第53話 爆炎との出会いまで
俺の身体すべてを飲み込み、視界が闇に包まれたときだった。
「ば・・・ばかな? おぬし何者だ? まさか幾百年待ちわびた者なのか?」
その言葉を放ったあと、蟻たちは俺の身体から離れ一定の距離を置いて止まっている。
暗い洞窟の奥にさっきのカナブンがいる。
そいつは俺をじっと見つめている。
ちょっとカジられたが、かすり傷程度だ。
「どうしたんだ? 殺さないのか?」
「おぬしの名を 申せ」
「アジラティ=メンフィスだ」
「それが おぬしの名か? 本当の名を申せ」
さわさわと蟻たちに動揺の波が起きる。
「俺はここで生まれてずっと、この名前だ」
「ここで?・・・ では ここではないところでの 名は?」
「・・・長谷川悠真だ」
「やはりか・・・ その言葉」
蟻たちはさっきの波よりも高い波を作っている。
「よもや待ち人が 我をここに封じた者どもの 末裔から出るとはな 因果なことだ」
「なんのことを言っている?」
「長谷川悠真よ 我が名はネロロム 意思を持たぬ者たちの精霊」
洞窟の奥からゆっくりと紫色の光の玉が、こっちに向かってくるのが分かった。
その玉は俺の胸にスッと吸い込まれた。
ネロロムは俺に、力の使い方を教えてくれた。
あいつはもともと、この世界の者ではなかったらしい。
だから元いた世界の言葉を使える俺を待っていた。
その理由は教えてはくれなかったが。
俺は力を手に入れた。
その昔、この島は虫たちの楽園だった。
それに目をつけた蜥蜴人たちはその食性から、この島を自分たちの『楽園』にすべく入植した。
蜥蜴人はネロロムの存在に気づき、その力を自分たちのものにしようと、この祠から出られないようにした。
しかし、ネロロムは呪いをかけた。
この島の虫たちを、蜥蜴人の前では繁殖しないように。
これで俺の生まれてからの疑問が一つ解けた。
なぜこいつらは虫を養殖しないのか?
という疑問だった。
しないんじゃなく、できなかったのだ。
島の男たちの多くは、狩りに出て忙しい。
ほとんど虫しか食べられないのに、自分たちで飼っていても増えないからだ。
仕方なく人族の国に属し、迷宮に冒険者を受け入れ収入を得ることにした。
ネロロムに呪いを解くように言うと、条件を出してきた。
それが島の迷宮を制覇しろというものだった。
『同じ世界』から来たものに力を与えると決め、何年も待っていたヤツは俺の実力を確かめたかったようだ。
「行くの?」
ピオンは不安そうな顔で俺を見る。
彼女は俺の幼馴染でデボアの妹でもある。
かなりの美人らしく、ファンも多い。
まあ俺にはトカゲの美人もブスもわからないんだが。
水は持った、食料は虫を召喚すればいい。 食うのはイヤだが背に腹は代えられぬ。
蜥蜴人は迷宮へ行きたがらない。 食料確保のほうが忙しいからな。
冒険者と商いをしている、女性の蜥蜴人の方が迷宮に詳しいだろう。
トカゲも見慣れてくると、かわいく思えるので困る。
今ではペットとして飼ってる奴の気持ちが良くわかる。
「ピオン、心配はいらない」
「でも、一人で行く必要はないんじゃないの?」
「ダゴマやデボアを危険な目にあわせられない」
「・・・本当にそれで虫の農場を作れるの?」
養殖場といっても伝わらないと思ったんで、農場を作ると言ってある。
「ああ、精霊が言うにはな。 おばば様にも話した通りだ。 みんなびっくりしてたじゃないか」
「うん、だけど・・・」
「農場を作る準備をしてる奴らを手伝ってやってくれ」
「うん」
土地の確保、柵、水などやることはいっぱいある。
ダルトサパーの迷宮に向かう。
蜥蜴人の祖先がたくさんいるそうだ。
冒険者たちの話では、奥には強力なのもいるらしい。
ファンタジーで定番の、ドラゴンなんてのもいるかもしれない。
人間に置き換えると、キングコングに戦いを挑みに行ってるようなもんか。
不思議と不安は感じない。 迷宮の温度高く、炎を使うモンスターも多いと聞くが、蜥蜴人には炎は効きにくい。
迷宮の入り口には、見張りがいるようだがスキを見て入る。
「おい!! あんた!!」
入ってしまえば、後は奥に向かうだけだ。
弱い!
出てくるのは、ほぼトカゲばかりだ。
大きいの、小さいの、頭が2つあるもの。
どれもが遅い。
「ははは!」
俺は圧倒的な自分の力に歓喜した。
途中の小部屋で、人族のパーティが苦戦しているモンスターたちを蹴散らした。
それからかなり進んだ通路の先に、大きな部屋に出た。
その部屋の奥、強いプレッシャーを感じる。
長い首を腹の上に乗せてくつろいでいる。
赤黒い色の鱗は、一枚一枚がつやがあり大きい。
ちょうどブラキオサウルスみたいな形で、あれに翼を付けた様なやつだ。
あの大きさで飛ぶのか? 見た瞬間に思ったことがそれだった。
そう思った瞬間、
「ギャアアアア!!!」
相手は威嚇してきた。
俺はもちろん岩陰に隠れていた。
どうやら、俺の来た方からヤツに向かって風が吹いていため臭いで発見されたようだ。
「っち」
発見されたなら、仕方ない。
ここまで見つけたモンスターは、全部片付けてきた。
2歩でトップスピードまで加速する。
奴は翼をはためかせ、首を後ろに引きブレスを吐いた。
が、すでに俺はその場所にはいない。
トップスピードのまま、前足に斬りつける。
ガ!!
「っち!!」
すこし傷がついた程度だ。 続けざまに、自分の頭ほどの高さにある奴の腹に突きを放つ。
1回、2回、3回!!
ガガガ!!
3回目を放ったところで、ヤツの顔がこっちを向きブレスを放つ。
ゴォォォ!!
「やべ」
躱しきったはずだったが、そのあまりの高温に左腕は火傷を負った。
おいおい!
まともに喰らったら、全身火傷だ。
その状態では、さすがにこの迷宮から出られないだろう。
ちりちりと痛む腕を気にしていたら、ヤツの尻尾が飛んできた。
ドガン!
槍で受けたものの、軽く不意を突かれた。
「ぐうう!!」
この巨体だ、その尻尾の一撃の重さに俺は・・・喜んだ。
「はは!!」
思わず笑いがこみ上げてきた。
死だ。
この隣合わせの事実に、俺は全力で答える。
トカゲの身体は、俺の思っている以上に動き、答える。
ブレスを警戒して、尻尾の方に移動する。
それを見たヤツは、尻尾で仕留めようと狙ってくる。
ガ! バン!! ギャン!! ドン!!
どの大人の蜥蜴人も、本気で相手はしてくれていないのが分かっていた。
そんな俺も、いつしか本気を出すことが馬鹿らしくなっていた。
今は違う。 このドラゴンは俺を本当に殺そうとしている。
この身体がどうなろうと、どうでもよかった。
こんな醜い身体から離れられるのなら死も喜んで受ける。 そういつも思っていた。
だがどうだ?
実際に死を前に戦ってみると、本気の殺しあいをしてみると。
トカゲの身体は、喜んでいた。
身体だけじゃない、俺自身も喜んでいる。
この突きはどうだ?
この払いはどうだ?
次は? その次は?
ビュン!! ガガ!!
何度となく、尻尾と切り結んでいるうちに、鱗が剥がれて飛び散っていったのが見えた。
シュウン!!
ボトン!
剥がれた場所を穂先で切り払い、尻尾を斬り落とした。
「ギャアアアア!!!」
痛みに鳴くドラゴンに向かって駆け出す。
トップスピードに乗り棒高跳びの様に槍を使い、ヤツの頭までジャンプし口の中に槍を突っ込んだ。
「グボオオオォォ!!」
槍が刺さったままブレスを吐くドラゴン。
俺はヤツの後頭部にまたがり、腰の予備の刃渡り40cmほどのナイフを眼球に差し込んだ。
「ガアウウアウアウウア!!!!!」
激しく頭を振り、俺を落とそうとする。
「ううおおおおお!!!」
ナイフを更に奥まで突き刺す。
ドオオォン!!
ドラゴンはその巨体を、地面に倒して絶命した。
危なかった。
予備のナイフがもう少し短かったら倒せてなかったかもな。
「ふう・・・」
一息ついた俺は、口の中に刺さったままの槍を引き抜いた。
刃先は元のままだが、そこから下は少し溶けて変形していた。
業物だったのにな。
シュン!!
「う!?」
急に背中に痛みが走った。
なんだ?
後ろを向くと、さっき助けた人族のパーティがいた。
「おいおいおい! 効いてないんじゃないのか?」
「そんなわけないだろう! 対ドラゴン用の毒なんだからよ」
な? 毒? この背中の?
刺さった矢を抜き去り、槍を構えて弓を構えているやつの方に向かう。
「なぜ俺に矢を?」
「おいい!!? 動いているぞ??」
「ひいい! やっぱりドラゴンを一人で倒すような奴だ。 バケモンだ!」
弓を持った奴が、もう一本矢を放とうと構えたところに槍を投げた。
ザン!
「いてええ!!」
槍は相手の首筋をかすっただけだった。
バタン!
俺の記憶はここで途切れている。
起きたとき廻りには誰もおらず、切り刻まれたドラゴンがあっただけだった。
毒の効いている、俺の身体をなんとか迷宮の外までもっていくのは本当に地獄だった。
来るときは瞬殺していたモンスターたちに囲まれ、何度も死を覚悟した。
しかし、獲物を横取りした人族を許せるわけない。
このまま死んでたまるか。
随分時間がかかって、迷宮を出た。
冒険者相手に、商売をしている蜥蜴人の女性たちが俺のことを村まで知らせてくれたらしく。
気付いたら、自分の家だった。
「ここは?」
隣にはピオンが、俺の顔を覗き込んでいた。
「ああ・・・。 おじさん、おばさん!! アジーが目を覚ましたよ!!」
ピオンは慌てて部屋から出て行った。
「おお!! 目を覚ましたか!!」
「ああ・・。 俺の家か」
「ああ! アジー!! 良かった! もう目を覚まさないのかと思っていた」
そう言うなり、俺に抱き着いてくるピオン。
正直うれしくない。
「あなた3年も目を覚まさなかったのよ!」
「え? 3年??」
それから頓挫していた虫の農場を軌道に乗せ、3年間寝込んでいた間に鈍った身体を鍛え直し。
毒に侵された身体を治癒するのに5年ほどかかった。
農場がきちんと機能し始めると、蜥蜴人は裕福になっていった。
迷宮を攻略し、金銭を得るもの。
そして、次第に別の種族との間にできる軋轢。
村々は団結しだして、この島から他の者を排除しようという動きが出てきた。
メロトニスとの連合をも破棄し、独立すべきだと立ち上がった。
俺はあの姑息な人族の国と連合なんて、必要ないと思うようになっていた。
身体の中の毒を出すのに、どれだけの時間と苦労をしたことか。
そんなことが簡単にできる奴らと一緒に、生活してなぞいけない。
その話に乗った俺は、メロトニス諸国からの独立作戦に参加することになる。
そしてあの晩、あの勇者に出会った。
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