第六話
「はあっ! はあっ!」
「最初の威勢はどうした? 守ってばっかじゃ勝てねえぞ」
体格の差に加えて使用する武器、――短剣と長剣では間合いの差は歴然だ。
男の剣士としての技量もかなりのもので、私がいくら“いなし”ても体勢一つ崩さない。
一合、剣を振るわれる度に私の体力は削られていき、疲労感だけが蓄積されていく。
「あんたが攻撃し続けるって言ったんでしょう」
「そう言えばそうだった――な!!」
話しながらも容赦なく剣を振るう男。その重い斬撃を受け流す。
「今回も対応したか」
男は剣を振るタイミングや斬撃の角度をいちいち変えて、私がそれらを上手く防げるかどうかを見ている。
一回でも防御に失敗したら致命傷は免れない攻撃を、何度も、何度も。
「本当に性格が悪いわね」
「そんなことはねえよ。お嬢ちゃんだって一秒でも長く生きていたいだ――ろっ!」
「話の合間に首を刈りに来ないで欲しいわね」
「戦いの途中だ――ぜっ!」
話のアクセントのように剣を振り回す男。私は必死に生きようとしているのに――。
まるで虫の足をもいで楽しむ子供だ。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
何度か男の攻撃をやり過ごしたが、戦う前から疲労困憊の私は数合打ち合うだけでも体力的に厳しい。
男は攻撃して、少しの休憩を取って、再び攻撃する、という行動を繰り返していた。
……要するにこれは男にとっての暇つぶしなのだ。仲間が来てこの場を収めるまでの時間つぶしに過ぎない。
このまま時が経過してエクソシストが勢揃いしたら、戦力差にものを言わせてアンデッド女を捕獲/殺害する。
そのついでに私を奉仕者とするか、裁判とするか。
「お嬢ちゃんは連続で三戦目か。そろそろ動きのキレもなくなってきたしなあ。もう良い頃合いだと思う――ぞ!」
「まだ……まだよ」
袈裟斬りを仕掛けられる。防ぐ。
しかし、アンデッドの単調な攻撃に比べて正確に防ぎにくいところを攻撃してくるため、その都度私は力を削がれていく。
「まだ耐えるんだな」
「そんな攻撃でやられてたまるっ、――もんか」
剣と剣がぶつかり合って火花が飛ぶ。
もう何度打ち合ったのだろうか。正直なところ手の感覚はない。
それに、先ほどから肘が痛くて仕方がない。アンナローゼ戦で骨が砕けていたか。
「聖女様にやられた傷がうずくか? ちょっと鼻の形もゆがんでるぜ」
「相手の心配してるんじゃないわよ」
「聖女様の魔法を受けて生きていることを誇るべきだな。俺の知る限り、聖女様の魔法を受けて生きてるのは上で戦ってる女くらいのもんだ」
男は上空を見上げた。
それにつられて上を向くと、聖女アンナローゼと目の無い女性とが戦闘を繰り広げている。
頂上決戦――そんな言葉がふさわしい戦いである。
「いい加減に死になさい!!」
「お馬鹿ねえ。アンデッドが死ぬわけないじゃない」
上空から衝撃波が降り注ぐ。何度も、何度も、絶え間なく。
あの二人の戦闘能力は拮抗しているようだ。
人外の攻撃力を絶え間なく、爆発音が発生した次の瞬間には次の爆発音が起こし、もはや戦闘の経過を見ている気さえ起きない。
そんな余裕もない。
「おうおう。聖女様は派手だねえ」
男はのんきに上空を見上げている。
余裕ぶってる男の姿勢は隙だらけに見えるが、こちらに対する警戒は解いていない。
不用意に間合いに踏み込んだらあっさりと斬り捨てるだろう。
「あんたも助けに行った方が良いんじゃない?」
「俺が行ったところで邪魔になるだけだ。聖女様は邪魔者から殺すぜ」
「美しい主従関係ですこと」
「だろう?」
アンナローゼとの人間関係にはこの男も苦労しているらしい。
苦笑交じりに首を振った。
「あんたとあの女の関係についてもじっくり訊かせてもらいたいところだがね」
「知らないわよ」
「黙秘するんなら、死にな」
今までの剣戟よりも一段速く重い剣戟を受ける。それを何とか“いなし”て、私は大きく距離をとった。
ハッキリ言って、この男はかなり強い。
今と同じ攻撃なんて、もう何度も受け流せない。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「答える義理はないけど――」
終わりの時期は近い。
男もそれを理解しているだろう。薄笑いをやめて、私に名を尋ねてきた。
「ミューエ。私の名前はミューエよ」
「ミューエ? 名前の意味は、辛苦、か。名は体を表すと言うがな」
「あんたに同情される謂われはない」
「殺される寸前だってのに未だ気丈に振る舞うのか。本当に面白いお嬢ちゃんだ」
「何言ってんの? 私はこれからも生きていくのよ」
「くはっ――」
――空気が変わる。
「いやいや。俺はお嬢ちゃんのことを気に入っちまったようだ。次の攻撃を耐えられたら、俺が個人的に教会に連れてってやる」
男は妙案のように提案してきたが、条件は緩和していない。教会に連れて行かれることは死ぬのと同義だ。
しかし、男の発する雰囲気は真剣そのもので、攻撃のギアを数段上げてくることが容易に予想できた。
「せいぜい耐えてみな」
それは、攻撃を受けたら私は死ぬんだ、と予期させるには十分な雰囲気。殺意。
「俺の名前はアイズランド。教会の目と名を連ねる聖女付きの退魔師だ」
必殺の間合いで剣を振り上げ――
・
・
・
「――んなっ!?」
教会のエクソシストが本気で私を殺しにかかる。実力差は明白、私に防ぐ手段は残されていない。「やられる」――。ある種の覚悟を決めたとき、男の体は視界から吹っ飛んでいった。
「え?」
突然視界から消えていった男を追うと、遙か後方で勢いよくバウンドしていた。
何が起こったの?
事態の理解をしようとして、周囲を見渡す。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!」
死体は動き出す。
死体と、霊魂とが混じり合って生まれる不出来な失敗品。
それは、アンデッド。
白骨化した死骸が退魔師の男に飛びかかり、そのまま彼方へと飛び去ったらしい。完全な不意打ちを食らった男はゴムボールのように戦場を跳ね、アンデッドはそれに追随していった。
「こんな時に……、いや、こんな時だからこそ、か」
アンデッドは倒れた退魔師に襲いかかる。
アイズランドは慌てて剣を振るが、その攻撃はアンデッドの硬い骨を砕くには至らなかったようだ。
「助かった」
あの様子だとアンデッドが倒されるまでには時間がかかるだろう。アイズランドがアンデッドが戦っているうちにリリエッタを連れて戦域から離脱しよう。
「教会の連中がやってくる前に逃げるのよ」
森に入ってくるときと同じ台詞を吐く。
流石に、最初にやってきた二人をやり過ごせば、残りの数十人がここに駆けつけるまでの時間には余裕があるだろう。
戦場周辺の広域を探索するには百人程度では人数が少なくて逃げる時間は残されていると信じたい。
もう疲労も限界だ。一刻も早くこの場を去らな――。
「まさか、そんな土壇場にアンデッドが生まれるなんて、本当に運のない男ですこと」
地上が爆発する。
ようやく逃げられるかと一息ついた私の前に、“聖女”アンナローゼが現れた。