First tower→束の間の平和、そして
「は、え……? 塔……業務……?」
酷く混乱している様子の少女。……無理もない。おそらく、今までのことを覚えていないのだろう。いや、一時的に忘れざるを得なかったのだろうか。
彼女は、この世界では珍しい黒髪をしており、私の主観では美しいといえる容姿を持っている。服装も少し変わっていて、白と青を基調とした、何かの制服じみた印象を与える上着に黒の質素なスカートを身に付けている。
……相変わらず、こういった反応には少し罪悪感が芽生える。
「……貴女の混乱も無理はありません。まずは、自己紹介でもしましょうか。……私の名前は、サクラ。姓は有りません。貴女は?」
また彼女の表情が困惑に歪む。それでも精神的に強いのか、なんとか応答してくれた。
「え、えっ……と、私は、花乃……牧原花乃、と言います。……説明していただけませんか?」
冷静な状況分析。混乱しながらも気丈にそう問える精神力……中々優秀な人材のようだ。これを逃す手はない。
「……そうですね。話しましょうか。私にはその義務があります――」
……どのように話すべきか。この位の年齢の少女なら、余り酷い内容は伝えない方が良いのだろうが……この少女……花乃さんを信じ、全てを話す必要があるだろう。
「――貴女は、『異世界』を信じますか?」
先ずは確認。花乃さんの知識量と理解力を試す一言を。
「え……えっと……余り……異世界なんて…… ?待って下さい。貴女、まさかここが――」
「――異世界とでも言うのですか。……で、合ってますか?」
先読みして言った言葉に花乃さんがさっと顔を青ざめさす。……私の推測は間違いではないらしい。花乃さんはとても優秀な人間のようだ。では、本題へ……
「……信じがたいでしょうが、ここは《《貴女主観では》》異世界となります。そして、この世界は崩壊を余儀なくされている、所謂、終末後の世界。貴女は、〔異常者〕……異常能力者としてこちらへお呼びした次第です」
……事実は時として人を傷付ける。私に人道を説いた《《あの人》》の教えは疑うまでもなく本当であろう。今の彼女の顔は先程よりも蒼白に近付き、強張っているのが分かる。
御免なさい――そう心の中で謝り、花乃さんに、淡々とした様子を装い事実を突きつけていく。
その中でも、一番《《たち》》の悪い問い。衝撃が強すぎるものを最初に持ってこさせ、後の言葉のインパクトを軽減させようという試みだ。
「……貴女は、貴女自身の事をどこまで覚えていますか?」
「どこま……で?」
花乃さんは、その問いに一瞬首を傾げ、直ぐにはっとした様子で顔を上げる。そして、顔を悲痛にゆがめ、掠れ、震える声でそれを口に出してしまう。
「わ……私……殺され、て……あっ……なんで……忘……あ、ああ……ああああぁあぁああぁあ!!?」
「お、落ち着いて下さい! 待って。ほら、今貴女は生きているでしょう? ほら、自我を……」
彼女の慟哭……恐らく、前の世界で恐ろしく酷い目に会ったのだろうか。……老衰以外の者を選んでいるとはいえ、ここまで取り乱す人は初めてだ。その心情は……推して知るべきだろう。
「はっ……あ、ああ……はっ……はぁ、はっ……私……刺されて……胸が……」
「……落ち着いて下さい。そして、良く聞いて。それは、貴女の《《前回の最期》》です。今は、その恐怖に囚われないで。じゃないと、直ぐに壊れてしまいます。……残酷だとは思いますが、落ち着いて」
そう言い聞かせると、段々と顔色が戻ってくる。過呼吸気味に激しく呼吸しながら、そこが死の原因なのだろう、左胸を押さえて、ぺたんと床にへたりこんでしまった。
「……ここでは何ですし、あちらで話しましょうか。……また、残酷なことを言うようですが、私たちには時間がありません。なるべく早く事態を飲み込み、対処へ。宜しくお願いします」
私の言葉に、花乃さんは、未だに震えている身体を自分で抱き、気丈に頷くのであった。
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「……落ち着きましたか? 話しても宜しいでしょうか?」
「ええ……どうぞ。私も、色々確認したいので」
ここは、管理室。その名の通り、職員と《《異常存在》》を管理する部屋だ。彼女はあのあと、5分程情緒不安定な様子だったが、直ぐに自分を取り戻してくれた。
「では、何故貴女が此処に居るか。それから話しましょう。……出来るだけ取り乱さないで下さいね?」
それに苦笑して「分かってますよ」と述べる花乃さん。だけど、その表情の裏には、真実を知ることへの恐怖があるように思える。
……頑張って。言葉を口の中で紡ぎ、本題へ入る。
「もう察しているかと思いますが、貴女が置かれている状況は、所謂異世界転生、と呼ばれているものに近いです。そして、私が任意に貴女を選び、この世界へ連れてきた。それで、貴女の記憶を元に貴女を再現した、という具合です」
「……再現」
……少し表情が固いが、まだ大丈夫らしい。……安心した。
「そして、何故そのよう措置を取らなければならなかったか。それは、今この世界が置かれている状況を説明しなければなりません」
テーブルに無造作に置かれていたリモコンを取り、操作する。すると、彼女の右斜め前の壁が透け、外の様子が見れるようになった。
「う……なに、これ……」
「……分かったと思いますが、この様に地は焦土に変わり、有害な物質によって植物は自生出来ない状況にあります。勿論、動物も」
……まぁ、顔をしかめたくなる気持ちも分かる。それほど、外の環境は劣悪なのだ。
「それで、世界がこの様になる前に人類はこの『搭』を作りました。人類の保護のために。そして……何故か外の環境に順応し、生活が出来ている動物……『化物』の収容、これらを目的として建てられました」
「化物……?」
化物、という言葉がぴんとこないようだ。……これは、実物を見た方が分かりやすいだろうし、説明は後回しにする。
「そして、人間は失ってなお余りあった科学力を動員し、外を装置付きで歩けるようになりました。……それを使って他の搭と交信したりしていたのですが、ある日他の搭に……」
私が台詞を言い終わるかどうかの時に、この管理室に常設しているアラームがけたたましい音をたて、非常事態を告げる。それに応じて、ランプが部屋を赤く染めていく。
……今? 早すぎるだろう? いや、そんな――
……私は、突然の爆音に咄嗟に耳を塞いでしゃがんでいた花乃さんを立たせ、次に続くであろうアナウンスを聞くことに集中する。これは、まさか――
『ザッ……ザザッ……ピッ――緊急です。緊急です。ザルツガスラがこちらに進行して来ているのが肉眼で確認できました。人間兵約200、化物約50。迎撃班は指定の場所へ。衛生班は――』