第二十六話
声帯を傷つけられたというのに相対する男の戦意は萎えず、怒りに満ちた強い眼差しを送ってくる。
背丈が二倍もある男の殺意に晒されれば、戦闘を知らない少女は恐怖の一つでも覚えるだろうが――。
特に何の感想もなく、右手に持つ短剣を握りしめた。
「これからあんたを軽く拷問する。逃げたければ逃げなさい」
「ヒュ――――ッ!!」
目を血走らせて間抜けに空気を漏らすのを嘲笑い、その懐に潜る。
「ひゅっ」
男は速度に対応出来ず慌てて剣を振りかざすが――遅い。
剣を太ももに突き刺し、筋繊維を捩り切る。肉を巻き込ませながら引き抜き、居合い切りのように左から右へ下腹部を内臓が飛び出ない程度に切る。返す刀で肩口に切れ込みを入れ、両手を差し込んで直接的に両方の鎖骨を折り、右手の短剣で僧帽筋を完全に切断した。
「――――――――ッ!!」
男の喉から出たのは空気だけだった。
人は傷を受けても直ぐには痛みを認識できない。
興奮状態ならばなおさらである。
「っ!?」
突然動かなくなった自分の体に困惑している様子だ。
そして、続いて襲ってくる痛みに顔を歪める。
「運良く盗賊団に治癒魔法使いがいれば死なずに済むんじゃないかしら。居たとしても早く治療することをお勧めする」
私の顔にかかった返り血を拭いながら男に忠告する。
治療術師といえども死体は直せない。
「まだやるなら拷問の続きをして上げても良いけど」
この様子なら打撲だけであっさりとアジトに逃げ帰るだろう。
出来るだけ残酷な殺人鬼に見えるように表情を作りながら男を見つめる。
男はジワジワと下半身を濡らしていき、汚い液体を垂らしながら振り返って走り出す。太ももが抉られて走りにくそうだが丁度良いタイムラグだ。
次の段階。
敵を一人ずつ打倒していく。
・
・
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激昂して持ち場を離れた用心棒が重傷を負って逃げ帰ってきた。
それを一番初めに発見したのは男を引き留めようとした仲間だったが、どういう事態が起きているのか理解しようと首を傾げている。
私はその様子を岩陰から観察していた。
男がアジトに近づくにつれて騒ぎ出す見張り達。
注意は餌に集まり、全方位を監視していた円陣に乱れが生じる。
チャンスだ。
動的に変化していく見張りの穴に潜り込み、素早くアジトに近づいていく
意識の隙間を縫うように走っていると、城壁まで到着した。
見張り達の注意は完全にあの餌に釣られている。
顔面血だらけでひゅーひゅー空気を漏らす男を凝視する見張りの傍まで肉薄する。
見張りは三人。線の細い男と髪の長い男と口髭の濃い男。
傷だらけで帰ってきた用心棒に目を見開いているが、当事者が間近に潜んでいるのには気付いていない。
短剣を横に凪ぎ、三人の首を掻き切る。
三人の見張りは首から血液を撒き散らして倒れる。
倒れた音に気付いた他の見張りがいたが、声を発する前に刺殺。
合計四人分の穴が空き、円陣が崩れた。
さて、これからどうしようか。
「――ああん?」
立ち止まると、ちょうど歩いてきた見張りと目が会う。その瞬間、飛ぶ。
声を漏らした見張りの胸を突き刺した。短剣は心臓を貫き、胸から勢いよく血液を噴出する。
見張りが倒れ込むと、その後ろにもう一人の見張りがいたので勢いのまま胸を突き刺す。どさりと、二人が倒れ込む音。そして、辺りを静寂が包む。
もう周りに見張りは居ないだろうか。耳を澄ます――いない。
この作戦で重要なことはまず見つからないこと。
用心棒とは戦闘したくない。戦闘開始は私の短剣が喉元を通り過ぎた辺りから始まって欲しい。
見つかれば物量で私は負ける。
例えば見張りがクライムを組んで私を押し倒せば、最初の数人はヤれるかもしれないが最終的に押し潰される。
用心棒との戦闘が長引けばそれだけ多対一の状況に陥るリスクが高まるし、一つ一つの戦闘が短いに越したことは無い。
音もなく移動を再開する。
死体漁りの時に覚えた技術――。
城壁を撫でるように城壁を回る。
今度は明後日の方向を見ている男が五人いた。一人は用心棒だろうか。
彼らがきちんと監視していることにほくそ笑み、用心棒から殺害。流石に五人の注意はかいくぐれなかったが、冷静に接近する。
「て、てめっ――」
目を押さえた男の首を貫く。頸動脈から間欠泉のように血を吹き出す。
他三名、胸、胸、胸。
全員平等に心臓の穴から血液を撒き散らした。
戦闘終了。
しかし、五人分の倒れる音が大きく、異変に気付いた声が出てくる。
「何か音がしたぞ?」
唇をかむ。
流石に十人以上殺して気付かないわけが無い。
盗賊達が警戒態勢に入れば途端にやりにくくなるし、私という異物を発見したら廃城から五百人の盗賊が出てくる。いや、死体を発見しただけで既に――。
私の両サイドから十人ずつの足音。流石にこれは対処できない。
どうしようか。
発見されるのを覚悟で暗闇の中に走り去るべきか。
考えながら後ろに下がると、背中に城壁が当たる。
城壁は十メートルほどの高い壁で、崩れ去った二階部分に繋がっている。
――城壁?
上を向く。六メートルくらいの位置に腕が入るくらいの小窓があり、そこから四メートルくらいのところに屋上があった。
「なんだこりゃっ!?」
私の移動してきた方向から死体を発見した声が聞こえる。
用心棒か見張りの声は一気に鬼気迫るものとなり、もはや一刻の猶予も無い。
考えている時間は無い。私は――跳躍んだ
「くっ」
流石に十メートルの垂直跳びは無理があった。
天井まで飛ぼうとして指さえ届かず断念する。
しかし、足を小窓に引っかけて再度ジャンプ。何とか崩れ去った二階部分に移動する。
「あ、危なかった」
リリエッタを抱きながら六メートルの柵を飛び越えたから余裕と思ったが、垂直跳びと走り高跳びは斯くも違うものか。覚えておこう。
私はパラパラと崩れていく二階部分から私の居たところを見る。二十数名の盗賊が五人の死体を覗き込んでいた。
「どうなってんだ……」
首を貫かれた死体が二つと胸から血を流している死体が三つ。
どれも綺麗な即死である。
盗賊は事態が把握できずにキョロキョロとしていたが、誰かがひっ、と引きつった声を上げた後に、盗賊の死体が一人が叫んだ。
――その頃には、私は城の反対側へ移動していた。
「何か起きたのか!?」
反対側に居た見張りと用心棒は、異変に気が付いて走っている。
彼らの空けた隙間に着地して、彼らを追いかけて後ろから順番に短剣を突き刺す。背骨を貫く感触が六人分。戦闘が始まる前に死亡したため、用心棒も見張りも大差なかった。
どさり、と一人ずつ倒れていく。
それから真っ直ぐ円弧を描き城壁をぐるりと回る。
殆どの人間が私の居た方向に移動していたので戦闘は楽だった。
一人、二人、三人――。
盗賊達を一方的に殺戮していく。大勢が一カ所に集まったところが目に入る時にはかなりのを屠った。そして、再び跳躍。天井まで到達。
戦果は、大きい。
天井から見下ろす盗賊はずいぶん少なくなり、二十三人くらいしか居ない。強そうな用心棒は二人、残りの二十一人は戦闘力に乏しい見張り。
向こう側で餌に使った男と解放する仲間が居るけれど、今は無視して良い。
死体を眺めている盗賊達の不意を突けば反撃も無く戦闘を終えられるはずだ。
――これくらいの人数なら、最初に用心棒を片付けて何とかなる。
私は天井を蹴り、初速を与えて自由落下。
着地の際に用心棒を踏みつぶし、短剣を振り下ろしもう一人の用心棒の脳天を突き刺す。
流石に用心棒だけあって私の飛び降り攻撃を受けてまだ動けるらしい。ふらつく用心棒の腹部に短剣を突き刺して腹部大動脈を抉る。血液が噴き出す。
短剣に付着した血液を目つぶし代わりに周りの見張り達に振りかけ、怯んだ隙に頸動脈を貫く。それから、首、腹、胸、首、腹、腹、首――と何人もの見張り達を片付けていき、一分後には二十人の屍の上に立っていた。
「ふう」
おしまいだ。
盗賊達の見張りは殆ど片付けた。
残りは声を出せない用心棒と介抱する用心棒だけだ。
流石に中には連絡をしたのだろうか……。
私は彼らの許に行こうとして、
「は、はは……」
と、ちょうど良いところに二人の用心棒が現れた。
怯えた顔をした筋骨隆々の用心棒と、軍部で参謀でも務めていそうな用心棒。
理知的な方は盗賊にしては光る者を感じるが、私には関係ないことだ。
短剣を構える。
「中の――、中にだけは入れられない」
怯えて座り込んでしまった筋骨隆々の男を無視して、理知的な用心棒は自分の武器を構える。
彼の武器はレイピア。刺突に優れた軽量級である。
「私はミューエ。あんたたち盗賊を討伐しに来た」
幾人もの命を摘んでおいて言えることではないが、この男には戦闘の礼を失したくなかった。
気付けば私は名乗りを上げていて、自分の言葉に眉を顰める。
「盗賊、か。ならば盗賊に礼を尽くすお前に名乗ろう。私はフランだ」
用心棒フランは険しい表情で告げる。
しかし、彼の戦闘能力は退魔師に遠く及ばない程度。
私の敵ではない。
「はっ!」
フランの反応できない速度で懐に潜り込み、短剣を突き出す。
「――え?」
しかし、私が接近した時にはフランはレイピアを持っていなかった。フランは私を歓迎するかのように手を広げ、無防備にその胸を貫かれる。
心臓と気道が繋がって鮮血をフランが吐き出す。
しかし、フランは渾身の力で私を押さえつけていた。
「そのレイピアで俺もろとも突き刺せっ!!」
や、ば、い。
私は今回の戦闘で初めて命に関わるピンチに陥ったことに気が付く。
心臓を貫く短剣を抜きフランの腹部に突き刺す。突き刺す、突き刺し続ける。
しかし、剥がれない。
「さあ、やれっ!!」
フランは決死の覚悟で叫ぶ。
これはマズい。
こうなったら千人分の魂を使おうか。
私は自分の中にある魂を循環させ、腕に魂を集中させ、
「や……れ?」
しかし。
「うわあ……」
レイピアを持った男は、足を引きずりながら全速力で戦線を離脱していた。
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