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ハーベルトルート

「お嬢様、エネミー様、起きてください。もうすぐ王城ですよ」


「・・・お父様の朝食の儀式は何とかならないものかしら」


「来年になれば、領地運営のために一年間不在になりますから辛抱ですよ」


「そうね」


王城の門の前で馬車は停まった。


このまま普通は王の執務室のある城まで向かうが、剣の稽古を行う騎士団訓練所は門から歩いた方が早い。


御者にはマナー講習のための体力作りと伝えている。


「帰りは叔母様が用意してくださるから戻って良いわ」


「お気をつけて、エネミーお嬢様」


御者が馬車を操って見えなくなると、エネミーは淑女にあるまじき速さで走り出した。


そのあとをローディもついて行く。


五歳の子どもでも走ることはしない。


「見つかったらお父様に報告されてしまうわ」


「いっそのこと知られてしまう方が楽なのでは?」


「お父様だけなら良いわ。叔母様がすでに戦慄の戦女神なんだもの。でもきっとわたしが女だてらに剣を持っていることを知ればお母様のことを合わせて言われるもの」


「流石に大公家でも黙らせられないですからね。旦那様も少し頼りないですからね」


「失礼よ、少しじゃないわ。とても、よ。お父様に少しなんて使ったら少しに申し訳ないじゃない」


「お嬢様、お言葉をお選びください」


娘に頼りないと評価されているが、仕事に関しては優秀なのだが、そこは少しも評価されていない。


「今日は叔母様に短めにしていただくようにお願いするわ。帰って続きを話さないといけないもの。いくらユーリシア様が一歳だからと言ってのんびりしていられないわ。他の恋のお相手の婚約者になっても困るのよ」


「お嬢様のお力が届くのは、公爵家まで、それより下位になれば圧力になってしまいますからね」


裏口からこっそりと入ると、ベルガモーラが軍服を着て素振りをしていた。


他に人気が無いことからベルガモーラの指示で外周訓練をしているのだろう。


「叔母様、おはようございます」


「おはよう、エネミー。では、始めよう」


「その前に、お願いがございますわ」


「何だ?」


「本日、お父様に起こされ朝食を共にいたしましたわ。出発まではマナーの勉強をしておりましたの。少し早くに終わっていただきたく思いますわ」


「兄にも困ったものだな。だからエネミーを王家に預けろと何度も言っているのに。今日は昼過ぎで終わろう。ゆっくりと休むと良い」


細身に作った模擬刀を素振りするところから始める。


基礎の型は体で覚えておくこと。


基礎が出来れば応用は簡単というのがベルガモーラの考えだ。


事実、ベルガモーラの言う通りに訓練した者とそうでない者では半年後に差が出た。


ベルガモーラの訓練をした者はどんな相手でも勝ってしまう強さがあった。


ベルガモーラの訓練が尋常でなく厳しいというのも理由のひとつであるというのは無視されている。


「左肩が上がっている。意識しろ」


「はい」


「足の運びが甘い。踏み込め」


「はい」


型の動きをひとつひとつ直していく。


二人の訓練を横目で見ながらローディは今までエネミーから聞いたことをまとめていく。


いつも本を読んでいるか報告書を書いているかしているので怪しまれない。


ベルガモーラが剣を振るようになったのは兄のせいだった。


剣の才能が欠片と言って無かった大公家当主は見限られていた。


仕方なく領地運営のための教育をしても勉学の方も才能が無かった。


王家の血を引いているとは思えないほどの無能さがあった。


とりあえずと、ベルガモーラに剣を持たせると才能を開花させた。


十五歳で初陣を飾ったが、女神という二つ名と勝利という文字で帰ってきた。


領地運営は家臣でも出来るからという理由でベルガモーラには騎士としての訓練と王妃のための教育が施された。


「脇が甘い、死ぬぞ」


「はい」


「握りが弱い」


「はい」


「振りが甘い」


「はい」


「胴」


「はい」


次々と戦場に繰り出しては勝利をもたらすから、いつしか戦女神と呼ばれるようになった。


成長をし、力も強くなるにつれてベルガモーラは更なる勝利をもたらすことから敵国から戦慄の戦女神と呼ばれるようになり、ベルガモーラが戦場に現れると開戦する前に白旗が上がるとまで言われる。


そんな彼女でも逃れられないのが婚姻だ。


王妃教育を受けてはいるが、それは王が自分で愛する人を見つけなかったときのための予備だ。


そのまま王妃にしておいて、子どもは側室に産ませておこうという重鎮たちの考えだった。


王妃になってしまえば、外交が忙しくなって戦場に繰り出すことができない。


ベルガモーラにとって戦場は生き甲斐と言っても良いものだ。


何とかして王妃を回避したい。


その思いから王には色々な女性を引き合わせた。


貴族の娘で王の手綱を握ってくれそうな者を探したが、王の言葉を鵜呑みにするだけで役に立たなかった。


逞しい平民の娘を探すことにしたが王には無駄なプライドがあり、平民を見下す傾向があった。


その点は第一皇子のリカルドにしっかり受け継がれている。


ベルガモーラは視察と称して王を街へ連れ出した。


そこで多くの娘に引き合わせた。


引き合わせた娘は先に厳選しており王の手綱を握れる者だけにしている。


そして花屋の娘を気に入った。


娘を王妃にするためにあっという間に準備を整え、そして、戦場に帰って行った。


王は気の強いベルガモーラが側にいると気が休まらないため花屋の娘が王妃になることは喜んだ。


娘が平民であることより、ベルガモーラが王妃として公務について来ないことの方が重要だった。


王は全てにおいて優柔不断だった。


だから娘がベルガモーラの指示で王の手綱を握っていることも王妃らしくなり以前の癒しが少なくなっていることも指摘できなかった。


だからベルガモーラがエネミーを呼び寄せて剣を教えていることも指摘できず、かと言って義兄に伝えることもできず、優柔不断としか言いようのない有様だった。


「さて、今日はここまでにしよう。ゆっくり休むと良い。ローディ」


「はい、ベルガモーラ様」


「明日から戦場に行かねばならぬ。帰って来たら連絡をする。それまでローディが教えておけ」


「かしこまりました」


これで王城に向かう頻度は少なくなる。


朝食の席で質問攻めに遭うことが避けられる。


そして内緒で進めているゲームの世界の話の確認の時間が出来る。


「エネミー、昼を食べて行くか?」


「いいえ、屋敷に戻りますわ。王城に居ればお父様に出会ってしまうかもしれませんもの」


「そうだな、兄に会えば面倒な小言がついて来るからな」


「失礼いたしますわ、ご武運をお祈りいたします」


王家で用意された馬車に乗り、行きと同じように眠る。


途中、町で昼食用のサンドイッチを買い、馬車の中で食べる。


「お嬢様、屋敷に戻りましたら休まれてはいかがですか?」


「先ほど眠ったから大丈夫だけど、何か仕事でもあるの?」


「いえ、稽古が昼過ぎで終わったといえ厳しいものでしたから休まれた方が良いかと思いまして」


「大丈夫よ、それに次のことを話してしまわないといつ話せるか分からないもの。叔母様が戦場に行っている間は屋敷に引きこもれるのよ」


王家の馬車は問題なく大公家へとたどり着いた。


エネミーはゆっくりと屋敷を歩き、手紙を書くための部屋に入った。


「ここなら紙もペンもあるから準備をしなくても良いわ」


「たしかにそうですね。手紙のための部屋があるんですね」


「手紙を書いたことが無いから初めて入ったけど」


「お茶を持って参ります。あと昨日までに書き留めたものとご一緒に」


「そうね。ここにしましょう。一度も使ったことのない部屋で過ごしたいと言えば怪しまれないでしょ」


机だけでも三つあり、ペンや紙、便箋だけで棚が埋め尽くされている。


娘がどんなものを好きになっても大丈夫なように準備しているのだが、何かずれている。


「・・・お茶がはいりました」


「次は、ハーベルト・スヴェルスタンで良いかしら?」


「はい、お嬢様」


「エネミーを軍事否定主義に育てると、宰相子息のハーベルトが出てくるの。編入してきたときに、ヒロインは門で降ろされて待っていると盗賊に襲われそうになるのだけど、そこをハーベルトが持ち前の剣の腕で助ける」


「恋に落ちるにうってつけの展開ですね」


ゆっくりと話しているエネミーだがリカルドの話をするときより考え込む時間が長くなった。


「助けられて感激するヒロインだけど、素直に謝辞を受け取れない。それは父である宰相から剣の腕が出来損ないだとか、一族の恥だとか、いろいろと蔑まれて捻くれてしまった結果よ」


「宰相なりの激励なのでしょうが、捻くれてもおかしくないですね」


「そんな影を見抜いたヒロインは彼の心を溶かしていく。さぁもう一度頑張ろうと思うようになった矢先に、エネミーに二人は出会うの」


お茶を飲む速度が早く、ポットの中が空になった。


「そこで、エネミーは言うのよ。剣しか持つことのできない男とできそこないの赤き血を持つ平民の女はお似合いだ。あぁ、そこの騎士団見習いくずれのハーベルトは剣もまともに持てないのを忘れていた。お父上の心労にしかならないのに学院に通うのか。廃嫡にしていただいて平民になった方がいいのではとかだったわね」


「なるほど、で、お嬢様、第一王子のときとずいぶん熱が違いますが?」


「だって、一通りやっただけだもの。私は隠れ登場人物に会いたかったのよ」


「何だか照れますね」


「貴方じゃないわよ。続き話すわよ。ヒロインはハーベルトがお父上に認められないことで悩んでいるのを根気強く聞くの。エネミーの言葉で傷ついた心を癒していく。婚約者はヒロインにハーベルトに近づかないで欲しいと懇願する。でもヒロインは無視をしてハーベルトとの中を深めていく。ハーベルトが悩んでいるのは婚約者も知っていたけど宰相から何も助言しないようにと釘を刺されていたから黙って見守っていた。自分で気づかないといけないことだって言われてね」


「やはり分かりにくい愛だったのですね」


お茶の代わりに果実水を用意する。


「悩んでいたときは剣の訓練を真面目にしていたのだけど、ヒロインに悩みを相談するようになってからは訓練を休むようになったの。ヒロインは、貴方は強いのだから負けないとか言って休んでも大丈夫と思うようになった。婚約者は訓練に出るようにと助言するのだけど、悩んでいても支えてくれない婚約者が口出しするなと言われて、ついでのように婚約破棄を申し渡される」


「えらく適当な婚約破棄ですね」


「そのあとよ。婚約者はヒロインに呼び出されるの。婚約者の悩みにも気づかないくせに傍にいるのは不釣り合いだ。個人的に破棄を告げてもらっただけ感謝すべきだ。今すぐ罪を悔いて修道院にでも入ると良い。北の修道院に荷物を送ってあげるとか言ってたかしら」


はちみつを少し溶かした果実水を飲み干す。


「北の修道院ですか?」


「そうよ、何か問題でも?」


「お嬢様の言うゲームの世界がそうとは限りませんが、北の修道院は婚約者がいながら婚約者以外の者の子を宿した方が罰として入れられる所です」


「何ですって」


「婚姻したあとなら愛妾を持つことができます。愛妾の子を産むのも産ませるのも自由です。婚姻前に婚約者以外の子を宿しても婚約者が容認すれば罪にはなりません。北の修道院は婚約者側に許されない子を宿した女性を送り込む場所になります」


「ものすごく腹が立つのだけど、でも明確な表現はなかったけど、北の修道院に入るということは女性には不名誉なことだっていうことだったわ」


「それでは間違いないでしょうね」


女性だけが虐げられている状況に腹を立てているのだろう。


それか北の修道院という場所に送り込もうとするヒロインの行動だろうか。


「そんなことを言われながらも婚約者はハーベルトの一時的な気の迷いだと思い、待つことにしたの。でも北の修道院に送られるという噂だけが一人歩きして婚約者を苦しめた。何度もヒロインは感情的に言っただけでそんな事実は無いと弁明したけど、ハーベルトが悩んでいるときに傍にいたのは編入したばかりのヒロインで、初対面の人間ですら気づくことを婚約者は無視をしたことも責められて、そんな人を庇うヒロインの優しさが広まってしまうの」


「優しさではないと思いますけどね」


「もちろんヒロインのことを優しいとだけ評価されたわけじゃないわ。むしろ婚約者のいるハーベルトに近付いたことを根に持つ令嬢の方が多いもの。だから感情的であってもヒロインの言葉は許されなくて、男爵家が上の家の令嬢に文句を言ったのですもの。物を隠されたり移動教室の場所を間違って教えられたりしたのよ。それでも些細な方だわ。それをヒロインはハーベルトに伝えるの。涙ながらにね」


「あまり良い判断だとは思えませんね」


「その嫌がらせが婚約者の指示だとされて噂が広がるの。隠れてこそこそしていた人はヒロインに嫌がらせをすれば全て婚約者のせいになると思って、些細なものだったのが、一気に過激になるの。物は全て破壊され、制服は切られて、水を掛けられたりしたのよ。婚約者は気づいて止めようとしたけど、裏で指示して実行させておいて今更止めるなんてできないから最後まですると言われてしまうの」


新しい紙を用意すると、続きを書き留める。


最初は気合が入っていないが、話しているうちに思い出してきたのだろう。


だんだんと熱が入ってくる。


「このままだとヒロインが大変なことになるし、婚約者自身も実家から叱られてしまう。だから、婚約者は自分の父にハーベルトからの申し出を伝えたわ。それで学院で起きていることも。ハーベルトの家に事実確認をすると、ハーベルトの名前で、婚約破棄と学院でのことは全て婚約者が扇動したことで、さらに、ハーベルト以外の男と通じ子を宿している。そんな女性と婚姻することはできないから婚約破棄をしたいという旨をしたためたものが届けられた。同時にハーベルトの父から婚約破棄はこちらからはしないが、北の修道院に入るに相応しい女性を嫁がせようとする貴家に失望するという内容の手紙が届いたわ」


「スヴェルスタン家では親子の会話は無いのですか?」


「それは私に言われても困るわ。無かったのではないかしら。だってヒロインに慰められたのだって父親の分かりにくい愛情のせいだもの」


「それもそうですね。話の腰を折りました。続けてください」


「婚約破棄の噂が学院で流れるようになってしまい婚約者は実家でほとぼりが冷めるまで待とうと思ったの。でも、そんなときに、婚約者がハーベルト以外と一夜をともにしたという人物の名前が学院で噂になった。これが事実無根なら問題なかったのだけど本当なの。婚約者の父が懇意にしている豪商の息子の相手をしたの」


「娘を交渉の手駒にすることは少なくありませんね。あまり褒められたものではありませんが」


「相手をしていた日が、ハーベルトが遠征に出征する日だった。いくらハーベルトが学院で懇意にしているのがヒロインでも公には連れて行けないもの。婚約者がもちろん呼ばれたわ。そう呼ばれたのよ」


「そのあたりの分別はまだついていたのですね」


「でも遠征に出征する時間が昼間だったら参加できなくても、夜だったのよ。婚約者のいる身分の者が夜に婚約者以外の人と会うなんてありえないわ。さらに婚約者が体調を崩していない限り見送るわ。でも見送らなかった。その理由をハーベルトは噂の男が関係していると知ってしまったのよ。偶然に、ヒロインが世間話で従兄が婚約者に接待をしてもらったと言った。その従兄が豪商の息子だった」


「世間は狭いと申しますが、もう少し現実ばなれしておいて欲しいですね」


女性の立場は未婚なら父親に、婚姻すれば夫に、その身の振り方は決められてしまう。


今回の婚約者への責めは理不尽な結果とも言える。


「いくら嫌がらせに対しては潔白でも婚約者がハーベルト以外の男性と一夜をともにしたことは事実。身籠ってはいないから北の修道院に入れる必要は無いけど、疑いをかけられた娘に次の縁談がくるはずもないし、家としても居て欲しくない。宰相に睨まれたくないから北の修道院に送りたい。でも送ると外聞が悪い。そうしているうちにヒロインがハーベルトの子を身籠るの」


「このとき婚約者以外の女性を相手にしても男性を入れる修道院はないのですよね」


「えらく哲学的なことを言うのね。まぁ私も同じことを思うけど。それで宰相はヒロインを修道院に送る手続きを取るの。でも送られるのは身代わりにされる婚約者よ。身分も名前も奪われて修道院に送られるの。ヒロインは成り代わってハーベルトと婚姻するの」


「あまり幸せな結末ではない気がしますし、こじつけ感が否めないと言いますか」


「選ぶ人によって幸せにもなるし不幸せにもなるのよ。全部幸せな結末なんて現実じゃありえないでしょ?」


「それでもゲームなら全て幸せでよかったのでは?」


「それは私も思ったわ。でも悪いことがあれば同じだけの良いことがある。今回のヒロインはむしろ言いがかりをつけて婚約者の地位を奪ったのよ。嫌がらせだって、階段から落ちるほどの怪我もしていないわ」


「つまり行動に見合った結末を迎えたということですね」


「そういうことね。幸せな結末を迎えるためにゲームをするのに後味の悪いことになるのだもの。あまり気合は入らないわ。途中で思い出したのと腹が立ったので話してしまったけど」


果実水も飲み終わり、ちょうどお菓子の時間になる。


時間になったからといって甘いものは何一つ出てこない。


酸味のきいた果物を少し食べる程度だ。


他の貴族の家ならホールのケーキやアフタヌーンティーを楽しんだりするが、大公家当主の間違った愛し方により好みが分かれる果物が出される。


「今日も酸っぱい果物だけなのね」


「旦那様が執務室に仕事を持ち帰られましたからね」


「果物を数切れ食べるためにテラスにするのは問題だと思うわ」


テラスは執務室から見下ろす位置にあり、エネミーが果物を食べていることを確認できる。


以前、テラスではなく本を読みながら食べていると隠れてお菓子を食べているのではないかと疑い確認しに来たことがある。


それからというもの雨でない限りはテラスで食べることにしている。


母親がいないことで寂しい思いをしないようにと執務室に仕事を持ち帰るが、そのためのエネミーの負担は計り知れない。


「ローディ、私はお父様の言いなりで嫁ぐことになるかしら?」


「それは無いと断言できるかと。ベルガモーラ様は王が平民の女性を見初めたから嫁ぐことになりました。望まぬ婚姻はベルガモーラ様の本意ではございません」


「やけに詳しいじゃない」


「ベルガモーラ様から直接お聞きする機会がございました。それとお嬢様の従者となるなら全てにおいてお嬢様を優先し、大公家当主ひいては夫人は切り捨てる覚悟を持つようにと厳命されています」


「叔母様に?」


「はい、お嬢様のお父様は愛し方を拗らせていますし、お母様は屋敷にいませんからね。侍女や執事は使用人という立場から踏み込めません。その点、従者なら主人に付き従う者としてお嬢様だけに付き従うことができます。使用人は家に仕えますから個人の事情に関与はできません」


「叔母様が私のことを考えてくださっていたなんて、後継者にすることしか考えていないのだと思っていたわ」


「それがほとんどの理由を占めているような気はいたします。お嬢様が剣を振るうことを黙認できるのは俺だけでしょうから」


テラスで酸っぱいだけの果物を食べると、苦いだけのお茶を飲んでティータイムを終える。


苦いお茶は若い女性に良いとされるお茶なのだが、エネミーが飲むには若すぎる。


「感激して損をした気分だわ。ローディ、それでハーベルトはゲームの通りになりそうなの?」


「考えにくいですね。お嬢様を除いて、ベルガモーラ様が直々に手ほどきをしたいほどの才能だと言っていますから出来損ないと言われて拗らすようにはならないと思われます」


「それでも大きくなったら分からないじゃない」


「まぁそうですが、宰相が自分の息子を蔑むということはベルガモーラ様の評価を否定することになります。戦慄の戦女神の言葉を否定できる猛者はいないかと」


「なら拗らせてヒロインに付け入る隙は与えなさそうね」


手紙を書くためだけの部屋に戻る。


部屋から出ている間にたっぷりのお茶と果実水が用意されている。


「問題は、婚約者がハーベルト以外の男性と共にしてしまうことよ」


「これはヒロインが伝えなければ耳に入ることはありませんし、遠征の日に婚約者もしくは伴侶の見送りは必須と勅命を出しておけば回避できるのでは?」


「そうね、そうしましょう。叔母様が遠征から戻られたらお伝えするわ」


「そのときは、母代わりでもある叔母様の勇姿を見送りたいと一緒にお伝えください」


「分かったわ」


砂糖ポッドの蓋を開けると、こぶりなクッキーが入っていた。


お菓子を禁止され、おやつに酸っぱい果物と苦いお茶を毎日食べているエネミーへの心遣いだ。


「お父様に知れたら大変よ。時々、ビンやポッドを開けては確認しているのだから」


「旦那様が確認できるようなところに元より置いてはおりませんよ」


「遠慮なくいただきましょ」


「これでハーベルト様の話は終わりですね」


「そうね、話としては終わりだけど後日談があるのよ。成り代わったヒロインは子宝に恵まれて幸せに過ごすのだけど、同時に夫となったハーベルトの女癖の悪さに手を焼くの。遠征先で色々な女性に声をかけて愛妾にしてしまうの。庶子もろとも北の修道院に送ろうとするのだけど愛妾を修道院に入れた貴族はいないということで断念する。家庭を顧みないから子育てだけで生涯を終える感じかしら」


「子宝に恵まれたのは幸せな結末でしょうけど、女性問題があるのは成り代わった意味が無いですね」


「それだけじゃないわ。北の修道院に行った婚約者がそこに視察に来た遠国の王に見初められて側室になるの。最後に幸せな二人の姿で終わるのよ」


「もともとヒロインが身分違いの恋をして幸せを掴むのが目的だった気がするのですが」


「だと言われても、恋愛をして婚姻するまでを楽しむのよ。そのあと幸せになろうが不幸せになろうが関係ないからだと思うけど」


「妙に現実ばなれしているかと思えば現実味を帯びた話になったりしますね」


「そういうものだと思って気にも留めなかったわ」


ポッドの中のクッキーを消費していく。


空にしておけば何とでも言い訳がきく。


「そう言えば、第一王子の後日談はありませんでしたね」


「あるにはあるけど、これは最後よ。私の好きに話すから質問されても答えないわ」


「そうですか、残念です。ではこの質問はどうでしょう?ゲームの中のベルガモーラ様やお嬢様は剣をやはり嗜んでいらっしゃるのですか?」


「やはりって何よ、やはりって。嗜むとかお上品に言ってるけど、顔が笑ってるし」


「し、失礼いたしました」


「腹立つわね。嗜んでないわよ。手に持つのは扇くらいよ。剣なんて重いもの持ってないわよ。カトラリーより重いものは持たない生活をしているのだから」


「それを聞いて安心いたしました。あるべき姿の淑女にお育ちになられて」


「私がまるで淑女ではない言い方ね」


「感情を素直に出されている内は淑女には程遠いかと。笑顔の下に全ての感情を隠して相手をやり込めるのが淑女の正しき姿かと思います」


「笑顔の下というのは納得できるけど、最後のは違うと思うわ」


「そうでしょうか?ベルガモーラ様は笑顔でやり込めていらっしゃいますが?」


「何でもかんでも叔母様を基準にしないでちょうだい。私の淑女としての理想が揺らいでしまうでしょう」


ベルガモーラは尊敬できる。


でも淑女の姿の手本となれば違うと思う。


淑女の見本なら平民出身ながら完璧なマナーを見せる王妃の方だ。


今では王の慧眼として褒め称えられている。


「では、次の騎士団長子息・ラルフシェン・カートフンをお願いします」


「そうね、そうするわ」


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