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第十五話


 今回の作戦目標は「戦場跡にある魂を回収すること」


 本来なら森の中で五キロも離れた位置から敵兵の配置なんて確認しようが無いけれど、

 死霊ネットワーク――魂が浮遊している空間の視覚情報を遠距離から知ることの出来る能力、を用いてかなり正確な状況が分かってきた。

 

「何もわからないまま戦地に突っ込むよりもよほど達成可能に思えてきたわ。どうしてこんな便利な能力を隠してきたの?」


「聖女様は死霊術の発動を検知するからだよ。死霊術を使わなくても、時間をかければ二人で暮らせると思ってた」


「……私が帰るタイミングを誤ったせいで台無し、か」

「ううん。あれは仕方がなかったと思う」


 仕方ないと言うリリエッタの顔には気を使っている様子はない。

 しかし、やはり私の判断ミスであることは間違いない。

 いや、今は反省時間じゃないか。思考がわき道に逸れてしまった。感情を修正しなければ。

 

「相手の人員はだいたい分かった。使徒十一名に退魔師百五十名ね。それで、彼らはどんな風に動いているの?」


「使徒は全員聖女様にお祈りしているみたい。退魔師も同じようにしているけど、戦場で何かを調べている人もいるね」


 恐らく宗教的な方法で聖女様を復活しようとでも考えているのだろう。

 一方で一部の退魔師は現場の哨戒に当たっていると思う。


 いびつな布陣をしているが、この形を取る意味は何となく理解できる。

 聖女様への無意味な祈祷と言い訳程度の哨戒。

 何も問題は無い。このまま膝を突いて祈っていれば良い。

 しかし、リリエッタからもらった情報の中で気になることが一つ。


「使徒が十一人?」

「本来は使徒は()()人いるはずなのに変だね」

 

 聖女様の周りにいる使徒の数は十二人である。しかし、現場にいるのは十一人……。

 一人、その場に存在しない使徒がいる。


 最善はその使徒が死んでいてくれることだ。欠席でも良い。

 アイズランドは――、いや、彼は使徒になるほどの実力者でも無いはずだ。

 

 使徒は退魔師百人分、というのがまことしやかに囁かれているが、そんな人物が何処に居るのか分からないなんて不安すぎる。

 単にいないなら問題はないが、伏兵として存在していた場合には作戦に大きな影響を与える。

 使徒に出会(でくわ)したら死を覚悟した方が良い。

 

 私たちは腕をつかまれただけで作戦失敗(おしまい)だというのに、あっちは一人二人死亡したところでビクともしない。

 ああ、本当にこの世界は理不尽である。


「単純に遅刻なんかだったら殴り飛ばしたくなるわね」

「もう……、ミューエは物騒だよ」

 

 あちらが軽率なミスだとしても、こちらには致命的な判断ミスになりうる。

 それは、単純な実力の差。

 自己を生存させる能力という、本質的な実力の差である。 

 

「仕方ない。いない人のことはいないものとしますか」

「考えても仕方がないもんね」


 仮に誰かが遅刻してきたのだとしても生き残れる術を考えることが先だ。

 しかし、教会と戦闘を交えるのは悪手。「今は戦闘ではどうやっても勝てない」ので、それを考慮した作戦立案が必要となる。すなわち――。

 

「まず発見されないこと。彼らの目をどうやって欺くかがカギね」


 教会が状況証拠から死霊術師の存在に気が付く可能性もある。

 しかし、リリエッタを発見しない限り、「死霊術師=リリエッタ」の図式は成立しない。

 ともかく、戦場に浮かんでいる魂を回収して逃げ切ることだけを考えよう。

 

「簡潔に行きましょう。リリエッタがアンデッドを作成して、

 教会が混乱している内に魂を回収して脱出(トンズラ)

 作戦名は“戦場ピンポンダッシュ”でどうかしら」

 

「その作戦名は如何なものかと思うよ……。

 作戦名(それ)は置いておいて、アンデッドを作成したら死霊術師の存在がバレちゃうんじゃないの?」

 

「リリエッタの死霊ネットワークで見た光景だと、

 使徒と大半の退魔師が戦場を離れてるけど、

 二十人くらいの退魔師は戦場に散開してるんでしょう?

 彼らの索敵能力からして私たちが戦場に近づいたら顔がばれちゃう。

 だったら、顔の分からない死霊術師がいるかも、くらいで済ませられれば良いかなと思った」

  

「言われてみれば仕方ないかも……だね」

 

「で、今回の任務(ミッション)でどれくらいの成果が見込めるの?」


「戦死者の数はだいたい一万人くらいかな。あそこに浮かんでいる魂の規模だと、五百体分のアンデッドと考えても良いよ」


「二十人分の魂で一体のアンデッド、ね」

「アンデッド百体分――二千人分の魂を持ち帰れるだけでも、今後の行動の幅がまるっきり違うと思うよ」

 

 にこりと笑うリリエッタ。

 確かに、百体分のアンデッドを使役できればそれはもう強力だ。

 同時に、二千体の“死体”が素材として必要になるのだけれど。

 

 ――死体(アンデッド)を使役するためには、死体(そざい)が必要。

 

 私はこの因果関係を許容していいのか判断しかねた。

 もし今後、アンデッドを生み出すために死体を生み出す必要がある、という事態に陥ったら私は――。


 いや、未来の話は、今は、必要じゃない。

 今だ。今どうやって生きられるかだけを考えよう。


「そのアンデッドを作れる半径はどのくらい?」

「一キロメートルかな」

「リリエッタが魂を回収する有効半径は?」

「三百メートルくらいだよ」

 

「――たしか、公表されてる透視視野の世界記録は一キロメートルだっけ」

 

 戦場の周りは鬱蒼とした森である。

 もし、退魔師全員が世界記録級の視力の持ち主でも、アンデッドの作成と私たちが見えるのは同時である。

 

「状況は分かった。これからは戦闘状態、極限まで集中力を保って行動するのよ」


 私は真剣そのもののまなざしをリリエッタに向ける。途端にリリエッタの表情が引き締まる――上出来だ。遠足気分で行っていい場所じゃない。

 

 戦場からの距離、残り五キロメートル。

 

 一キロ圏内に入ってしまえば、作戦はすぐに片付く。作戦遂行にかかる時間は五分もいらないだろう。

 聖女様の封印されている地点の反対側に回り込み、アンデッドを作成して、相手の混乱に乗じて懐に入り込み、そしてリリエッタを抱えて戦線を離脱する。

 

 簡明に、迅速に。

 

 たった七百メートルの距離は、私ならば音もなく三十秒で走り抜けられる。ここまで情報を得た中で失敗はない。


 この作戦はきっと上手くいく。

 大丈夫。大丈夫。大丈夫……。

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