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第五話

「なんで――?」


 美しくもおぞましい目の無い女性は私をかばうように立っている。

 聖女の放った魔法は彼女にさえぎられて私とリリエッタには届かない。

 ――助けられているのだろうか。


 振り返る女性の顔には目が無い。怖い。

 しかし、瑞々しい唇は三日月に吊り上がり、垂れ落ちた目尻は安心感を表現しようとしている。

 これは――笑顔だ。


「助けられた?」


 これまでの彼女の行動を思い出す。

 初めて戦場で彼女を見かけたときにはアンデッドを頭からバリバリと食していた。

 彼女の出現と同時にけたたましいアラームが鳴り、やって来たのは王都にいる教会の総戦力。

 現在は聖女と呼ばれるアンナローゼの魔法を背中に受けて笑っている。生理的な嫌悪感を抱かせる不気味な笑顔だ。

 

「同種に出会えるなんて本当に久しぶり。もう絶滅してしまったのかと思っていました」


 言葉の意味は分からないが、先ほどから私を“同種”と呼んでいる。敵対の意思はないらしい。

 今のところは黙って助けられておくことにしよう。


 ……フレイムの強い光が徐々に弱まっていく。

 聖女の魔法をもろに受け止めて彼女の背中は大丈夫なのだろうか。空っぽの眼窩から感情をうかがい知ることは出来ない。


「あら? まだ生きて……」

「聖女様! 現れました!!」


 瞬間、空気が爆ぜた。

 そして、響き渡る轟音。


 強い光の所為で目が見えなくなっているため、いや、視界が万全でも戦闘を追いかけることは出来なかっただろう。


 「聖女様!」とお供が叫んだ瞬間に大きな爆発音が発生して空気が振動した。

 一回目の爆発が起きたのを皮切りに四方八方、上下左右から間断なく戦闘音が放たれて無数の振動が私の体を叩き続ける。

 ――ということを、彼女たちの「戦闘」が始まってから、数秒経過した頃にようやく認識していた。


「ずいぶんあなたを探していました。何百年ぶりでしょう」

「私に時なんて関係ありません。そんなものを気にするなんて老けたようですね」


 一際大きな破裂音が森の中に木霊する。

 こんな大きいエネルギーがところ構わず発生して森は大丈夫だろうか。

 聖女のお供をしている男は、「怖え……」と呟いた。

 

「逃げるなら今ね」


 ここは危険地帯のど真ん中。教会の追っ手はあの女性に全ての注意を向けている。

 私とリリエッタもこの戦闘の巻き添えを食らう危険性はあるけれど、好機があるとすれば今しかない。

 

「リリエッタ」

「うん」


 私が囁くと意外に近くからリリエッタの返事が聞こえてくる。

 小さな体に指が触れて、思わず抱きしめた。

 

「今回も私を助けてくれるんだね」

「当然でしょ。あんたが無事で良かった。直ぐここから離脱するわよ」

 

 どちらへ逃げようかと周囲を見渡す。

 ここは森のはずだが、私は焼け野原の中に立っていた。

 周りの木はアンナローゼの魔法で消失したのだ。

 こんな危険地帯に留まっている理由はない。私たちは二人で走り出し――。

 

「どこへ行く気だ?」 

 

 戦線を離脱しようとして、呼び止められる。

 アンナローゼの隣に立っていた太鼓持ちの男だ。

 

「小さい方のお嬢ちゃんはともかく、おっきい方のあんたは逃がせないな。あんた、どうして死神に守られてるんだ?」

「死神? ああ、あの女のことかしら。彼女が私を助けてくれた理由なんて知らないわよ。気まぐれじゃない?」

「二千年の歴史がある教会の記録によりゃ、あの死神が人を殺すことはあっても助けたなんて一度たりともなかったらしいぜ。どうして助けられたのかいろいろ訊かなきゃならない」


 男は私たちを見逃すつもりはないようだ。

 おちゃらけた態度をとっていても、彼は教会の退魔師(エクソシスト)

 私程度の実力では逃げることなんて出来ない。

 

「最初っから詰んでるんだよ。森に入った瞬間からあの男の死体の下に隠れるまで、ずーっと見てたぜ」

「……なんだ出来レースだったの。うまく隠れたと思ってた」

「ま、そっちの小さい娘が飛び出してきて順番は変わったけどな」

 

 先ほどリリエッタを内心なじっていた私は、夢見がちな間抜けだったらしい。

 リリエッタはミスなんて犯していない。最初から私たちの命運が尽きていただけ。

 これからの人生は、教会に捕まり、教会に連れて行かれ、教会の中で終わる。

 もう、人生を諦めてしまう方が良いかもしれない。


「諦める? 出来るわけないでしょう」


 そんなこと許せない。私は生きる。生きなければならない。

 教会なんかに捕まってたまるか。私の人生は私が決めるんだ。

 

「おおう?」

「体はクタクタだけど負ける気がしないわね。あなたなんかに捕まってたまるか」

「頑張るねえ。どうやったって助かる道は残されてないのに」

「リリエッタは離れて森の中に隠れてなさい」

「うん」


 男と対峙する私から離れていくリリエッタを見届けると短剣を握りしめる。

 戦場から拾った短剣は刃こぼれだらけでボロボロだ。私の体も満身創痍。

 一方、対峙する男は魔法石をはめ込んだ長剣を装備して体力は満タン。よく鍛えられた体には傷の一つない。

 

「その心意気に免じて小さい方だけは見逃してやるよ」

「私も捕まる気はないから。リリエッタは戦いの巻き添えを食わないために避難してるの」

「こんな平たい土地で俺の目から隠れられると思わないことだ。お嬢ちゃんを見逃がすことなんてねえよ」

「御託は良い!」


 先手必勝。

 一歩で男の懐に入り、短剣を男の腹部に突き出す。

 余裕ぶって構えてもいなかった男は驚いた顔をして、しかし、体を引くことで難なく避けられた。


 避けられたことで私は体勢を崩し、足が届くほどの近間にいた男はにやりと笑い、私のみぞおちめがけて前蹴りを喰らわせ、そのまま突き飛ばした。


「ぐふう――っ」 

「もし教会に来たら俺が飼ってやるよ。お嬢ちゃんに不自由はさせない。約束しよう」


 胃袋がひっくり返るような痛み。息を上手く吸えなくなりながら、じりじりと間合いを取る。

 男は好戦的な笑みを浮かべながら、私を待っていた。


「……そんな約束信じられるか」

「ウソだからな!」


 ようやく呼吸が整った私に向かって、堂々と前言を撤回して長剣を水平に斬り付けてくる。

 それを短剣で“いなし”て何とかやり過ごす。


「へえ。今のを捌くなんてやるじゃねえか」

「魔法学園で習ったから」

「へえ、魔法学園に通えるようなお嬢様がどうして戦場に来るんだ?」

「親が死んだのよ!!」

 

 私は短剣を横に薙ぐ。男はあっさりと避ける。いや、そもそも私の攻撃が届いていない。

 再び体勢を崩した私に蹴りを入れようとして――今度は短剣の柄で防いだ。

 また、私の手の届かないくらい距離が離れる。

 

「俺が攻めてお嬢ちゃんが防ぐ。その次は俺が攻めて、その次も俺が攻める。お嬢ちゃんの心が折れるまで何度でも繰り返しだ」

「ふざけ……」

「巫山戯てねえよ。戦闘のセオリー通り、議論の余地はない」


 焼け野原の平坦な大地で高身長の男と中等部で平均身長くらいの女が戦闘している。

 男は新品同様の長剣を構え、少女はボロボロの短剣を握っている。

 少女は長剣が邪魔で間合いに踏み込めないし、体の大きさが全然違ってリーチの差は歴然。短剣は届かない。


 ……それが今の状況だ。

 

「せいぜい時間を稼ぎな。教会の仲間がやってくるのも時間の問題だしな」


 男はそう言って、長剣を振りかぶった。

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