リカルドルート
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう、ローディ」
「よく眠れましたか?」
「えぇ、しっかり眠らないと叔母様の稽古についていけないもの。それで、お父様はお戻りかしら?」
食事を摂るためだけのドレスに着替えるとエネミーは尋ねた。
「お嬢様がおやすみになってからお戻りになりました。朝食は共に摂りたいと仰せでした」
「そう、気が重いわ」
「料理長から本日の朝食は冷めない内に召し上がっていただきたいとのことでした」
「いつも料理長の配慮には頭が上がらないわ」
「俺もそう思います」
朝食はできる限り共にという父親だが、その配慮も間違っている。
登城する時間が早い大公家当主は、そのためにエネミーの起床時刻を日の出と共にしている。
大抵の貴族は、父親は先に食べ、あとで母親と子供たちが食べる。
一緒に朝食を摂るという習慣がそもそも無いのだ。
それを無理して合わせるのだから、それもエネミーの方からだ。
配慮の仕方を間違っているとしか言いようがない。
「お父様、おはようございます」
「おはよう、エネミー。今日は、妹の稽古があるというが、どういったことをするのだ?」
「旦那様、朝食を配膳させていただきます。お話しは召し上がっていただいたのちにお願いいたします」
執事長が当主の言葉を遮って、料理を運ばせる。
エネミーがベルガモーラの元に行く日は毎回、この問いかけがある。
料理も決まっていて冷めると萎んで美味しくないものが出される。
今日はスフレケーキだ。
エネミーは特別スフレケーキが好きというわけではないが、好きということにしておけば、娘に甘い当主が朝食に出すように料理長に指示をする。
他にも冷めると食べられなくないが、美味しくないものを好物にしている。
それをローテーションにして料理長は準備している。
そして何故か、大公家当主はお菓子やケーキ類は屋敷で出すことを禁止している。
それは、お土産で買って帰って喜ぶ姿が見たいからだ。
だが、深夜に寝ているところを起こされて、甘い菓子を貰って喜ぶ子どもはなかなかいない。
喜ばないのは、好みの菓子じゃないからだと考え、あの手この手を模索中だ。
何故そうなるというのが、使用人一同の見解だ。
「旦那様、そろそろ出発のお時間です」
「何?まだ良いだろう。エネミーから話を聞いていない」
「ですが、お時間です」
「明日より料理をもっと早く出すように料理長に伝えよ」
「かしこまりました」
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、お父様」
当主が居なくなった食堂で、エネミーは食後の果物を食べていた。
使用人たちも心なしか安堵しているように見えた。
「料理長には面倒なことをお願いしてしまったわね」
「お嬢様のそのお言葉で報われることと存じます」
「執事長のあなたにもね。お父様から質問攻めにならないように時間管理をお願いしているのだもの」
「勿体なきお言葉です」
テーブルに食事が残っているときは私語をしてはいけないというルールで、言葉を発することができないように料理を準備しているのが料理長だ。
遅刻寸前で席を立つように配膳しているのが執事長だ。
エネミーに食事のペースをこっそり教えているのが、マナー教育係の侍女だ。
「ローディ、叔母様のところに行くには、何時出発したら良いのかしら?」
「三時間ほど眠ることが出来ると思います」
「そう、少し寝るわ。ローディ準備してちょうだい」
「かしこまりました」
そして、昼寝をするための部屋に向かう。
本当に寝るためではないが、寝ると言えば侍女たちは時間まで近づかない。
「昨日の続きで良いかしら?」
「寝なくて大丈夫ですか?」
「行きの馬車で寝るわ」
「もし、ベルガモーラ様に何か言われましたら日の出時刻に起こされて、どんな稽古をするのか質問されたことにしましょう」
「そうね、間違っていないわ」
昨日と同じように紙とペンを用意して書き留める。
「エネミーを恋のお相手用に育成したあと、学院への編入から始まるわ。最終学年への編入だけど、別の学園で主席だったから問題ないと判断されて貴族の養子になって学院へ登院する。当日、御者の意地悪で、本当なら理事長が居る棟まで運ばれるはずが、門の前で降ろされてしまう。そこでなかなかやって来ない編入生を心配した恋のお相手が迎えに来るの。ここでエネミーがどの思想に育成されたかが分かるの。第一王子リカルドから話すわね」
「いくら物語の中とはいえ、敬称をお付けになってください」
「リカルド様」
「結構でございます」
「リカルド様が迎えに行って、そこで丁重なおもてなしを受ける。それに感銘を受けたヒロインはリカルドに恋をする。でも婚約者が居るし、貴族の養子になったとは言え平民の出身であることには変わりない。学院に居る間だけの淡い恋と諦めていたとき、エネミーに出会うのよ。そしてエネミーから、・・・・・エネミーにも敬称は要るのかしら?」
「・・・全員に無くても構いません」
「よろしくってよ。そう、エネミーからリカルドに案内をされたことに思い上がるな。リカルドはわたしの婚約者で、王族、貴族の養子になったからと言って平民が馴れ馴れしく近づくな。所詮、赤き血を持つ者に、我ら青き血を持つ者の真似など出来はしないから家に帰った方が良い。養子に、と迎え入れた貴族は哀れな平民に施しをしただけ。富める者が貧しき者にパンをやるのは当然のこと。とか言ったかしら?」
エネミーの言葉を全て書き留めたあとに、一度ペンを置いた。
「ずいぶんと覚えていらっしゃるのですね」
「ゲームは何度でも出来るもの。それにわたしは、隠れ登場人物との恋がしたかったのよ」
「それと覚えていることに何の関係が?」
「あとで話すわ。それより続きよ。ペンを持ちなさい」
「お願いします」
「ヒロインは、エネミーの言葉に怒りを覚え、リカルドは心優しき人で、そんな人が婚約者だなんて認めない。とか言うのよ。ヒロインの勘違いで婚約者じゃないと否定しても駄目で、最後には従姉でも結婚は出来るから間違っていないって言い出すの。エネミーは婚約者かどうかは直接本人に確認すればいいって突き放す。これで、ヒロインとエネミーの出会いは終わりよ」
「ヒロインはずいぶんと思い込みが激しいのですね」
「そうね、リカルドにも婚約者のことで悩んでいるはず、とか。次期王の重圧で大変のはず、とか。思ったことを話すのよ。そして、リカルドも自分はそう思って悩んで、苦しんでいたのだと結論を出して、本当の婚約者ユーリシアが自分を理解しないことで苦しんでいるのだと思った。ゲームでも四歳の差はあるから学院に居ないから毎日どんなことで悩んでいるか助けることはできないし、むしろ年上のリカルドがしないといけないんだけど、ヒロインからは手紙の一通も送られないのはおかしい、とか。王妃になる気構えが足りない、とか。リカルドに甘えて何もしていない、とか。公爵家の地位で誤魔化しているけど、頭が悪いからリカルドと一緒に学院に通えていない、とか。・・・よ」
全部を書き留めてから誤字が無いか確認をする。
誤字があれば簡単に訂正しておく。
清書はエネミーが稽古をしている間に十分出来るから後回しだ。
まずは話を進めることが先決だ。
「都合のいい捉え方をするヒロインですね。第一王子もですが」
「誰だって耳あたりの良い言葉を好むわ。まぁこれでリカルドはヒロインに恋に落ちていき、婚約者ユーリシアをぞんざいに扱うのよ」
「ですが、ユーリシア様は学院に居ませんよ。どうやって嫌がらせをするのですか?」
「それがね、リカルドに会いたくて学院に何度か遊びに来るのよ。学院もユーリシアは公爵令嬢で、あと四年もすれば学院に来るし、もともと教育係が教えているもの。公には婚約者だから自由に学院内を歩けるの」
「貴族の権力が生かされていますね」
「ヒロインが来るまでは、ユーリシアをそれなりに大切にしていたし、食事を仲良く摂っていたのが、来てからユーリシアはリカルドに全く逢えなくなってしまったの。逢えても中庭で仲良く談笑している姿だったり食事をしていたり、次の教室へのエスコートだったりと、とにかくリカルドの隣にヒロインを見つけるようになってしまう。ユーリシアはリカルドに自分と一緒に食事をしたり、庭園で花を見たり、話をして欲しいことを伝えるけど、学院を卒業したら王としての教育が始まるから好きにさせろ、と言われてしまうの。それでもユーリシアはリカルドにお願いし続ける。それをヒロインは周りに幼い婚約者の子守まで押し付けられて心労が増えているって噂を流すの。その噂に気づいたユーリシアはヒ
ロインに婚約者のいる男性に近づくのはマナー違反だから止めて欲しい。だけど聞き入れて貰えなくて、つい感情的になって持っていた扇を投げつけてしまう。それを避けようとしたヒロインは足を滑らせて階段から落ちてしまう。そこをリカルドに見られてユーリシアはヒロインを突き落としたことになり、断罪されてしまうの。広場でギロチンよ、一緒にエネミーも。・・・一気に話してしまったわ」
「俺も一気に書いて手が疲れました。感情移入していませんでした?ユーリシア様に」
「するわよ、健気だもの。好きな人に冷たくされても好きだと言い続けるなんて、健気と言うべきして何と言うのよ」
「健気・・・お嬢様に一番縁遠い言葉ですね。この間、屋敷に遊びに来た一歳のユーリシア様と重ねていません?」
ようやく歩き出したユーリシアが顔見せを兼ねて遊びに来た。
笑いながらエネミーに抱っこをねだるユーリシアに骨抜きにされている。
ゲームとは別人だと頭では思いながらも、とことこと歩くユーリシアが離れない。
その分、ユーリシアが悲劇のヒロインめいた語り方になったのは否めない。
「・・・重ねて何が悪いの」
「開き直りましたね、お嬢様」
「よちよち歩いてニコッと笑っているのを見て愛さない人が居たら悪魔よ」
「それは、誰のことを言っていますか?」
「あなたよ、ローディ、あの天使の微笑みを見て愛さないなんて人じゃないわ」
「可愛いなぁとは思いましたけど、愛せるかと問われれば難しいと答えますね」
「何てことを」
「自分の仕える主家の子ども以外の、それも異性の子どもを愛していますと言えば問題と言えば問題になるような気もしないでもないと考えているのですが」
「ローディにしては歯切れの悪い言い回しだけど、言いたいことは分かったから良いわ。わたしの問いかけがまずかったようね」
「ご配慮いただきありがとうございます」
成人男性が婚約者でもない年下の子どもに愛を囁けば、幼児趣味と捉えかねない。
父娘ほど年の離れた夫婦も居るが、余計な波風は立てないに限る。
「このあとは、ヒロインがリカルドと婚姻式をして仲良く過ごしましたで終わりよ」
「途中までは小さな嫉妬程度なのが、最後の階段突き落としで処刑が決まるということですか」
「えぇ、それでも公爵家が男爵家を害したでは厳重注意で終わるくらいなのだけど、学院内で幼い婚約者の子守の心労をヒロインが癒していたという証言とヒロインが学業でもリカルドと並ぶほどの頭脳の持ち主で、学院に居ない婚約者と違い、これから王となるための教育に向けての支えになっていたという取り巻きたちの言葉に多くの貴族が同調したというところかしら。もちろん、王家は婚約破棄も処刑も最初は認めなかったけど、平民王妃の子どもということで肩身の狭い思いをさせたことと王は重責が大きいから愛する人と結ばれて欲しいという王と王妃の思いから許してしまうのよね」
「私情だらけの断罪という訳ですか」
「ゲームなんだから主人公の私情だけで話は進むものよ。お芝居と一緒よ」
「芝居の方がもう少し現実味を重視していますよ」
「そうなの?今度見に連れていって」
「五歳のご令嬢を連れていけませんので、大人になられましたら、そろそろ出発のお時間になりますよ。ベルガモーラ様をお待たせするわけには参りませんから」
書き留めた紙とペンを片付けて、着替えるためだけの部屋に向かう。
「お父様って無駄なことがお好きなのね」
「愛し方が分からないのではないかと推測されます」
「そうかしら?お祖父様もお祖母様も人任せにしないでご自身たちでお父様と叔母様を育てたと聞いたわ」
「基本は家にいる母親が子どもの教育をして、父親は一日の報告を聞くという流れが多いですからね。ご隠居様も夜に奥の方様から話を聞いていましたよ」
「つまりは、お父様は夜に話を聞くのが父親の愛し方で、朝食事を共にするのが母親の愛し方で、二人分の愛をわたしに向けているつもりなのね」
「つもりでは旦那様があまりに不憫ですが、何とも言い難いですね」
着替えの部屋の前では侍女が待機しており、ドレスを持って準備をしていた。
この侍女たちもエネミーがマナー講習を受けるためと思っている。
「いつものようにしてちょうだい、叔母様は稽古中に髪が乱れることを許してくださらないから」
「かしこまりました」
髪が乱れることをベルガモーラは頓着しない。
ただ剣を振っていると髪が邪魔になるから乱れないように結っているだけだ。
化粧は汗で崩れるからしない。
もちろん、マナー講習ではない。
「ローディ、準備が出来たわ、馬車を用意して」
「お嬢様、こちらでございます」
玄関には馬車が横付けされている。
中はクッションがたくさんあり、乗り心地も最高級のものだ。
エネミーとローディだけ乗り込んで、馬車は軽快に走る。
「城に着くまで眠るわ」
「かしこまりました」