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第二十四話


 周囲はもうすっかりと暗くなっていた。

 昼間とは打って変わって夜の冷たい風が吹きすさび、白い息が風に流され消えていく。

 街灯が村に立ち並んでいるものの夜間に外を出歩いているのは私とリリエッタの二人っきり。

 

「こんな時間に彷徨(うろつ)いている人はいないみたいね」

「そうだね」

 

 普通の家庭は、太陽が沈んだら家の中で家族と過ごす。

 村のあちこちから楽しげな笑い声が聞こえる。

 幸せそうな家庭がここにはいくつもある。

 それらを横目で見ながら、夕闇の中を街灯に沿って静かに歩き出す。

 

「メルケルさんからもらったこの外出許可証、悪いけど使えないわね」

 

 メルケルさんの家を出る時、慌ててメルケルさんに手渡された許可証を街灯の光に掲げる。

 外出許可証には、ミューエ=エリアスおよびリリエッタ=エリアスの外出を許可すると記入され、更にメルケルさんの署名が記されていた。

 

 夜風に白い息を吐き出しながら、気の良い自警団団長さんの好意を眺める。

 ――私たちはここには馴染めない。

 外出許可証をビリビリと破り、リリエッタの小さな手を握りしめた。


「仕事を失った人が徒党を組んだ盗賊団。

 私たちの目的は悪さをする彼らを改心させようって訳じゃ無いでしょ?」

 

「今回の目的も魂の回収だよ。

 犯罪者を懲らしめることが出来て、それに魂も回収出来るから……」


 小さな手の平が私の手を握り返してくる。

 リリエッタの――私たちの目的は十年後に襲って来る聖女様に対抗すること。

 そのためには魂を回収して、十分な戦力を保持してないといけない。

 

「懲らしめる、ね」 

 

 魂の回収、犯罪者を懲らしめる。

 魂は人が死んだ時に放出されるものだ。

 魂を利用する死霊術師にとって盗賊団は倫理的にも格好の餌食である。

 しかし、

 

「本当に良いの?」

 

 前回、戦場から魂を回収したのは既にそこに魂があったからだ。

 しかし、今回の場合は違う。

 

 魂を生み出すために、人を殺す。

 

 ワンステップが追加されるだけで、行動の正当性は消え去る。

 回収されなければそのまま消えていくからという理由で、前回は魂の回収を違和感なく受け入れられた。

 今回どういう理屈で自分を正当化すれば良いのだろう。

 

 隣で歩いているリリエッタを見るが、リリエッタは黙ったままだ。

 ――小さな足音だけが暗闇に響く。

 土の擦れる規則正しい音を聞きながら、私は回答を待つ。

 それから黙ったまま二人で歩いていると、柵に立っている兵士が見えてきた。

 

「守衛さんが柵を守っているみたい」

 

 リリエッタは質問には答えず、村の境界線を守る兵士を指さす。

 指をさされた兵士は私たちに気付き、訝しげに武器の槍を構えた。

 

「人のこと指さしちゃ駄目だって」

 

 リリエッタのお腹に手を回す。そして、走る。

 守衛はびくりと体を震わせて臨戦態勢に入るが、視点が私に集中した瞬間を見計らって思いっきりサイドステップする。

 守衛から見れば走り始めた人影が姿を消したように見えただろう。

 私たちを見失って守衛が慌てて辺りを見渡し始めたのを確認しながら、サイドステップした方向へ走って行き、六メートルの柵を目前にして、膝を曲げる。

 

「ほ」

 

 跳躍。私は人一人担ぎながら余裕で柵を跳び越え、軽やかに着地を決める。

 村の外へ脱走を成功させた私の後ろで、守衛が叫び声を上げ始めていた。

 

「見失った、お前ら探せ、侵入者だ――だって。もう村の中に私たちはいないのにね」

 

 魂を体に取り込んでから私の身体能力は飛躍的に上昇しているが、リリエッタによればこれは魂を少しずつ消費しているらしい。

 

 魂のお陰で異様に軽い自分の体を動かし、跳躍の勢いを殺さずにジョギングしながら廃城を目指す。

 メルケルさんによれば、目的地は十五キロメートルしか離れていない。

 三十分もかからない距離だ。


「ふう、ふう、ふう」

 

 リリエッタの丸いお腹がジョギングに合わせてへこむ。

 未だに黙り混んだまま、お腹のへこみに合わせて息を吐いている。

 苦笑しつつリリエッタの輸送方法をお姫様だっこに切り替え、スベスベの膝裏とくびれた腰に腕を回す。

 

「村では本格的な騒ぎになってきたみたい。

 あの人達の統括役、メルケルさんには悪いことしちゃった」

 

「そうだね……」

 

 久しぶりに口を開いたリリエッタは軽い相槌を返すと、また黙り込む。

 そのまま風を切る音が私たちを支配する。

 

 私の走る速さは馬並みだ。

 それに殆どの障害物を無視して走ることが出来る。

 ゴツゴツした岩を越え、短い草を踏みしめ、石灰化した大地を蹴る。

 景色が飛ぶように変化していき、真っ直ぐに盗賊団のアジトへと走り続ける。

 

 それからしばらく走っていると、地平線の先がオレンジ色の光を放っているのを確認する。――確認してしまう。

 

「盗賊のアジトが見えて来た――」

 

 これから行うことに折り合いを付けられないまま、廃城を見つける。

 城壁は崩れ去り、城の一部が欠けた放棄された城。

 盗賊団のアジトである。

 

 ここからは目立つ動きが出来ない。

 そう自分に言い訳して、ここからは歩くことにする。

 

 岩陰に隠れるようにして盗賊団のアジトに近づく。

 お尋ね者らしく見張りの数が多く、廃城の周りは無数の灯火が配置され、数十人の見張りと十人の用心棒が警備に当たっている。

 

 見張りは大して強くなさそうだけど、用心棒はどれもかなり強そうだ。

 特に、赤いバンダナを巻いた男は退魔師レベルの戦闘力がある。

 どうしてあんな男が盗賊なんかに(くみ)するのか。

 見張りの多さから戦闘は避けられないとして、私はどう戦うべきかシミュレートする。


 ――最初が肝心だ。

 まず最初に一番強い男を倒し、そして続けざまに戦闘力を削ぐ。

 見張りや他の戦闘員を各個撃破していき、最後には城の中に侵入する。

 それから、

 

「ん?」

 

 盗賊団の味とを見て黙り込んだ私は、ふと体の違和感を感じて現実に引き戻される。

 お姫様だっこで抱えているリリエッタが、私の洋服を引っ張っていた。


「どうしたの?」

「降ろして」

 

 盗賊に見つからないようにひっそりと地面に降ろす。

 リリエッタは着地すると、よろめきながら私の服の裾を掴んで体勢を整えた。

 

「大丈夫?」

「うん」

 

 短く答える。

 それから地面に慣れるまで待っていると、自分の足で立ち始めた。

 

 小さな体をピンと伸ばし、百六十センチくらいの私の顔を見上げて唇を噛みしめる。

 大きな瞳が私の目を見て、鼻を見て、胸元を見て、そしてまた私の目を見る。

 リリエッタは何かを言い出そうとしているが、決心が付かないらしい。


 言い出せないのは――、犯罪者の命なら刈り取っても良いのかというお題に答えなど無いからだ。

 しかし、私は黙ってリリエッタの答えを待つ。


「――盗賊団の人達は悪いことをしてるんだよね。

 ならきっと、私たちが倒した方が……みんなが平和でいられる」

 

 リリエッタの回答は端的なものだ。

 犯罪者の命を摘むことは善良な市民の命を摘むことに比べて軽い。

 犯罪者の命を摘むことが公益に資する。

 

「犯罪者なら、か」

「うん……」

 

 リリエッタはか細い声で頷いた。

 リリエッタもまた、悩んでいるのだろうか。

 ――当たり前だ。

 

「悪かったわね。リリエッタ一人に背負わせちゃった」

 

 この言葉を免罪符とさせてもらおう。

 

 確かに、悪事を働いたならば罰が必要だ。

 私たちには罰する力があり、そして、都合にも合う。

 犯罪者の命なら刈り取っても構わない。

 

 私は無理矢理自分を納得させて、盗賊団のアジトを睨む。

 

「ここからは静かに行動するわよ。

 そして、目に入った盗賊を――」





――――――――――――――――――――――――――――――――


現在の魂 1378 / 10000 


魂残高計算表


収入

          0

支出

跳躍        1

空腹        1


収支合計      -2

前回残高     1380

現在残高     1378 




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