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第十六話

 

「――気づかれてない?」

「うん。教会の人達がまだ私たちに気づいた様子はないよ」


 木が密集して十メートル先も見通せない鬱蒼とした森の中を、教会(ヤクザ)に気付かれないように細心の注意を払いながら移動する。


 足下に落ちている木の枝や乾燥した葉は、僅かな力で大きい音を出してしまうので、特に注意が必要だ。

 

「でもやっぱり、こんな体勢だと気づかれた時マズいんじゃないかな」


 音を出してはいけない状況。それを理解した私は、まずリリエッタを抱きかかえた。リリエッタの短い足と細い腰に腕を回し――俗に言うお姫様だっこである。

 

 何故こんなことをするのか。

 リリエッタは木の根っこに足を取られて転ぶ、転ぶ時に高音で叫ぶ、歩行速度が遅い、体力もない。つまり、隠密行動に向いていない。私がリリエッタを抱えて居た方が安心出来る。

 

 私に持ち運ばれるのを何故か嫌うリリエッタは、戦場から五キロメートルの地点で持ち上げられたことに不満を漏らしたが、上記の合理性を説いたらすっかり大人しくなった。それでも時折反抗してくるのは、運ばれる事に余程のトラウマがあるからだろう。

 

「顔がバレるのが最悪だから特に問題ないわね」

 

 既に作戦開始地点――戦場跡から距離一キロメートル地点は目の前である。

 

「今から作戦について最後の確認をする。ここからは会話もなし。良いわね」

「緊張するね……」

 

 今回の条件を最後に確認しよう。

 

 私たちは――、

 リリエッタがアンデッドを作成できる半径は一キロメートル。

 魂を回収するのに近づく必要がある距離は三百メートル。

 

 教会(てき)は――、

 目安の視野は一キロメートル。

 ただし、発見されたら高確率で保護(ほかく)される。

 

 故に、私たちはまず発見されないことが肝心である。

 攪乱のために戦場にアンデッドを出現させておき、混乱に乗じて魂の回収を行ってしまおう。

 

「魂を回収するのにかかる時間は?」

「すぐだよ」

「……何秒?」

「すぐとしか言いようがないかな」

 

 間近でにっこりと笑うリリエッタ。


「冗談?」

「理論的には一瞬の出来事のはずだけど、実測値がないから分かりません」

「……大丈夫なの?」

「大丈夫!」

 

 リリエッタが小さな手で握り拳を作る。

 根拠のない自信に不安を覚えるけれど……。

 

「あんたがそう言うなら信じる。その点は大丈夫なのね」

 

 仲間が大丈夫と言うなら大丈夫とする。私たちは一蓮托生だ。半分思考放棄気味に答えると、リリエッタの顔が嬉しそうに(ほころ)んだ、ように見えた。


 アンデッド投下のタイミングにも因るけれど、三分くらいはアンデッドが時間を稼いでくれるはず。

 その間の間隙を縫って魂を回収する。ともかく一分くらいで回収してくれれば何とかなると思う。それ以上は……。

 

「でも、五秒もかからないと思うよ」

「思いの外早いわね」

 

 多めに見積もった所要時間は、思ったよりも短かった。

 

 

 戦場跡を二十名の退魔師(エクソシスト)が分散して彷徨いている。

 死体一体一体を丁寧に検査し、何か気付いたことがあれば手元のメモ帳に記入していく。彼らは戦場跡から“死神”の痕跡を辿ろうとしているのだろうか。

 

 戦場跡の東側、聖女様の封印されている所では、“万物消滅”を今まさに発動しようとして固まっている聖女様を取り囲み、使徒と退魔師とが輪になって祈りを捧げている。

 

 祈りはとても古典的で無益だが、その祈りには魂を浄化する作用があるのか彼らの周囲には死霊が少ない。そのため、そこで何が起きているかは不鮮明。

 ただし、祈りを捧げている者達が「聖女様の周りから動くことはなさそう」ということは分かる。

 

 聖女様に祈りを捧げている集団の更に東では、彼らの護衛に回っている部隊もある。彼らは少し面倒くさそうに敵を待っていた。

 

「――戦場の様子はこんな感じだよ」

「ネックは戦場跡に残っている退魔師か。使徒が戦場にいないのは幸運以外の何物でもないわね」

「“使徒”も脅威だね」


 使徒は聖女様を護衛する十二人のエリート退魔師である。重要な任務を与えられているだけあって教会屈指の実力者揃い。当然、出会えば助からない。


「戦場に残ってる退魔師の状況は?」


 リリエッタのもたらす“死霊ネットワーク”からの情報を聞きつつ、退魔師達の動向を伺う。……戦場跡は広大である。なにせ、一万体の死体が転がっているのだ。


「私たちが居たところを重点的に調べられてるよ」

「げ、身ぐるみ剥がしてたのバレた……?」

 

 戦死者から武具を剥ぐ行為は犯罪になる。たしか禁固三年だったような。

 しかし、私たちが死体漁りをしていた場所は戦場の中間地点。そちら側に注意が向いているのはむしろラッキーな状態なのかも知れない。


「使徒が遠くに居てくれるならありがたい限りね。ピンポイントにこちら側を観察している退魔師が貼り付いてない限り見つからない、か」

「でも――、木の隙間から体が見えちゃうかも知れないから注意しないとね」

「そうね」


 凡ミスには注意を払うのは必要。当たり前だけど大切なことだ。


「教会は人材が豊富で良いわね。それじゃ、準備してもらって良い? まずはアンデッドを召喚してあっちの注意を逸らす。私たちはアンデッドが動いた逆方向に移動しながら、速やかに魂を回収する」

「了解です」


 まずは作戦の開始段階。リリエッタにアンデッドの生成を促す。


 アンデッドは戦場の端っこに顕れ、そして戦場の真ん中の退魔師を襲いかかる。アンデッドが真ん中辺りの連中に攻撃を仕掛ける頃には、それを追いかける退魔師と共に絶対に私たちを見つけられないところまで行っていることだろう。

 

 つまり、この作戦は出だしが肝心だ。

 しかし、肝心の死霊術が上手く行くだろうか。

 私はリリエッタに視線を落として……。

 

「っ!!」

 

 ――大気が悲鳴を上げる。

 これはアンデッドが生まれる時と同じ現象。空気が微振動し、理が外れていき、パズルに違うピースを無理矢理ねじ込むような不協和音。しかし、死霊術の行使は自然現象のそれとは大きさがまるで違う。鳥肌が立つような気持ち悪さ――。

 

 こんな違和感を、他人は感じていないというのか。

 

「飛散した輩、現世に未練を残す、浅ましい魂よ――」


 リリエッタの身体が白く透けて見える。

 

「混ざれ。そして従え。――“アンデッド”」


 詠唱が完成すると同時に、私は走り始めていた。

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