第58話 『潮風』の災難
翌朝、陽の昇る前から中庭の井戸の近くで、朝の訓練をしていた。
うっすらと辺りが明るくなり始めるころ、そろそろ切り上げようかと思っていたとき、
「キャー! 寝過ごしちゃったあ!!」
2階の窓がバン! と空いたと思ったら、アンナが顔だした。
「もう陽が昇ってる~! 父さ~ん! 起きて~」
悲鳴にも似た声が聞こえてきて、慌ただしく宿『潮風』の一日が、始まったようだ。
朝食を食べに食堂に行くと、そこにはすでに机に突っ伏して、バテているアンナが椅子に座っていた。
「おはようございます」
俺が挨拶をすると
「おはよ~うございま~す」
器用に顔だけこっちに向けて返事をしてくる。
「今日は忙しかったみたいですね」
「ええ、でもアズマの素振りの音がなかったら、完全に間に合ってなかった」
「そうなんですか・・・。朝食お願いできますか?」
彼女が突っ伏している机の向かいに座った。
「今日はずいぶん遅いじゃない」
「忙しそうなので、空気読んで時間ずらしました」
「そう? ありがとう」
「今日から、5日くらい留守にしますんで」
「え? どこか行くつもりなの?」
がばっと起き上がって、顔を近づけてきた。
「迷宮に入ろうかと思っています」
「そう、ついに入るのね。 ちゃんと準備したんでしょ? 他の人に迷惑かけないようにね」
「はい、ありがとうございます」
俺のお礼の言葉を聞きながら、厨房の方に入っていった。
『サフィリアの迷宮』3層目あたりでは、まだまだライバルが多い。
このぬかるんだエリアには、大きなスライムが出てくる。普通のゲームならば、一番弱いと決まっているものだが、切っても刺しても手ごたえが少なく、何度も切りつけることで体を構成する部分を減らしていき、中のコアを破壊するという、聞いてはいたが決して簡単な敵ではなかった。
4層目からは1~2層目と変わらず、鉱山の坑道の様な作りになっている、
光の少ないこの迷宮は、先に進むのにかなりの神経を使う。
音、臭い、空気、そのすべてに集中して、相手よりも先に行動することが、何よりも大切だと教わった。
3日目に入ったころ、6層目を探索していた。
このエリアも坑道の様なつくりになっていて、出てくる敵は亀が多かった。
「やっぱり堅いなあ・・・」
ぼやきながらも亀がでてくることは、初めからわかっていたので予備の武器は短槍を選んでいた。 甲羅の中に頭を引っ込められたら、倒すのに時間がかかるからだ。
甲羅のデカいの、やたらに尻尾の長いの、頭が2つあるもの。
まだ浅い階層だから、そんなに多くはなかった。
10層目に入った所までで切り上げ、5日目の夕方ごろに迷宮をでた。
胡椒を使っての脱出は何度やっても慣れない。
だいぶ西に傾いた太陽は、眩しさと心地よさを残して沈んでいった。
迷宮前のギルド支所にて、魔石の換金にモンスターの討伐報酬を受け取り、ルイジさんの夕食に期待して『潮風』に戻ってきた。
しかし食堂には明かりが灯っておらず、厨房にだけ人の気配があった。
中にはルイジさん一人がいて、ずいぶん暗い雰囲気だ。
「あれ? 今日は食堂お休みですか?」
彼の大きな背中に声をかけて、振り返ってルイジさんは今にも死にそうな顔で言った。
「アズマくん!?」
「どうしたんです? なにかありました?」
「アンナが昨日から帰ってないんだ」
「え!?」
「昨日の昼前に買い出しにいったっきり、戻ってきてない。深夜にギルドに捜索依頼をだしたんだが、まだなんの連絡もないんだよ。 あのアンナが家出するわけない!! きっと誰かにさらわれたんだ!!」
「とりあえず、荷物置いて俺もギルドに向かいますね」
「ああ・・・。 ダントさんも探してくれているみたいだが・・・」
「わかりました」と急いでギルドに向かう。 ランクAのダントさんが受けていて見つかってないなんて、どっかに匿われているんだろうか?
ギルド内は夕方の多い時間をすぎ、その日の仕事終わりの一杯を楽しんでいるパーティーが何組か見られる程度の人数だ。
すぐに受付に行き、宿『潮風』のアンナ捜索依頼を受ける旨を伝えると、先にダントさんと数組のパーティーが受けていることを聞かされ、その免責事項の説明を始めるお姉さんの話を遮り、依頼書にサインした。
まずは、ダントさんと合流してみることにする。
受付のお姉さんに聞いてみると、ダントさんは街の西側わりとガラのわり地域を調べていると言う。
急いでその方面に向かう。
西の方面にある酒場を回って、ダントさんを探していく。
2番目に入った酒場で、ふいに声をかけられた。
「お? 爆炎の弟子じゃあねえか?」
見るとムッキムキの男三人組が小さいテーブルに寄り合って、エールをあおっていた。
「あ! オーガキラー3兄弟さん!」
「おう! この前はすまなかったな。 その慌てぶり、例の宿屋の姉ちゃんの一件か?」
以外にも彼らの方から声をかけてきてくれた。
「そうなんです、さっきまで迷宮に入ってて、今その事件のことを知ったんです」
「おう! 俺たちもダントさんに言われて、気にかけてはいたんだけどよ。 目撃情報が少なくてな」
「そうですが。 ところでダントさんは知りませんか? とりあえず合流して話を聞こうと思って」
「ダントさんなら、『潮風』に戻るってっさき出てったとこだ」
「そうなんですか!? じゃあ、俺も戻ります。 ありがとうございました」
「おう! なんかあったらギルド通して連絡入れるわ」
ガラが悪いといってもランクDの冒険者、いざとなったら頼りになる人たちみたいだ。
☆ ☆ ☆
大きな建物の地下室、手足を縛られ猿轡をされた金髪の少女が横たわるその部屋に、怒号が響いている。
「ロデオ!! お前は、本当にバカだな! なんてことしてくれるんだ?! 誘拐だと!」
「あ・・・。 アニキは悪くねえだよ。 俺がさらってきただ! 金が貰えなくなったから、こいつ売ればまた増えると思って」
「ムッチ! すまない、マヌエルさん。 俺が帰ってきたらもうムッチがここに連れてきていたんだ」
「おい! さらってきちまったら、もう犯罪だ。 バレれば、しょっ引かれてこの街では商売できねえ。
お前らには口酸っぱく言ってきたよな!? 犯罪ギリギリのところの一番おいしいラインの仕事をしろと。
この娘には顔を見られた。 このまま返すわけにもいかん。 処分しろ」
マヌエルはそういうと呼び鈴をならし、人を呼んだ。
その大男はくぐる様に地下室に入ってきた。
全身を鋼の様に鍛え、背には自分の身長ほどもある大剣を背負っている。
長年マヌエルのボディーガードを務めるロドリゴはマヌエルに目配せすると、腰の短剣を抜いた。
「ロドリゴ、まずはそこの無能だ」
マヌエルはうなだれている、ムッチを指さした。
「まってくれ! まってくれ、マヌエルさん!! ムッチと俺は本当の兄弟の様に育ってきた。 今回の失敗は俺からきつく言っとくから、なんとか見逃してほしい」
「おい! ロデオ! お前ら、どれだけ儂に危ない橋を渡らせているのか気づいてないのか?
この無能は真っ昼間の繁華街から、この娘を誘拐してきて、儂の家にそのまま入れたんだ。 目撃者がいたらどうなると思う?」
「お・・・、俺、裏道使っただ! みんな知らない裏道!」
「そうだ! そうだよ、マヌエルさん。 ムッチはこう見えても裏道には詳しいんだ。 いくらムッチとはいえ、大通りから真っすぐこの家に入ってくる様なことしねえよ」
マヌエルはロデオの襟をつかみ、ドスの聞いた声で言う
「儂はこれまで危ない道を何度も通ってきた。 その度に生き残ってきた。 なぜだと思う?
それはだな、危ないと思ったら徹底的に切り捨ててきたからだ。
今がその時だ。
ムッチを殺し、娘も殺す。 それで浜辺にでも捨てておけば痴情のもつれか、または
借金の返済を苦にムッチを殺して、娘も自殺。 まあそんなところの物語におちつくもんだ。
だがこれが娘だけだと話が違う、お前にも捜査の手が回るだろう。もちろん儂にもな」
ロドリゴはゆっくりとムッチを壁際に追い詰めていく。
「あ・・・。 アニキ・・・」
短剣の刃先も持ち、ゆっくりとムッチの首に当てる。
「まってくれ、ロドリゴ! 頼む! マヌエルさん」
ロデオはロドリゴの腕をつかみムッチから、引きはがそうとする。
ロドリゴはムッチとロデオ2人の抵抗を何も感じていないかのように、ゆっくりと力を込めていき、短剣が徐々にムッチの首に食い込んでいく。
タイミング悪く目の覚めたアンナは、ゆっくりと行われている処刑にすぐに大きな悲鳴を上げる。
「んんん~~!! ん~~!!!」
もちろん猿轡が聞いてるため声にならないしここは地下室、いくら声をあげたところで外に聞こえるのは不可能だろう。
「んほおお。 なかなかいい余興じゃないか。 ロデオも楽しめ」
顔中の肉を上下させながら気持ち悪く笑う、マヌエルにロデオは懇願した。
「頼む、頼むよ」
その願いも空しく、ロドリゴは力を込めていく。
「アニキ!! ア・・・ア・・・アニキ!??」
ドッサ!!
ムッチの体は膝から床に倒れこんだ。
「ムッチ!」
ロドリゴはゆっくりと広がっていく赤い染みを、ただ眺めているしかできなかった。
「ん~~~!」
アンナの声は叫びから悲鳴に、そして嗚咽にと変わっていた。
まだ血の滴り落ちる短剣を手に、アンナに近づくロドリゴ。
アンナのいる床に、ゆっくりと赤くない染みが広がっていく。
それをみたマヌエルは醜く笑う。
「ひょほほほ! コイツ漏らしたぞ!」
恐怖に震えるアンナを前に、歓喜に震える肉塊。
ドカン!!
大きな音を立て、地下室の扉がぶち破られた。
「そこまでにしてもらおうか?」
眼帯をした、屈強な男がゆっくりと部屋に入ってきた。




