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第二話

 尋常じゃない速度で迫り来るアンデッドを待ち受ける。

 頭蓋骨から殺意が溢れ出している白骨死体。まさに殺人マシーン。こんなものを相手にしなくちゃならないなんて……。


 アンデッドの熱い視線を受けながら短剣(盗品)を握りしめる。

 腐り果てた眼球で見つめられる状況に吐き気を催すけど、後ろに控えているリリエッタのために逃げ出すわけにはいかない。


「■■■■■■■■■■■■■――――!!!!!!」


 素材が人間というだけであっても、目の前にいる化け物がついこの間まで人間だったなんて信じられない。

 あれは生前をいくら望んでも取り戻すことは出来ないただの化け物、大人しく地面で寝ていればいいものを。


「来るなら来なさい」


 襲うならばせめて、私の方に来い。私をスルーしてリリエッタの方に向かうことは最悪だ。

 ……私を選べ。私を殺しに来なさい。


 その思いが通じたのか、アンデッドは真っ直ぐ私の方向に走ってきた。


「私を選んでくれてありがとう」


 あと数秒もすれば、殺意の塊みたいな怪物に私は襲われる。

 ……アンデッドに襲われた時、私はどうすれば生き残れるだろう?

 

「そんなの決まっている。やられる前にやるのよ」

「アンデッドの弱点は魂と肉体が定着しきる前に頭を切り落とされること。……首よ。首を狙えばアンデッドは動きを止める」


 手に持つ短剣をぎゅっと握りしめる。こんな棒きれ以下の武器でアンデッドの首は切り落とせるだろうか。短剣は頼りないし、私の筋力で切断できるかは怪しい。

 それでも私は戦わなきゃならない。

 

「こんな時、教会の信者は神に祈るのかしらね」


 目前に迫るアンデッド、後ろに控えるパートナー。

 こんな危機は二度と味わいたくなかった。

 

「まったくもう。どうして今回はお宝をたくさん抱えてしまったんだろう」


 お宝に目が眩んでしまう自分の性質に苦笑し、手に抱えている加護付きのアクセサリーをポケットにしまう。効果の高そうなものは自分自身に装着させ、動きの邪魔になるものは残念ながら地面に落とした。

 持ちきれないアクセサリーは地面に落ちて……、私の資産が地面に落ちた。

 

 死体漁りは死と隣り合わせ。リリエッタを引き連れてこんなところにやって来てるのだからアンデッドに出くわすことはある程度は覚悟している。しかし、いざこんな場面に出くわすと後悔ばかりが頭に浮かぶ。

 

「今回はミスったわ。次に活かさないとね」


 危機的状況。だけど、死ぬことは全く考えていない。

 アンデッドごときに私の生を食らわせてたまるか。

 

「■■■■■■■■■■■■■――――!!!!!!」

「くっ」

 

 真っ直ぐ突進してきたアンデッドに横方向の力を加え、アンデッドの突進を“いなす”。

 王立魔法学校初等部必修科目「攻撃のよけ方」で学んだ通りに動いて、アンデッドの重心を横方向に逸らして、体勢を崩したアンデッドの首筋に短剣を滑らせ――。


「流石に無理かっ」

 

 戦場に捨てられているような刃がアンデッドの堅い骨を切断できるわけがなかった。

 装備している指輪の加護も付与されているはずなのに切れる気が全くしない。

 攻撃されたはずのアンデッドには傷一つなく、むしろ短剣が刃こぼれしてしまう。

 刃こぼれた短剣の代わりをと戦場を見渡しても私の体格に合わない長剣や槍ばかりが転がっていて強く舌打ちする。

 

「堅いのよ!!」


 体勢を戻そうとするアンデッドの首筋を強打すると、短剣を持っている私の腕の方がびりびり痺れた。

 弱点を攻撃しているはずなのにこちらがダメージを受けるなんて、なんて理不尽だろう。

 しかも、私とアンデッドとのレベル差のせいで攻撃力を向上させる指輪が砕け散ってしまい状況は更に悪化した。

 

「お金が……」


 破損した収入源に歯がゆさを感じつつ、ポケットを漁って指にはめた。

 

「攻撃力が足りないなら属性効果を付ける!!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!!!!」


 ただの捕食対象に攻撃を加えられている状況に怒り、アンデッドは雄叫びを上げた。

 大声が鼓膜を突き抜けて耳が聞こえなくなる。……と、同時に効果を発揮した風属性の加護は刃こぼれした短剣を覆い、刃の鋭さを増す。


「くっ、うるさいわね」


 腕の感覚からすさまじい微振動を感じられるのだが、耳鳴りのせいで周りの音がよく聞き取れない。

 アンデッドの声帯は腐っているはずなのになんて音を出すんだろう。これが生まれたての最弱アンデッドだというのだから、世の中狂っている。

 

 アンデッドとぶつかった損失は、三日間分のご飯代になる壊れたアクセサリーと、腕の痺れと、鼓膜の不調。

 アンデッドとぶつかった成果は、足を止めて私を攻撃目標に定めたこと。ひとまずリリエッタの心配はしなくて良い。


 ……費用対効果は釣り合ってる。お釣りを出してもいい。

 

「こっちに注目してなさいよ……」


 耳鳴りが酷くて自分の声さえうまく聞き取れない中、刃こぼれした短剣を構える。

 のらりくらりと“いなし”ていれば、いずれリリエッタが戦場から離脱しているだろう。一人ならばアンデッドから逃げおおせる自信はある。

 アンデッドと出くわしたのは今回だけではないのだから。

 

「本当にやめてよね。命の危険はあるし、稼ぎは少なくなるし」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!!!!」


 アンデッドが大地を蹴り、爆発的に加速してこちらに突っ込んでくるが、先ほどと同様に“いなし”て今度は短剣を突き刺した。

 

「本当に堅い。いい加減にして欲しいわ」

 

 返す刃で攻撃する。アンデッドの首に短剣が当たると、刀身が折れ、風の指輪はパックリと割れる。

 どうして“いなす”からのカウンター攻撃でこれほどの代償を払わなければならないのだろう。

 すさまじい速度で消費されていく私の資産に忸怩たる思いを重ねながらも、今度は武器強化の指輪を指にはめる。


 あちらが攻めてきたら、こちらは“いなす”。

 相手はただ突進するだけなので単調な戦いが繰り広げられ、戦場に手頃な短剣を見つけて持ち替えたりして武器を保持する。

 属性がつこうと、切れ味が増そうと、堅いアンデッドの首はが切れることはなかった。

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 互いが互いの決め手に欠ける中、ただ時間だけが過ぎて行く。

 アンデッドは怒りを募らせているようだが、脳みその溶けた頭では大したことは考えられまい。

 しかし、“いなす”行為を繰り返している私の腕に永続的な鈍い痺れが感じられるようになり、私自身の体力もなくなっている。

 ポケットの中のアクセサリーは数えられるほどになってきた。

 

「こっちは全部の行動を成功させているって言うのに、なんでこっちが追い詰められてるのやら」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!!!!」


 空白が目立つようになったポケットからアクセサリーを指にはめて短剣を構える。このアクセサリーの効果は、一定確率で攻撃に痺れるの効果を付与することだ。

 

「いたあっ!!」


 何度も繰り返したアンデッドの猛攻。痺れるの効果を付与できる可能性があるとはいえ、基礎能力はほとんど素のままで“いなし”た私は、吸収しきれない分のダメージを受けてしまう。

 

「くっ」


 好機とばかりに連撃をかけてくるアンデッドを何とか“いなし”続けるが、自分のジリ貧っぷりに歯がゆい。

 何度も何度も、何度も何度もアンデッドは私に対して突進、突進、突進。

 対応している私の手のひらからは既に感覚がなくなり、肘より先からは痛みだけが帰ってくる。


「痺れて!」


 そろそろ私が取れる選択肢は多くない。戦闘を始めてから十分程度が経過しているからリリエッタの心配はいらないし、そろそろ引き時だ。

 ここで痺れるの効果が通ってくれれば、安心して戦地を離脱できるけど――。


「痺れて!」

「■■――――――!!!??」


「痺れた?」


 その願いが通じたのだろうか。私の腕が痣だらけになった頃、痺れるの効果がようやくアンデッドに作用した。

 アンデッドはとたんに鈍重な動きになり一息つく。

 痺れるの効果は数分から十数分にわたり効力を発揮して、戦闘から離脱するのに十分な時間が稼げる。

 

「指輪が壊れる前に効果を発揮したのはラッキーだった。運の神様がいるなら感謝しなきゃね」


 特に信じていない神様に祈りを捧げて、私はさっさと戦場を後にする。

 

 戦闘の終了と同時に、痺れるの指輪がパキリと割れた。



 岐路につこう。

 ついでに戦場に散乱している金目のものを拾おう。

 もはや死体を起こす力もなく、適当にお金になりそうなものを拾い上げる。

 一体のアンデッドが生まれて少しだけ薄くなった戦場の霊魂濃度では、次のアンデッドが生まれるのに時間がかかる。

 後方で悔しそうに立ち尽くしているアンデッドは、いずれ教会が滅却するし、万事問題なしだ。

 

「ふう……」

 

 後方で未だに痺れているアンデッドを尻目に、戦場とアンデッド防衛線との境をまたぐ。アンデッドが通過すると鳴り響く汽笛に自分が反応しなかったことに安心して、私のアジトに戻―――――。

 

「――――――え?」


 後方に感じていたアンデッドの感覚が消える。それと同時に、戦場全域をけたたましい警笛の音が鳴り響く。思わず振り返ると、あらゆる不吉を孕んだ“それ”がいた。

 

「なにそれ?」

 

 知らない。そんなものは知らない。

 あれはアンデッドでもあり、アンデッドじゃないものだ。アンデッドなんか目じゃないくらいの霊魂をその身に宿して、美しい女性のようでもあり、不吉そのもののようでもあり――――――、何、あれ。


 美しい女性はアンデッドを貪っていた。

 ぐちゃぐちゃと、淑女らしからぬ仕草で、餓鬼のような必死さで。

 乱れきった美しい金色の髪、染みだらけの上質なドレス、不健康で艶やかな真っ白の肌。

 禍々しさと神々しさとが入り交じるそれは、明らかにこの世界の何かを超越している存在だった。

 

「う、わ」


 ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃと貪られ、みるみるうちに白い骨は彼女の胃袋に納められてしまい、食事を終えた彼女は周りに獲物はいないかと周りを見渡して――、私と目が合う。

 

「あ、あ、ああああああああああっ!!」


 彼女の目にはこの世の悪意すべてが宿っていた。いや、目があるはずの部分は空洞で、吸い込まれそうな闇しかない。空洞だというのに彼女の視線は私を捕らえていて。

 ……もはや自分が何を考えているのかさえ分からなくなり、恐怖のあまりただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

 ……動いたら死ぬ、動かなかったら死ぬ。

 背中を向けることなんて出来るはずはないが、彼女を見続けることは死に直結している。

 死。まさに死。たったいま私は死を覚悟した。

 

「ふふ」


 圧倒的な絶望が私を覆い尽くした頃、不意に彼女は微笑み、彼女が現れたときと同じくらいの唐突さで、消えた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 彼女が消えた途端に呼吸を思い出した。今のは……。

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