第52話 長谷川悠真
しばらくアズマの話ではありません。
ここはどこだ?
暗い・・・。 暗いけど明るい? 安心・・・?
ドックン、ドックン・・・。
俺の以外の心臓の音が聞こえる。
起きては寝る。 まどろみのなかそれの繰り返し、なんと心地のいいことか。
突然光は差し込んだ、目の前にはトカゲ?
なんだ? 俺の身体は? 緑の小さい手が見える。 え? 俺の手?
大きなトカゲが近くに2匹。
どうやら俺の親らしい。
状況を理解するのに3日かかった。
俺、長谷川悠真は死んだんだった。
大学に通うなか、親からの仕送りだけでは遊ぶ金がなかったし、一浪した身でこれ以上迷惑かけられないと牛丼屋でバイトをしていた。
そのバイトに50代くらいだろうか、身長は150cmほどしかないおっさんが強盗に来たんだ。
俺はつまらない正義感と、相手が弱そうと見た目で判断してして、金を渡さず追い返してしまおうと思ったんだ。
刃渡り20cmの包丁を払ったまでは良かった。
まさかポケットに小さなナイフをもう一本仕込んでいたなんて・・・。
胸を刺され、強盗は金を盗らずにナイフを抜き去って行ったんだ。
刺さったままだったら、なんとか助かったかもしれない。
客もだれもおらず、バイトの相棒がトイレから出てきて救急車を呼んだけど間に合わなかった。
まったく、なにをやっているんだ?
負担をかけないようにと始めたバイトだったんだが・・・。
それで気付いたらこれだ。
転生ってやつなのか?
地球じゃなさそうだし、親たちがなに言ってるかまったくわからない。
言葉も口がまだ成長途中みたいだ。 きちんと発音できない。
後で気付いたんだけど、どうやら俺は卵から生まれてきたみたいだ。
なんでも、殻を生まれた家の庭に埋めるといいらしいので、2歳になるころそれをやらされた。
そして一番驚いたのが、離乳食っぽいドロドロした黒い物体をずっと飲まされてきたんだが、なんと虫をペーストにして水と混ぜたものだった。
生まれてすぐから飲まされてきたんで、これといって考えなかったが、まさか虫とは。
しかもこの世界の虫はデカい。 蟻でさえ15cmはある。
もちろん大人たちは丸カブリしてる。 カニみたいにだ。
ありえない。
嫌だと訴えても、親はこれしか与えてくれない。
大人たちの食事を見てみても、ほぼ虫ばかりだ。
たまに果物が出るが、食事ではなくおやつ程度だ。
両親は優しい。 いつも俺を気づかってくれる。
だけどトカゲだ。
俺は言葉をすぐに覚え、文字も覚えた。
しかし、子供の俺に入ってくる情報は少なかった。
言葉を覚えるとき、年寄りが使っている言葉と若い者が使っている言葉が違っていた。
親に聞いてみると、年寄りが使っている言葉はこの村で昔から使われていた言葉らしい。
80年ほど前に、この島はとある国の一部になったため、その国の言葉を使うようになったし、その文字も使うようになったそうだ。
5歳の時、族長のところに冒険者がきた。 6人のパーティらしく、ギルドなんてものもある。
それになんといっても、日本にいたころのような人族だった。
もちろん肌の色はいろいろで、女性もいた。
トカゲしかいないと思っていた俺は、本当にショックを受けたと同時に生きる目的を見つけた。
虫しか食べないこいつらと、いつまでも一緒にいられない。
強くなって、さっさと冒険者になると決めた。
それからは修行につぐ修行をやった。
同年代の奴らが遊んでる間に、俺は親の手伝いとして、森の開墾や食料の虫とり、なんでもやった。
大人たちに混じって槍の訓練。 村のシャーマンのおばばは俺に魔法の才能があると言っていたが、どの属性の魔法も使えなかった。
だけど、訓練は欠かさなかった。 小さい頃からの積み重ねが、どれだけ大事か一浪した俺は身に染みていたからだ。
そんな中、俺は12歳になっていた。
村では単純に技術的なものだけなら、槍で俺にかなうヤツはいなかった。
困ったことに蜥蜴人は、大人になると身体能力が異次元に上がる。
15、6歳の奴らには何とか勝てるが、それ以上になると相手にならなかった。
しかし俺自身、歳を重ねるごとに力もスピードも上がっているのが実感できていた。
ある日俺たちは、はぐれた1匹のデカいカナブンを見つけた。
カナブンは、外皮は堅いが狩りやすく味も癖もないので人気の獲物だ、いつも群れで行動していることを除けば。
俺たちの狩りは通常3人の組みで行う。
1人が見張り、一人が囮、そして最後が捕獲だ。
「おい、アジー?」ダゴマがカナブンを見つけた。
「お前らはここに居ろ。 俺一人でやる」
「え? アジー・・・でも」デボアは俺に異見する。
「うるさい!」
「ああ」
この2人とは1年前から、組んでやっている。
ダゴマは目がいい、見張りをやらせたら村でもかなりのものだ。
デボアは力は強いが、ちょっと抜けたところがある。 かなりおれを信仰(?)してる。
同じ組になれた時の喜び方が、ちょっと怖かった。
そして、自分の妹を俺の嫁にさせようと目論んでいる。
もちろんお断りしている。 なぜかって? だって蜥蜴だぞ?
ぶっちゃけちゃうと、ダゴマとデボアを顔だけ見せられても、どちらがだれかわからないのだ。
だから微妙な色の違いや柄、しわ、声、歩き方とかで判別している。
欧米の人がアジア人を区別できないのに似ていると、俺はおもっている。
そのカナブンは山の麓近くの洞窟に入っていった。
「あ!! あいつ神聖な洞窟に入っていった」ダゴマが後ろで囁く。
その洞窟は、村では祭りの日にしか入ってはならない場所だ。
「やばいぞ! あの中には入れない!」
「心配するな、俺だけで行く」
そう言い、俺は中に入った。
神聖な洞窟といっても、柵もなにもない。
この中に入ったとしても、何かあるわけじゃないと俺は思っている。
大人たちの話を聞いていると、この洞窟は昔の蜥蜴人が代々使っていた『家』だそうだ。
自分たちの祖先が生活していた場所を信仰の対象にしているものだと思う。
体長80cmほどのカナブンは、のそのそとゆっくり奥に向かっている。
逃げなかったお前が悪いんだ
そう思いながら、こぶし大の石をカナブンめがけて投げる。
ベン!!
はは! 相変わらず面白い音がする。
虫どもの外殻はかなり堅いが、この距離でこの大きさの石ならダメージがないわけじゃない。
ゆっくりとカナブンがこちらに振り向く。
その目を見た瞬間。全身に痺れにも似た感覚が走った。
「この地で 我が子らを 殺そうと いうのか?」
このカナブンがしゃべってるのか?
「約束は どうした? お前の祖先たちと 交わした」
約束? なんだ? そんなの知らん。
「我が 王国を 食いつくしてしまったこと 忘れたのか?」
うるさい、俺は生活のためにそいつを狩っているだけだ。
「そうか この祠の中まで 食いつくすと いうのだな そうはいかん」
その言葉のあと、洞窟のさらに奥からわさわさと大量の蟻が水のように湧き出てきた。
なんだこれは? この洞窟は蟻の巣だったのか?
蜥蜴人の皮膚は堅く、火にも強い。 ちょっとのことじゃ切れないし火傷もしない。
だが目の前の蟻たちの牙の前には、なすすべないだろう。
それこそアマゾンのピラニアが肉を貪るように、骨だけになるだろう。
終わった、俺の人生短かった。
お読みいただき、ありがとうございます。




