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第54話 宿屋「潮風」

新章突入です。

 私の名前はアンナ=ベルト、15歳になったばかり。

ガウリアス帝国の西の端、サーラント公国との近くにある浜辺の街サフィリアで宿屋をやってるわ。

やってるといっても、正式には父さんだけど。

父さんの名前はルイジ=ベルト。 身体は熊の様に大きいけど気はネズミみたいに小さいの。

母さんは私が10歳のころに病気で亡くなったわ。

ここ「潮風」の客室は20部屋ほどだけど2人でやるには、毎日結構大変なの。

だから母親ゆずりの金髪は短くして、朝身だしなみをパパっとできるようにして、前髪も母が使ってた髪留めで留めて仕事しやすくしてるわ。

 

その日は夏の始まりに降る、湿った生暖かい雨が朝からしとしとと降ってる日だった。

「おとーさん!  起きて!!  朝だよ!」

「お?   おう」

顔洗って髪に櫛を入れたあと、父さんを起こし朝食の下準備をして、起こすように頼まれていたお客さんを起こしてまわる。

父さんの料理はこの街でも結構有名で、朝食を摂らない人は少ないわ。

「アンナちゃん、いつも洗濯物悪いねえ」

「あ! ダントさん、いえいえ! サービスですから!  今日も雨みたいですから、出すときは籠にお願いしますね」

「おうよ」

うちの常連さんには、軽い洗濯はサービスでやってるの。

ダントさんはランクAで結構すごいらしいんだけど、いつもうちの宿を使ってくれてる人なの。


朝のお客さんがだいたい掃けたら、ちょっと休憩して父さんと朝ごはん。

といっても、スープに浸したパンを流し込むだけ。

だってこれからが今日の始まりですもの。

外からのランチのお客さんもくるし、チェックアウトした客室の清掃、洗濯、共有部分の掃除、備品の確認などなど。 ほんとに毎日大変。

同じ年頃の子と話すことなんて、買い出しに出たほんのちょっとの時間くらい。

でもね、冒険者さんたちの話してくれるのを聞いたり、酔っ払いにナンパ?されたり、それなりに楽しいの。

そんな毎日なんだけどね、今日だけは違ったわ。


雨が降ってたので、洗濯物を屋根のある中庭に干そうとカウンター近くを通った時、

「ちわー・・・。  集金です。  ルイジさーん」

「ちょっと!  お客さんがいるのに、ここで大声出さないでください!!」

また来たわ。  借金取りよ。

「出すも出さねえも、払ってくれればなにも問題ねーんだよ、なあ? 兄弟」

「へいアニキ!」

このひょろいやつが借金取りのロデオ、その金魚のフンがムッチ。

週一で来ては嫌がらせしていく奴らなの。

父さんが奥からでてきた。

「す・・・すまない。 まだお金はないんだ」

「ないんだじゃねーだろ?  先週約束したよな?  今日までに2千メセタってよ」

「しかし・・・」

はっきり言えば、2千メセタが払えないわけじゃないのでも。

「先週も2千払ったじゃないの!」

「あん?  嬢ちゃん!?  子供は大人のことに口出すんじゃねーよ!」

ロデオは私の身体を、下から上に舐めるように見ている。

「ルイジさんよう・・・。 この嬢ちゃんいい具合に熟れてきてるじゃねーか?」

「な!? 娘をその汚い目でみるな!」

「おいおい!  ムッチ!  俺の目が汚いだとよ?」

「おい!  アニキをバカにするのか?」

「ルイジさんよう?  なんなら貸し付けた5万メセタ、今すぐここで払ってもらおうかねえ?」

「2・・・2千じゃなんかったのか・・・」

5万メセタ。  母さんが病気してその薬代や、宿を営業できなくなったりしたときに借りたものなの。

でもそのお金は全然減ってないどころか、毎週増えてるの。

「そりゃ利子の分だろうが?  さっき俺の目を汚いって言ったからよ!  その汚い目で今週は利子の分2千で勘弁してやろうと思ってたがよ、汚いって言われたら全額になるんだよ!

おいムッチ!」

ロデオはあごをしゃくって、ムッチに合図を送ってる。

「へいアニキ!」

「な・・・なによ?」

私を腰から抱き上げ肩にそのまま乗せられてしまった。

「きゅあー!!  ちょっと!  下ろしなさいよ!!」

「ア・・アンナ!!」

「悪いなあ、ルイジさんよ。  娘を売れば8万はかてーわ。 釣りは今度来たときに渡すからよ。 おい、ムッチ!」

「ヘイ!」

「きゃあ!!  父さん!!」



ロデオが後ろを向き宿から出ようとしたところで、入り口に人がいることに気付いたの。

その人は、雨に濡れてフードとマントはずぶ濡れで、足元は泥だらけ。

ちょっと頼りなさそうな華奢な体つきの人に見えた。

でも透き通るような低音の声に、思わず場が飲み込まれた気がしたの。

「すみません、利子も合わせて5万2千ですよね?  これでいいですか?」

彼はゆっくりとカウンターの方に来て、大きさの割に重そうな袋を置いた。

小降りになった雨の音と、濡れた道を走る馬車の音がひどく耳に残ってるわ。

「すみません、聞くつもりはなかったんですけど」

そういうと、フードを取った。

黒髪黒目で歳は私とあまり変わらないくらい、でもその話し方や目力は普通じゃない感じを受けたわ。


「なんだてめえは?」

そう言いながらも、ロデオは袋の中身を確認している。

「それに5万入ってます、それから2千ですよね?」

そういいながら、彼は銀色の100メセタ硬貨を胸からだした。

「お・・おう・・・。  ムッチ」

「・・・へい」

私はゆっくり下ろしてもらえた。

「それじゃルイジさん、ありがとよ」

「え・・・?」

ロデオが出て行こうとしたとき、少年がまた声をかけた。

「待ってください!  借用書を置いて行かないんですか?」

「おっと・・・。  へへへ(笑) 忘れてたぜ」

胸から借用書を出すと、少年はスッと取り上げそれ読んで

「火よ」

そう唱えると、借用書は彼の手の上で燃えて灰になっていった。

それを見ていたロデオたちは慌てて

「そ・・・それじゃあな!  またのご利用おねがいしまーーす」

「おねがいしまーーす」

転げるように、雨の中走っていったの。





お読みいただき、ありがとうございます。

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