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第十話

 空気を蹴って飛ぶ“死神”ミクトラリシアに連れられ、私たちは戦場から離脱した。

 着地先は王都を取り巻く草原の一角。

 大きな行路にはチラホラと街灯が光っているけれど、行路以外には手付かずの草原が広がっていて、平和な風に揺られている。


 ようやく危機を抜け出せたのだと、胸をなでおろした。

 

「助かったわ」

「どうもありがとうございます」


 そのまま地面に降ろされて死神から少し距離をとると、私とリリエッタは並んで頭を下げる。

 死神はおぞましい笑顔を向けてくる恐ろしい女性だが、私たちは彼女を恩人と呼ぶべきだろう。

 

「どう致しまして」

 

 お辞儀に返す笑顔のなんて不気味なことか。

 死神の圧倒的な威圧感は友好の気持ちを抱かせるには程遠いもので、出来れば二度と関わりたくはないと本能が叫ぶ。

 彼女の笑顔は人々の精神衛生に良くない影響を与えるのだ。

 

「助けてもらっておいて何だけど、私たちをこれからどうするつもり?」


 じりじりと更に距離を取りながら死神に尋ねる。

 質問を聞いて、どうしようかしらね、と頬に指を当て、私とリリエッタとを交互に見比べた。

 彼女の視線に得体の知れない危険を感じて遠ざかるが、そんな私たちを見て、死神は何かを思いついたようにクスリと笑う。

 

「殺して差し上げましょうか?」

「ひっ!!」 

 

 「殺す」という単語にリリエッタが悲鳴を漏らしてしゃがみ込んでしまう。ああ、これじゃあ逃げられやしない。

 彼女の「殺す」という発言は実行力と抑制の欠如により強い現実性を帯びているのだ。

 私はリリエッタをかばうように死神との間に立つ。

 

「なら、戦うしかないわね」

 

 戦ったところで簡単に殺されてしまうだろうけれど。

 丸まって震えるリリエッタを安心させるように強く声を張りあげるが、正直なところ私もこの女性(ひと)は怖い。どうしてこの女性には眼球がついてないのだ。それに黒いオーラのようなものを感じるし、常時不気味な殺気を放っている。

 殺意については「殺す」の発言と同時に二割増しである。

 

「気丈な方ですね。足が震えて体はすくみ上がってるのに心は折れない」


 私は殺意の視線を正面から受け続ける。しばらく死神の殺意を浴びていると、不意に表情を崩して笑いはじめた。

 

「冗談ですよ。あなたたちは私の大事な“同種”ですから」

 

 彼女から殺意が治まる。しかし、彼女がそうしようと思えば何時でも実行は可能だろう。

 殺害(それ)をしない理由……。会話の中でしきりに出てくる「同種だから」という言葉に全てが集約されていそうだが、一体何のことやら検討も付かない。

 文字通り受け取るならば、彼女と私は同じ存在と言うことだけれど。

 

「前から気になっていたけれど、同種という言葉の意味が分からないわね。私にはあなたと同じ要素がない」 

「あら?」 

 

 そう、同じ要素はない。本心からそう思う。しかし、私の言葉を聞いて死神は急に笑顔を止めた。

 

「だってそうじゃない。私はあなたと違って弱くて魔法も使えない。体術だって下手。人を食べることもないし、ましてやアンデッドを食べることもないし、それに何より――」



 ――あなたと違って、私は生きている。

 

 

 決め言葉を言ってやると、死神は口を開けた。眼球のない目を見開き、柳眉を阿呆みたいにつり下げて。

 

「あなたが生きている?」

 

 死神は私の言葉をなぞる。

 

「ええ。そうよ」


 私の肯定を聞くと、死神は珍妙なものを見るかのように首を傾げた。そして、私を見る目が面白いものを見るものに変わっていく。

 目尻が下がって口角が上がっていき、数秒後にはそれはもう楽しそうな表情に変わっていた。

 

「くすくす……、そうですか。それなら、そうなのでしょう」

 

 表情の変化はどこまでも進んでいき、遂に口角は限界まで吊り上がり、ヒクヒクしている。何て愉快そうに笑うのだろうか。

 彼女は真っ直ぐに私を見つめ、そして、うずくまるリリエッタに視線を移す。

 

「あなたたちのコンビは滑稽で、凸凹で、見ていて飽きませんねえ」

 

 今の発言は私というより、むしろリリエッタに向いていた。そして、しばらくリリエッタを見つめていた後、視線を私に移し、最後にはどこか遠くへと視線を投げる。

 

「“死霊術士”は初めて眷属を作った時から成長が止まる。眷属は魂に「術者を守る」という宿命を負う」

 

 それは、誰に言うともなく呟くような言葉。

 ふと横を見ると、リリエッタはいつの間にか立ち上がり、泣きそうになりながら唇をきゅっと結んでいた。

  

「強くなければならない。誰よりも生に固執して、誰よりも生き汚く、誰よりも惨めに生き続ける。そのためには強くなければ。強くなければ“世界”に押し潰されてしまう」

 

 ひとしきり話すと、死神は視線をこちらに向けて、にやりと笑う。

 

「……聖女が復活するまでの十年間、強くなるためにはひたすら魂を貪ると良いでしょう。貪って貪って、誰よりも高みへたどり着きなさい」

 

 そうでなければ、怒り心頭で目覚めた聖女様に殺されてしまいますねえ。

 

 最後に嫌みを言うと、ふらりと消えた。

ということでプロローグ終了です。


ポイント頂けると嬉しいなあ…

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