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第七話

「真逆このタイミングでアンデッドが生まれるなんて」


 完璧な美貌の女性が浮かべる完璧な笑顔。

 その笑顔は聖女の名にふさわしい神聖さと傲慢さを併せ持っており、私はただただ嫌悪感しか感じない。

 しかし、聖女の洋服は所々破け、腕からは血も流れている。

 あの女性との戦闘はそれほど激しいものだったと言うのか。

 

「何しに来たのよ? そろそろ疲れたんだけど」

「要件は直ぐに済みます」


 アンナローゼはにっこりと笑う。人に安心感を与える微笑み。

 そして、そんな顔で私に武器(つえ)を突きつける。

 非常に高価な魔法石を先端に装着し、天使の羽をあしらった装飾と精巧な彫刻。

 それは武器でありながら一つの芸術作品のようだ。


 ゆったりとした動作。しかし、時間にしてみれば非常に短い間にマナを魔力に変換していく。


 ……魔法は、魔力行使を武器に肩代わりさせているに過ぎない。

 マナを魔力に変換する作業は魔法を使う者の技量であり、聖女はどこまでも流麗に変換作業をこなしていく。


「今日は本当にいろいろなものが見つかる日です。――神は捜し物を一度に与えなさる」 

 

 聖書の一節だ。

 神聖なる言葉は神聖なる結果をもたらすとされる。


 聖女が呟くと共に練り上げられた魔力が一気に流れ込み、杖を通じて魔法石の中に蓄積していき、魔法石が淡い光を放つ。

 

「“死霊術士”がこの世界に残っていたなんて驚きました。今日見つけられてことは幸いです。そして――」


 アンナローゼが“死霊術士”と言うと同時に、こぼれる限界まで水を注いだバケツがひっくり返されるように、魔力が押し出される。

 

「消えなさい」

 

 体外に流れ出た魔力は瞬く間に魔法を構築して――。


「油断しましたね」

 

 その魔法が行使されることはなかった。頭上から降ってきた女性のかかと落としを脳天で受けたためだ。

 

 目の前で、ぱあんっ、という爽快な音が炸裂し、アンナローゼは仰け反る。

 女性は体勢を崩したアンナローゼに正拳突きをお見舞いし、血を吐きながら前傾したアンナローゼの顔に回し蹴りを加え、勢いのまま右フックを浴びせる。

 

「かはっ」

 

 アンナローゼは思わず喘ぐ。そこへ、体重の乗った後ろ回し蹴りが腹部に突き刺さった。

 爆発を伴ってアンナローゼは吹き飛んでいき、眼のない女性はそちらを油断なく凝視する。

 

「よそ見しちゃ駄目ですよ。あなたは私だけを見ていなければ」

 

 実力の拮抗した戦闘で背中を向ければ、当然やられる。


 邪魔者(アンデッド)が現れて死霊術士(ターゲット)が逃げそうになったとはいえ、私の前に降りてくるべきではなかったのだろう。


 アンナローゼは後ろ回し蹴りをもろに受けて吹き飛ぶ。

 地面すれすれを低空飛行し、焼け野原を突き抜け、木に直撃し、木が折れてなお勢いは収まらない。

 失策の代償をこれでもかと支払う羽目になっていた。


「敵が隙を見せたら、戦闘を終わらせるまで手を緩めないものです」 


 ずいぶん良い一撃が決まったものだが、女性は満足することなく、言葉通りの追撃を加えるために“聖女”アンナローゼを追いかける。

 次の瞬間にはかなり距離の離れた私の耳にも大きな打撃音が飛び込んできた。


 一つ一つがアンナローゼを殺す勢いだ。

 

「これは……、決まった?」


 アンナローゼの体力とて無限ではない。教会が総出で対応する危険生物の連撃を受け手は無事では済むまい。

 

「こいつはやべえっ!!」


 背後で男の声を聞き、振り返る。

 アンナローゼのお供、教会の退魔師(エクソシスト)、アイズランドは未だにアンデッドの対処に追われていた。

 ――アンデッドは生前の人格は消えるが生前の戦闘能力はほぼ引き継ぐ。どうやらあれは“当たり”だったらしい。

 

「聖女様も不味い!! 魔法部隊さっさと来いよ!!」


 アイズランドは叫ぶ。その声は森に木霊した。

 ああそうだった。教会の戦力はあの二人だけじゃない。私は早く逃げなければ。

 

「今のうちに少しでも遠くへ……」


 退魔師(エクソシスト)たちがやってくるのも時間の問題だ。

 可能な限り早く私たちは戦域から離脱しなければならない。

 

「リリエッタ」

「ここにいるよ」


 焼け野原を見渡すと、すぐに枯れ木から顔を出した。

 遠くに離れているよう言ったのに、と、一緒にいられて良かった、という気持ちが入り交じり、最終的に選択したのはリリエッタの手を握ることだった。

 

「とにかく早く戦域から離脱するわよ。あの(ひと)が戦ってる今しかチャンスはない」

「急がないとね」


 温かいリリエッタの手を握ることが出来て、本当に良かった。

 

「あんたが生きててくれて本当によかった」

「今回はもう駄目かと思ったよ」

 

 私たちはようやく、教会の魔の手から逃げ出すことが出来る。

 遠方から聞こえてくる打撃の音が私たちの勝ち鬨だ。

 

「じゃあ、逃げ――!??」


 リリエッタの手を引き、戦線を離脱しようとすると、絶望的な量の魔力が周囲を覆い尽くした。

 ――アンナローゼは死んでいない。


 神聖な魔力が爆発し、世界を覆う。

 それは私に撃とうとした魔法なんか比にならない魔力量。


 ……このまま逃げられるというのは想定が甘かったらしい。 

 打撃を受けていたはずであるアンナローゼの魔力は高まり、神聖な雰囲気が辺り一帯を覆う。

 魔力を放出しているはずなのに、中心にいるアンナローゼの力はどんどん高まっていく。

 物理法則が全く通用しない、聖女を聖女たらしめている神性の発露。

 

「聖女様の切り札じゃねえか!!」


 男が叫ばなくても、あれは、世界中の人がみんな知っている奇跡。

 神から直接供給される無限の魔力を身にまとい、己を魔法石とすることで魔法石無しに魔法を行使する人外絶技。

 魔法石のない時代には奇跡と崇め奉られた、神の存在証明。

 

「神よ――」


 囁くような音量だというのに、聖女の声はかなり離れた私の耳にも確かに聞こえてきた。

 あれが放たれればあの女性もただでは……。

 

「ならば、私も奥の手を見せましょう」

 

 しかし、女性もまた人外魔境。

 太陽の隣に現れた真っ黒な点。

 女性は何食わぬ顔で聖女と同等の、しかし全く異質な魔力を体外に放出する。

 それはただ一点に集約していき、暗黒が光を飲み込む。

 

 全空間を覆う光と、限りなく小さな一点。


 対照的な魔力が互いの存在を否定し合うように反発し、バチバチと音を立てながら収束していく。

 膨大で緻密な魔力制御と魔力支配。

 極限まで高度な魔法は極限まで効率的に構築されていき、二人の魔法が完成したのは同時だった。

 

「万物消滅!!」

「時間停止!!」


 魔法を行使する最後の(キー)。魔法詠唱と共に極大の魔法が発動した。


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