出会い
眩い月明かりに大きな古城が照らし出される。
セスタム城。このセスタム王国の主城であり国家の象徴だ。その大きさは国の繁栄、国王の威厳の大きさを見るものに示していた。
しかし今夜の城はそんなどっしりとした外観とは反対に、内部は大慌てだった。
「侵入者だ。全員警戒態勢に移行せよ、下位のものは指揮官の指示に従い侵入者の捜索を開始せよ。」
滅多に鳴らない警報に城内は浮き足立つ。その騒がしさは城の最も深い部分にもしっかりと届いていた。
「まったく、何事ですか」
浅い眠りから深い眠りに移ろうとしていた彼女は不快げに上体を起こすと周囲を確認する。
首を振る動作と共に波打った金髪が窓から射し込む月明かりを受けてキラキラと輝き、部屋を薄明るく照らしていた。
薄明るい部屋には大きな天蓋付きのベッド。そのどこにもフリルがあしらわれ、その他の家具にもピンクで統一されていて持ち主の少女趣味が表れていた。
「こんにちは、いや、こんばんはかな。初めて見るけど綺麗な金髪だね。僕の知り合いにも金髪の人はいるけどここまで見事なのは見た事がないな。」
突如掛けられた声に寒気が一気に駆け上り、反射的に声を上げてしまいそうになる。
しかし、声を上げようと開いた口は音を発する前に侵入者の人差し指によって閉じられてしまう。
「この騒がしさは僕の侵入に対するものだと思うよ。気づかれないようにしたつもりなんだけどな。」
騒がしい城内にあまりにそぐわないゆったりとした声が響く。
唇をようやく解放されて尋ねる。
「だ、誰なの。ここがどこだかわかっているんでしょうね。」
「当然だよ。君が僕を知らなくても、僕は君を知ってるよ。セスタム王国第三王姫、セスタム・セレスティーナ。その美貌もさることながら何と言ってもその見事な金髪。あまりにも眩い金髪に人々は君をこう呼ぶ。太陽の姫と。」
男が喋り終えると、ドンドンと部屋を叩く音が聞こえた。
「姫様、ご無事ですか。」
どうやら見回りの兵がやってきたようだ。
「助けてください。侵入者です。」
セレスティーナがそう叫ぶと、見るからに手練れの騎士が三人入ってくる。纏っている鎧こそ綺麗だが、顔つきが歴戦さを物語っていた。
「おい、お前何をしている。ここがどこだかわかっているのか。」
「彼女とはただ話をしていただけだよ。」
男は騎士の登場にもゆったりした態度を崩さない。
「そんなことはどうでもいい。我々と来てもらおう。」
「そんなことって。聞かれたから答えたのに。まあ城主のところに連れてってくれるというなら話は別だけど。」
「主城への侵入罪でお前は死刑だ。」
三人は抜剣し、男に向けた。
「そっか、死刑は嫌だし抵抗しておこうかな。」
男はどこからともなく剣を取り出す。
「我々に抵抗するというのか。我々は・・・」
「そういうのいいから、さっさとやろう。」
男の剣気に当てられたのか騎士達は表情を引き締める。
リーダーらしき一人が目配せすると他の二人は男を包囲するように動く。最初に斬りかかったのは騎士のうちの一人だった。右斜め上からの袈裟斬りが男を襲う。
的確に急所を狙った鋭い一撃だった。
しかし次の瞬間。
カキーン、という甲高い音と共に騎士の剣は弾かれ、クルクルと弧を描き遥か頭上の天井に突き刺さる。
あまりの剛力からの手の痺れに剣を弾かれた一人が右手を抑えながら後退すると、それを追従するように男が踊り込む。
「弱すぎる。」
吐き捨てるようなセリフと共に騎士の一人が倒れ伏す。
その瞬間、男の後頭部を剣が切り裂く。
「騎士なのに不意をつくのか、卑怯だな。」
「私たちに課せられているのは侵入者の拿捕及び討伐だ。それにこれは試合ではないからな。」
「そうか、なら全力を出しても問題なさそうだ。」
そういうと男は転がる一人を無造作に掴みあげると、残りの二人めがけて投げた。
「死体を投げるなど恥を知れ。」
鋭い投擲をなんとか躱した二人が見たのは、等身大に大きくなった剣だった。
「な、なん」
純白の剣閃が視界一杯に広がる。二人は糸が切られた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
あまりにも鮮やかな手並みに、毛布に包まっていた彼女の顔が青ざめる。男がくるりとセレスティーナの方へ振り向く。
右手にだらりと剣を提げ、ゆっくりとベッドに向かってくる様はさながら死神のようだ。ついにはベッドに上がってくる。
両手をまとめて捕まれ頭上に掲げられる。抵抗しようともがくがビクともしなかった。
セレスティーナの胸に向かって剣が突きつけられる。
「ごめんね。」
彼女が最後に感じたのは、自分の心臓に突き立てられた冷たい刃の感触だった。




