういうイベントが起きた、こんなプレイヤーがいた、バグを見つけた、固定パーティ募集といったものまでさまざま。

 今でこそまだプレイヤー個々人の情報に目立つものはないが、ランキングや有名ギルドのような存在、あるいはプレイヤーキラーの情報など、有名になっていく人物の名前が話にあがってくるまでそう時間はかからないだろう。

 今はまだクローズドβ版テスト開始から時間も経っていないが、だからこそ眉唾でも得られる情報の価値はプレイヤーにとっては大きい影響力を持つ。

ページを眺めている間にも、有志によって各オーナーが作成したワールド内の情報が次々に投稿されていくほど多くの人が見て、書き込み、参考にして行動、その繰り返しを重ねる。そのための情報がここには集まっていく。


 ――それらの情報を吟味し、真夜中に歓喜の声をあげるものがいた。


「キターーーーーー! これこれこれこれこれよ、この情報がほしかったのよ!」


 ――二宮 千佐子ちさこ。職業、絶賛子育て中の専業主婦。


 小声で絶叫するという器用なことをしている彼女もまた、配信から数時間の間に情報量を集めるその掲示板を見るプレイヤーの一人。


 PCのモニタがそこかしこに並ぶ冷え気味の書斎デスクの前に腰掛け、彼女がレストに掲載された情報を基にキャラメイクを開始したのはほんの数分前。尋常ではない速さで入力のほとんどを迷いなく済ませてしまった千都子は、最後の未入力項目である『開始地点』に長らく迷っていたのだが、レストに記載された『メインクエスト情報』の欄を目にして、深夜に近い時間であることも忘れ盛り上がっていた。小声ではあるがそのテンションは治まらない。


 千佐子がすんなりとキャラメイクを済ませられたのは、彼女が『なりきりロールプレイ』を好むユーザーであることに起因する。彼女は『めでぃかる☆アイオーン』というアニメに出てくるキャラのなりきりプレイヤーだった。


 ――娘が楽しんでいる子供向けのアニメ、『次元躍進! 美少年神代魔法少女・めでぃかる☆アイオーン』という作品をみて、一目惚れをしてしまったのが始まりだった。夫がサブカルチャー系の情報誌を作る職場で就いている影響もあって、彼女は結婚する前から夫に勧められるアニメやゲームを大いに楽しんでいたのだが……番組にはしゃぐ娘と日曜の朝、最近のアニメはよくうごくなぁと遠巻きに眺めてところへ、『めでぃかる☆アイオーン』は衝撃を伴い登場した。

 主人公のひとりである美少年、神代院かみしろいんアイネは、いわゆる中途参加する新キャラクターだった。


 タイトルになっているキャラクターなのになんで途中参戦? と初めて観た者は必ず聞きたくなるが、とにかくそういう立ち位置である。

この作品では主人公たちを含め変身すると美少年が魔法少女に変身する、としか言いようがない。

これまた子供にとってはマイナーな性癖を植え付けかねない際どい設定をしていたが、それよりも千佐子が気に入ったのは変身後の反応だ。


 それは、衣装もビジュアルも異常なまでにかわいい美少女に変身した少年が、攻撃をされ服へダメージを負うごとに恥じらうというもの。


しかも、ダメージを回復する演出には無駄に生々しい診察音――衣擦れや聴診器で心音や呼吸音を確認したりする、どうやって音源を作ったかわからないようなサウンドエフェクト――を使ったりするという拘りよう。

 ……いろんな意味で、当時の千佐子にとっては衝撃的だった。


 おそらく、どうしてだとかなぜだとかを色々と突っ込んではいけないのだろう。制作者たちも破れかぶれだったに違いない、筈だ。

 話が進むごとに判明する新事実や妙にリアルな医療関連の話題を毎回のように絡めてあったりダメージで恥じらう理由の衝撃の真相があったりするのはさておき、ハイネの変身した姿であるアイオーンがやられるたびに恥じらう姿は千佐子の心を一撃で鷲掴み完膚なきまでに虜にした。


番組の放送が終わるころには四歳の娘と一緒に大泣きしたほどで、ここ数年の中での一大ブームとして彼女の中で確立され、今では録画を鑑賞することが日課になっている。


 番組は放送から二年ほど経っていて、娘も小学生に上がったが未だに熱冷めやらず。

 最近になって夫と一緒にオンラインゲームをプレイするようになった千佐子は、名前にキャラクターのものを使ってなりきりのロールプレイも積極的にするほどとなっている。

 今回に関しても、熱心に語る夫に触発されて応募したところ見事にエルダーギアのテスターに当選したため、キャラクターによるロールプレイを忠実に行うべくキャラクターメイクに奔走していた。

そして、『開始地点』に関して悩んでいたのだ。それが、レストの情報によって歓喜の声をあげた事態に繋がる。


「今回もなりきりで行きたいところだけれど、このワールドの制作者さんってガチ目にファンタジーな世界作るひとっぽいのよねー……

 そうだ、見た目は『アイネ』君そっくりにして、設定も似たような感じで、ヒーラーに振って」


 プレイヤー名を『愛音』にすることは決めて、場所も情報を元に決める。


「次元跳躍に失敗してこの世界? に流れついちゃった世界渡航者って設定で行こう!そうすれば、ちょっと色物でも現地に馴染もうと頑張るアイネ君に出来るもんね。私なりの二次創作みたいなものってことで!」


 ――最新情報にあった場所は『ブラザックの林河』、クエスト名は『ブラザック駐留部隊の救援』だ。プレイヤーの一人がクエストを発生させたが、他のプレイヤーは近くにいないらしい。

「これなら、めでぃかる☆アイオーン第39話の登場シーン、『ピンチで瀕死にパラメディカル、過激な悲劇にめでぃかる☆チェック』ができるはず!」


 と、意気込み新たに嬉々としてログインボタンを押した。










 * * * ◆ * * *



 エルフ達は移動を始めた。その歩みは遅々たるものだが、誰も弱音をあげることはない。目的地は森の西南、その端に森と隣接して流れる『ブラザックの林河』。その手前で森を出る前に敵勢力を偵察し、可能であれば奇襲、不可能であっても駐留する兵との合流を図り戦力の増強による防衛を行う手筈になっている。


 移動の中で会話をするような余裕あるものはおらず、必然、フィオもまた思案を方々へと巡らせていた。


 ――ノーフィスがアランにこの戦いへと加わるよう頼み込んだ時、フィオは僅かに躊躇いがあったことを口には出さなかった。


 この戦いに意義がないとは思わないにしても、エルフの民の問題に、なんの利益も得られないような旅人を巻き込んでしまっていいものなのか、と。

 結果から言ってしまえばそれをアランは気にするところではないのだが、フィオにはなぜ快く引き受けてくれたのか、ほとんど理解できていなかったのだ。

 確かに、エルフの言葉を喋ることが出来るような人物なのだから、どこかで恩を感じるようなことを経験したのかものかもしれない。だが、もしそうだったとしてもそのどこかでの出会いや恩義が、今ここにいる猟兵の一族との交わりであったというわけではなかった。故に返すべき恩などないに等しい、断って当然だろう。そんな風に考えていたのだ。

 だというのに、アランは協力の申し出を……力添えさせていただくと、何の迷いもなくそう述べて受けた。

 直に手合わせをしたからこそわかる。彼の戦力はこの戦況を打開する希望となり得るのだと。かつて集落で訓練に励んでいたころも、掟に従って修行のために外の世界を回った時にも、これほどに底の知れないと感じた人物を、フィオは数えるほどしか知らなかった。ノーフィスとアラン。二人の助力があれば、戦線を押し戻すことすら叶うかもしれない。

 けれど。頼りきりでいいのだろうかとフィオはわずかに悩む。

 猟兵の名を冠する部族の一員として、戦いにおける勝利を敵に譲る気はない。一度でも戦うと決めたのならば誰よりも勇猛に先陣を切る、智謀策略を以て勝利をもたらす、そうした存在なのだと、幼いころより教えられてきた。実際集落の外に出てみればその通りで、過去の猟兵が行った功績に対する畏敬の念は強かった。行く先では敬われたりもすれば恐れられたりしたことも何度かあるからこそ、猟兵のエルフが頼りないなどと、情けない姿を見せるわけにはいかないという誇りがある。そのためにこそこの戦いを、失う命なく終わらせたい。ならば使える戦力をみすみす逃す事をすることもない。いかに戦うか。考えるべくはいかに勝つか。いかに……救うかだ。

 勢いにかまけず、冷静に戦い方に集中するべく自らの弱さへの叱咤とを、自らの中で幾度も苦悩する。

 ――とはいえあれやこれやと考え込むほどに、しまいには手合わせにすら負ける始末。あれに勝てという方が難しいような気もするな――と考えてから、兄上とどちらが強いだろうか、一度会わせてみたいな、と終いには戦う様子までをも夢想したのだが、当のアランがそれを知る由はない。そうしてみるのも一興かと不意にちょっとした悪戯心にまで行き着いたところで、とりとめない思考の迷走も終わりを迎える。


 思考の寄り道をすれども、戦場への歩みは最短距離だ。


 生憎と負傷者も多く、馬を使うわけにはいかなかったが、事前に把握した道であるノーフィスの先導もあって、移動からほどなくして目的の場所へとたどり着くこととなった。


 遠巻きに、即席で補強したであろう砦が見えた。

 森を背に南北……今いる位置から左へと流れる河川、それを跨ぐ石造りの砦橋がやや右手向こうに見える形になる。砦に対しここは下流で、ノーフィス達は回り込んで砦の上流に移動している。

 即席といったのは、その砦がかなり損耗激しく崩れ落ちていて、必要に駆られて補うようにありあわせの板や石片が門や柵の補強に使われているからだった。こちら側から見た側の橋には、様子を窺う異形たちの姿もいくつか見受けられた。時折簡易の柵や妨害のための石片へ体当たりする異形が見受けられたが、弓に射られては退き、退いて様子を窺っては体当たりを繰り返していた。


 数が少ないからこそ耐えられている、ぎりぎりの状況にみえた。


 囁き声で、さすがに今度は先のように声をあげることなく。フィオは伝令たちに、指示伝達と再確認を伝えるよう指示していく。


「分担は先ほど伝えた通りに。左から二班、右から一班が先制をとって奇襲、班はそれぞれノーフィス、私と組む形で一班六名が随伴。ノーフィスの方は十二名になる。私たちは所定位置につき次第、ノーフィスの初撃を合図として意識を向けたことを確認したら行動。ノーフィスの初撃までは発見されない限りこちらからはぎりぎりまで攻撃しないこと。撤退の合図は、赤の煙筒で行うこととする。行動開始のタイミングは伝令から五分の時を以て動かれたし。有事には各個判断とする。護衛班は全周を警戒しつつ現地店にて待機。

 ……これを各班に伝えてくれ。この伝達が終わり次第、伝令班はここより北西の丘で周囲警戒をし待機とする。こちらも有事には各自判断とする。撤退の場合は黄色の煙筒を使え」


 小さく頷き、既に離れて配置準備にかかるノーフィスの元へと伝令は走り去る。

 ――再三の確認をしたところで不測の事態は起こるものだ。故に最悪を想定して最善を成せ。

 兄であるティオゼアの言葉が思い起こされる。

 仲間を最悪な状況になどみすみす陥らせるつもりはないが、だからと言って確認を怠ったところに小さな綻びを作り、自ら不利を招く隙を作る必要もない。


「アラン殿は、私に随伴して移動。目標位置まで到達したところで待機し、ノーフィス殿が行動を開始したらタイミングをずらして牽制、駐留部隊の安全を確保する形で展開していただく。……何か質問は?」

「安全を確保というのは、つまり敵を駐留部隊へ寄せ付けないようにするという認識で相違ないだろうか」

「問題ない。ただし、何か手段があって大規模なことを……呪術であっただろうか、それを行うのであれば一言声をかけてくださるよう――」

「……どうやらそんな余裕はなさそうだ。

 好きなように動かさせてもらう。異論はないな」


 アランが被せるように言い切ると同時、これまでにない大きな衝撃と音が響き渡った。


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