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第二十話

 

 リリエッタの後ろに修道服を纏う女が立っている。

 腰までかかる銀色の髪の毛と、キツネのような吊り上がったまぶた。

 その女は容姿端麗と行っても良い顔に底意地の悪さが貼り付いたような微笑を浮かべ、馴れ馴れしくリリエッタの肩に手を置いている。


 リリエッタを人質に取られた。


 ――リリエッタを人質に取るならば、先手必勝。相手が行動する前に打ち倒す。

 私はアークランドを打ち倒した時と同様に(ちから)を集中させて――。

 

「あ、人質という訳ではありませんのでご安心を」

 

 人の感情を読んだかのように先回りして女が言う。

 人質ではない?

 発言の意味が分からず女の出方を(うかが)う。すると、女はリリエッタの髪の毛をサラサラと梳き始めた。

 

「可愛らしいお嬢さんですね。金色の髪の毛なんて絹糸みたい」

「うう……」

「まずリリエッタから離れなさい」

「あらあら。御免なさいね」

 

 私が言うと女はリリエッタの背中を軽く押して、素直にリリエッタを寄越す。

 敵ではないのだろうか?

 リリエッタを抱きしめながら女の顔を見る。

 

「また足手纏いになっちゃった……、ごめんね」

「あんたは何もしてない。気にしなくて良い」

 

 しかし、女は一体何を意図しているのだろうか。

 アークランドとの戦闘を黙って見ていた? ならば、教会の人間だろうか。

 行動の意図がまるでつかめず女に質問を、

 

「撃て」

「っ」

 

 咄嗟に体を捻る。腕に弾丸がかすめる。

 鋭い痛みと共にどくどくと血液が流れ出す。同時に、体から魂が漏れていく。

 

「やはり避けますか。そこのお荷物を寄越しておいて正解でしたね」

「リリエッタは荷物じゃない」

「あ、そうですか。ではお荷物を抱えたまま避けてみなさい」

 

 女の号令と共に魔法の発動音が鳴り響く。

 それは女が私たちの敵であることを明確に示していた。

 リリエッタを寄越したのは私をこの場に貼り付けるため――。

 しかし、攻撃自体はかなり距離の離れた場所から来たものだ。

 しかも、この攻撃の角度――。囲まれている。

 こんな時に現れた女が敵じゃないわけがない。一瞬でも気を抜いた自分の甘さに腹が立つ。

 

「まさかアークランドがやられるなんて想像もしてませんでした。あなたは一体何物でしょうね?」

「あんたは」

「私はアナスタシアと申します。以後お見知りおきを」

 

 使徒長(アナスタシア)

 先ほどアークランドが口にしていた名前と同じである。

 しかし、使徒達は聖女に祈りを捧げていたはずではなかったのか。

 

「とはいえ、直ぐ忘れてしまう名前ですけれど――。撃て」

 

 アナスタシアは再び合図を送る。

 今度は三発の銃声。

 頭、腰、足。

 

()っ」

 

 腰に被弾した。体からゴッソリと魂が失われる。

 

「撃て」

 

 今度は二発。

 二発の魔法弾が私の背中と太ももに命中した。

 

「くっ」

 

 背中と太ももから大量の血液が噴き出す。

 そして、この痛み……。

 熱を持ったようにどくんどくんと動脈の鼓動に合わせて視界が歪む。

 

「最新式の魔法を受けてその程度(・・・・)ですか? 信じられないくらいタフですね」

「あんたらの火力が貧弱なだけよ」

「ふう、ん」

 

 アナスタシアはジロジロと私の体を観察している。

 私は彼女の動向を――。

 

「ミューエ。この人のペースに乗せられてるよ」

 

 リリエッタの声に気付かされる。

 この女(アナスタシア)の意図などどうでも良い。私たちの利益はここから離脱することのみ。

 

「あらあら。お嬢さんは聡明なのね」

 

 アナスタシアは面白そうに唇を歪める。

 その意地悪そうな表情は何を考えているかさっぱり分からないが。

 彼女の意図はどうでも良い。

 

「死霊術――“加速(アクセル)”」

 

 特に意味があるわけではないが、発動の撃鉄(トリガー)として趣くままに言霊を吐く。死霊術があれば多くのことが可能だ。千人分の魂を足に移動させ、爆発的な速力を得ようとして、

 

「沈黙せよ“サイレント”」

 

 しかし、加速(アクセル)は使徒長の魔法によって止められ、死霊術の加速に備えていた体勢がカクンと折れる。

 体勢の崩れたところに十数発の銃弾が背中に浴びせられる。

 

「かはっ」

 

 背中に銃弾が命中し、肺の空気が強制的に漏れる。

 そして、魂が飛び散っていく感覚。

 

「そう邪険にせずお話ししましょう? 私、こう見えても暇なんです。だからお話をしましょう。あなたも興味ありそうな話題は」


 わざとらしく言葉を切り、私たちを見下ろす。

 アナスタシアの視線には小動物を嗜虐するような悪趣味が垣間見える。

 

「どうして馬鹿なアンデッドが戦場に戻ってきたか、についてなど」

「いら、ない」

 

 こんな状況に陥った理由なんて知るか。

 私たちはここから逃げなければ……。

 

「兵が偏っていると思ったでしょう? 特に主力級は全員聖女様に祈りを捧げて動きやしない。ああ、これはチャンス。死体を喰らえる――」


 訊いていないのに語り始める使徒長。話の内容に興味はないが、攻撃されていないだけマシだ。

 私はどこから攻撃が来ているのか確認する。

 

「あ、人の話はきちんと聞きなさい」

 

 銃弾。

 森の三キロくらい離れた所から。

 リリエッタに覆い被さり、それを肩部で受ける。

 

「使徒にしても十一(・・)人しかいない。もしかして仲間割れ? 聖女様を使徒として数えている? ああ、もしかして私が喰らったアイズランドが使徒だったりする?」

「そんな話題が貴方たちの中で起きていたのかも知れませんね」

 

 銃弾は降り止まない。

 アナスタシアの一人語りは止まらない。

 これはピンチだ。

 

「あっは――――。それ、私がそう思うように配置しただけですから」


 独白する毎に紅潮していく彼女の顔面。

 アナスタシアの語りは勝手に最高潮(クライマックス)を迎えつつある。

 それに合わせて銃弾の密度も上がってきている。

 

 ――マズい。

 

 私たちはかなりの攻撃を受け、突破する機動力は削がれていっている。

 このままでは嬲り殺しにされる。

 

「自我のあるアンデッドが現れたなんて何十年ぶりでしょうね? そして、あなたが大事に守っている女の子……。どちらも死になさい」

 

 五発の銃声。

 リリエッタを守り、その全てを受ける。

 

 体に傷が増えて行く。

 じりじりと魂が削られていく。

 一刻も早く戦線を離脱すべき状況。

 しかし、リリエッタを守っている私はその場に蹲るしか出来ない。

 

「更に面白い話題を。世界に貴方たちを嫌う人間が何人いるかについて」


 銃弾をたたき込まれる。――背中に一発。

 

「使徒が十二人と、退魔師(エクソシスト)が百五十人」

 

 ――銃弾三発。背中と腰部に命中する。

 

「教会僧兵一万人と、信仰者一億人」

 

 ――銃弾数発、首、腕、背中、腰部、臀部に命中。

 

「世界人口、十億人」

 

 ――無数の銃弾、体全体に命中。

 

「その全てが貴方たちの敵。ここで死んだ方が楽ですよ?」

 

 優しい教師が生徒を諭すように、アナスタシアは私たちが死ぬ必然性を説く。

 私は何発の銃弾を受けただろうか?

 ダメージだけが蓄積していく。

 アナスタシアの声はまるで私たちの生存を否定する世界そのもののようだ。


 この場所を離脱しようとも私たちの居場所はない。

 誰からも生存を望まれていない。

 

「いま楽にして差し上げます。ここで、死になさい」

 

 アナスタシアは冷酷に告げると同時に、無数の弾丸が撃ち込まれる。

 彼女の言葉は世界の真実。


 無数の弾丸を受けていられる存在などありはしない。


 私たちはその道理を、

 

「死霊術――“反射障壁”」

 

 受け入れたりなどしない。

 リリエッタが発動した死霊術の光が私たちを包み、全方位から打ち込まれた無数の弾丸を反射して――私たちに向けた攻撃をそっくりそのままお返しする。

 

「っ!!」

 

 森の至る所から聞こえてくる断末魔の声。

 その後、どさどさと人の落下する音。


「――は?」


 間抜けみたいにアナスタシアは口を開き、事態を少しずつ理解して唇をひくつかせた。

 さっきから余裕ぶっていたアナスタシアの表情が一変し、不愉快そうに眉間に皺を寄せている。

 

「――――退魔師一人を育てるのに教会がいくら費やすか知ってます?」

「知らないわよ」

 

 アナスタシアの背後からも一人の退魔師が落下した。

 その音を聞き、アナスタシアは柳眉を醜悪に歪めた。


「退魔師は半分くらいになったわね」

「ああ、そうか。そう言うことだったのね――死霊術師(がいあく)。」

 

 その意地悪な内面があふれ出すように、アナスタシアの笑顔の仮面がひび割れていく。

 

「それがあんたの本性ってわけ。さっきまでのペンキで塗装されたみたいな気持ち悪い笑顔よりよっぽどマシじゃないの」

「ふ、ふふふ……」

 

 アナスタシアのどす黒い本性が表出していく。


「あんたが言ってた言葉――世界中の人が私たちの敵。そんなの私たちには関係ないわね。だって私たちは二人だけで十分だもの」


 醜悪に歪むアナスタシアの顔を見るのが心地よい。

 反射障壁。

 魂を一時的に身体中から噴き出させて攻撃のベクトルを真逆にする防御障壁。

 リリエッタが私の魂を利用して使う、死霊術師としての死霊術。


「魂が完全弾性体なんて知らなかった」

「まあ、魂があれば死霊術師はいろんなことが出来るよ」


 リリエッタは腕の中で(うそぶ)く。頼もしい限りだ。

 一方、アナスタシアは苛立ちを隠そうともせず醜悪下劣な顔を私たちに向けてくる。

 

「それで、その魔法が切れた後は如何するおつもりかしら。――存在していたことを後悔し、何度も死にたくなるような苦しみを与えて上げましょう」

「私たちを捕まえられたらね」

「はあ?」

 

 アナスタシアは口を歪めて叫ぶ。そして気が付く。

 

「アークランドを倒した時のあれですか。まったく厄介なこと」

「私の速度には誰も追いつけない」

 

 反射障壁によって“サイレント”の魔法も解けたようだ。

 相手が攻撃できないならば、私に追いつける道理もない。

 

「世界は貴方たちの存在を赦しはしない。必ず見つけ出し、生まれたことを後悔させてやる」

「だったら世界ごとあんたを食ってやる――加速(アクセル)


 魂が体を駆け巡っていく。

 使徒長の呪詛を背に、私たちは地獄から走り抜ける。

 人外の速力と共に、音を置き去りにして。


 光り輝く反射障壁の魔法と共に、私たちは戦場を抜けていく。


 この力があればどんな苦難が待ち受けていようとも越えられる。

 リリエッタと一緒ならば――。

 そう、信じられた。



――――――――――――――――――――――――――――――――


現在の魂 2000 / 10000

20話までお付き合い頂きましてどうもありがとうございます。

これからも出来る限り定期的に更新していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします(_ _)


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