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第一話

 どす黒い色をした曇り空の下で、無数の兵士が焦げた地面に倒れている。

 兵士は年齢も体付きも千差万別だが、一様に青白い顔で身動き一つ取らない。


 彼らは、

 

 肩口から肋骨まで深々と剣で斬りつけられていたり、

 額から後頭部までビー玉の風穴を開けられていたり、

 胸元から心臓までぶすり、槍が突き刺さっていたりする。


 いずれも致命傷だろう。


「戦場に来るといつも陰鬱な気分になるわね」

「仕方ないよ。人が死んでいるんだもん」


 目の前に広がるのは死体の山。

 私はその死体の上を踏みつけながら歩く。


 不潔で、不浄で、不快な土地。

 ここは――戦場跡だ。


「どう? 何か良いのは見つかった?」

「えーと……、あ、この兵士さんは指輪を付けてるよ」

 

 戦場跡には来たくないけれど、死体が装備している武器や防具はお金になる。

 私のような親の無い子供は僅かばかりのお金を掠め取るために戦場跡へ赴かなければならない。


 死体はお金になるから。


「死体ばかりでおぞましいったらないわね。死体が動き出したら逃げるのよ」

「アンデッドには二度と会いたくないよ……」


 死体はお金になる。彼らの体にはお金になるものがくっついている。

 しかし、戦場跡に転がっている死体は危険きわまりないものだ。


 この世界では死体は動き出す。

 大気中に撒き散らされた魂が死体に入り込んでアンデッドになる。

 アンデッドとなった死体は生前の肉――文字通り筋肉や皮膚を捨て、魔物として生者に襲いかかってくる。


 アンデッドは血に飢えており、獰猛で、強靭で、死を恐れない。それゆえ、アンデッドのいる場所は限りなく危険。

 生者は戦場に来るべきじゃない。死んでしまえば、生きている間に得られるはずだった沢山の幸福は閉ざされてしまう。


「死んじゃった人から盗むことは……、やっぱり悪いこと……かな」

「神様は生きるものを祝福してくれるんだから、私たちにも微笑んでくれてるんじゃない?」

「ミューエはいつでも前向きだね。私もそう思えるようになれればいいな……」

「たぶん、頭の中で考えていることはリリエッタと似たり寄ったりだと思うよ」


 パートナーであるリリエッタと雑談を交えながら兵士の武具を拾い上げていく。

 会話を止めてしまうと罪悪感で押し潰されてしまいそうになるため、必死に会話を繋げながら、いつ目覚めるとも知れない死者から武器を拾う、拾う、拾う。

 武器には兵士が生きていた証……、血液やら肉片やらがこびりついているが、武具の資産価値には影響しないので無視だ。

 

 私の注意はひたすら死体に向いており、この死体はアンデッドじゃないかな? なんて怯えながら武器を拾い続ける。


「アンデッドには絶対に気をつけなきゃ駄目だよ」

 

 誰に言うとも無く呟く。

 戦場跡では、空気の気配やマナの動向を常に意識していなければならない。


 ……死体漁りしか知りえないことだけど、死体が動き始めるときの予兆がある。大気中の何かが死体の中に吸い込まれていき、バラバラになった白いパズルが押し込められたように、アンデッドは動き出す。

 そうなる前に、戦場からは出て行かないと行けない。引き際が重要だ。


「死体が動き始めるときは空気が歪むんだよね」

「そうなのかなー? 私にはちっとも分からないよ。ミューエはやっぱり特別な女の子なんだと思う」

「こんなこと周りには絶対に言えないけどね。特に教会の連中には絶対に知られてはならない」

「神様は私たちみたいな死体漁りを受け容れてはくれないから?」

「間違って欲しくないんだけど、教会の人たちは神様の代行者なんかじゃない。彼らは神様の名前を騙って人々を陥れる詐欺師なのよ」

「そうかなー?」


 無数の戦死者が転がっている戦場を見渡す――。

 各所から土煙が上がり、弓矢からは火が消えず、人を殺すための魔法石は淡い光を放っている。


 死、あるいは死を生み出す場所。この場所は死で充満している。

 こんな場所に神様の救いなんてあるのだろうか。


 高価な甲冑を纏う騎士も、生きていれば数千万イェンは下らない馬も、働き盛りの男奴隷たちも、死んでしまえば平等に死体だ。

 

「教会なんて嘘っぱちよ」


 私たちのような子供は神様から見捨てられているのだろうか……?

 いや、絶対にそんなことは無い。あってはならない。

 神様は万人に対して優しく微笑むのだ。初めから親の居ない子供たちが神様から見捨てられているなんて信じられない。

 

「はあ。やめようこんな考え。どうせ益体ないんだから」


 私は自分の中から湧き上がる沸々とした感情を打ち消すかのように大きくため息を吐いた。

 気付けば結構な数の戦利品を抱えているし、そろそろ帰ってもいい時間帯かもしれない。

 

「私の方は結構拾った。そっちはどう?」

「ごめんね……。私はあんまり拾えてないや」


 リリエッタは栄養失調気味であんまり身体が大きくない。

 あんなに細い腕では死体から防具を剥ぎ取るのにも一苦労だろう。小さくて華奢な身体に死体からの返り血や砂埃を付着させて痛ましく笑っていた。

 

「分かった。それなら私が拾った分を持っててくれる? 私が剥ぎ取ってリリエッタが荷物持つ、役割分担しよう」

「ごめんね。本当にごめんね」


 リリエッタがあまり上手く働けていないのはいつものことだ。私はいつも通り「役割分担」と言ってリリエッタに私の拾った分の武器を手渡す。

 私たちの筋力ではそう多くを拾うことが出来ないから、軽量だけど値段が付きそうな品ばかりだった。

 

「すごい。きっといい値段が付くものばっかりだよ」

「そういうのを選んでいるからね。と言っても、本当に高価なものは触れないけど」


 ちなみに、戦場(ここ)で手に入る最も高価な品はまだ稼動している魔法石である。

 魔法石は大気中を漂うマナを一箇所にとどめておく性質がある。

 戦争が始まる前よりも戦争が終わった後のほうが、清濁併せ持つ良い魔法石とされているのだから市場経済というものは面白い。


 特に価値の高いとされる「霊魂が閉じ込められた魔法石」は、霊魂が閉じ込められた魔法石を作るために戦争をしていると言われるほど高価なものだ。

 ……まあ、それは因果の逆転した性質の悪い冗句だけども。

  

「戦闘が終わってから時間も経っていることだし、そろそろ引き上げたいけど、今回は収穫が多すぎて引き際が分からないや」

「今回は本当に大きな戦いだね。転がっている武器も高価そうなものばっかりだよ」

「アンデッドに気をつけないといけないとだけど……。ああ、このお宝の山が私のハートをがっちりと捉えてしまう」


 それにしても今回の戦闘では多額が費やされている。

 上等な鉄を鍛えた鉄剣がそこらかしこに転がっていたり、大きめの魔法石をちりばめた杖がちらほら散見したり。

 

「ねらい目は祝福の刻まれたアクセサリーかな。でも、いちいち死体の下敷きになっててとり難いんだよね。その分コスパも優秀だけど……」

「コスパ?」

「儲けがいいってことよ」


 なんて会話をしながら私の手はひたすら死体から金目のものを剥ぎ取っていく。何故かリリエッタが私を熱いまなざしで見つめているが、それは無知ゆえの妄信というやつだ。こんなものは少しでも教育を受けていれば話せる。

 

「ミューエは凄く頭がいいよね。何でも知ってて尊敬する」

「すぐそんな話に移るの止めて。こんなの初等教育を受けた人なら誰でも知ってるから」

「あ、そうだよね……」

「そーいうこと! この話は終わり!」

「うん……」


 私はリリエッタが次の言葉を吐く前にこの件を切り上げる。こんな年上風を吹かせてはいるが、内心ではこの件があっさりと流れて少し安堵していた。

 酷いときには、「ごめんね、ミューエのこと考えてなかった……」とか「私なんて……」とか続いて対処に困る。

 リリエッタの歳では初等教育さえ受けられないくらいなのに。

 

「いや、私も順調に行ってたら中等教育を受けている頃か。まあどうでもいいけど」


 そんな言葉を吐く私は、途中で教育課程をドロップアウトしたことを悔やんでいるのだろうか。リリエッタには絶対に聞き取れない様に、一人呟いた。



「そろそろ帰ろう」


 気が付いたら結構な時間が経過していた。

 二人分の死体漁りを終えた私は帰ることを決める。

 帰ろう帰ろうと思っていたが、帰ろうと思う矢先に発見する金目の品に引き止められてこんな時間になってしまっている。


「――流石に長居しすぎたわね。急ぎましょう」


 今回は本当に収穫が多くて困る。

 

「今にも死体が動き出しそうだね」

「はあ……。私としたことが引き際を間違えたかも」


 本当に引き際を間違えている。戦場跡を跡にして私たちのアジトに到着できたくらいの時間にアンデッドが動き始めるという按配が良くて、今回のは間違いなく間違い。

 それほど私は戦場に転がっているお宝に魅入られていたということか。

 

「私もまだまだね。さっさと帰宅しな……っ!?」


 唐突に訪れる、アンデッドが生まれる予兆。


「え、どうしたの?」

「リリエッタ! 今すぐ走るわよ!」


 転がっている死体の一体に不可視のマナが吸い込まれていくのを感じて叫んだ。叫ぶのと同時に空気が歪に震えて死体の中に飲み込まれ始める。

 死んだはずの身体に死霊がどんどん吸収されていき、バラバラのパズルに無理やりピースを填めるかのような不協和音を放つ。この世の理を捻じ曲げていくような違和感、異様さ。

 

「走るの?」

「急いで!!」


 こういうときのリリエッタは行動が早い。しかし、そもそもアンデッドと私たちの足ではウサギと亀だ。

 アンデッドが生まれる兆候が始まってから必死に走り始めるても子供の脚で稼げる距離には限界がある。

 

「アンデッドが生まれる……!」


 死体の中に吸い込まれていくマナ量がどんどん増大していき、既に活動を停止した死体に不条理の理が挿入される。

 ぱらぱらと死体から髪の毛や皮膚が溶け落ちていき、白骨が露出していき、頭蓋骨の奥から暗い光を放ち始める。


「これ絶対まずい! 絶対私たちを見てる!」

「はあっ! はあっ!」


 私は良いとして、リリエッタの脚ではどうしてもスピードに難点がある。

 走り始めてから稼いだ距離なんて直ぐに追い詰められるし、こんな短距離でも既にリリエッタは息を切らし始めた。

 

「ミューエ……、私を置いて逃げて……」

「出来るわけ無いでしょそんなこと!」

 

 無常にもアンデッドはこちらに向かって走り始める。

 筋肉も無いのに私たちより足が速いなんて世の中間違ってる。

 戦場をかける私たちは足元に死体が踏みつけながら走っているが、柔らかい死体を踏むたびに体勢が崩れる。

 邪魔な死体め!

 

「絶対にリリエッタは助ける。……けど、このままじゃジリ貧ね」

「何か考えがあるの?」

「走るのよ!!」

 

 とにかく走るしかない。万分の一の確率で私たちが走っている方向に蚊か何かが飛来してて注意をとられていただけなのかも。


 そんな一縷の望みをかけて後ろを振り向く。死体と目が合った。

 

「少なくとも戦場を切り抜ければ何とかなる! …………かも」


 戦場には広くて平坦な場所が選ばれる。

 これは国際連盟が定めた戦争協定「アンデッド被害に伴う危機管理法」によるもので、戦場からアンデッドが出れば警報が鳴る。


 あの白骨死体は実力部隊に押しつけてしまおう。


「とにかく走って! あきらめちゃ駄目!!」

「う……ん」

 

 リリエッタはまだ戦場の中腹だというに苦しな表情を浮かべる。

 戦地跡を抜けられれば光明が見えてくるとはいえ、抜けられなければ死あるのみ。

 一刻も早く戦場を抜けたいけれど、全力疾走でもあと十分くらい走らないと戦場は抜けられない。

 少し安心できる材料といえば、アンデッドが目覚めたばかりで動いてないってことくらいか。


「あ」


 唐突に前傾姿勢クラウチングスタートをとったアンデッドを見た私の言葉に釣られ、リリエッタが後ろを振り向くと同時に、アンデッドが轟音を立てて走り始めていた。

 動き始めたアンデッドは速い。まるで弾丸。


「やばいっ!!」

「アンデッドが動き始めたよ!?」


 私たちの距離からも分かるくらいに砂埃を巻き上げて、アンデッドが猛烈に追いかけてくる。

 あまりに早く追い上げてくれるものだから、リリエッタは悲痛な顔で私を見た。

 

「とにかく走るのよ!!」


 もうそれしかない。

 動き始めたアンデッドはぐんぐん私たちを追い上げ、追いつくのも時間の問題だ。

 ここは二手に分かれるべき? いや、私のほうに来ればいいけどリリエッタのほうに行ったら絶対後悔する。でも一つにまとまってたら共倒れだし……。

 無駄な思考が目くるめく湧き上がっては却下されていく。私が悩んでいる間にもアンデッドは骨のくせに信じられないスピードでこちらに迫ってきて……。


「えっ!?」

「リリエッタは走ってて」


 その場に立ち止まる。

 まあ、こんなときにどうするかなんて初めから決めていた。

 

「私の判断ミスなんだから責任も私が取らなきゃね。リリエッタはその武器を抱えて隠れてなさい」

「ミューエが囮になるってこと!? そんなの嫌だよ!!」

「違う。あんたが商売の種を守らないと私の明日の食事がなくなるってだけ。ちゃんと私の資産を守ってて」

「そんな……」


 立ち止まった私と一緒に立ち止まろうとしたリリエッタを強制的に走らせ、彼女とアンデッドとの間に移動する。


「初等教育ではモンスターとの戦闘方法も教えてくれるんだから安心して良いわよ」

 

 王立魔法学園初等部、必修科目『モンスターとの戦い方こうざ③』では、スライムとの戦い方を教えてくれる。アンデッドが襲ってきても大丈夫だろう。

一日一話更新したいなと思います。

どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

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