第51話 国葬
ラヴィはゆっくりと横になり、眠りについたようだ。
俺は焚火にさらに枝を足してから、横になった。
街道沿いに整備された野営地は、簡易的ではあるが柵がしてあり国の兵の見張りが立っている。
絶対に安全ではないが、他のとこよりも休めるようになっている。
街道は国の動脈であり、国の発展のために物の動きは必要不可欠なのだから、兵士をだして商人や冒険者、旅人の安全を守ってくれているのだ。
比較的独善的で評判の悪い帝国でも、野営地には兵士がいてくれる。
もちろんリナルドとの旅の時は、使わせてもらえなかったが。
そして、目を閉じ頭の中の彼女に意識を集中する。
長い金髪を腰の辺りの髪留めでまとめ、真っ白の肌にこれまた白のワンピース。
現実に目の前にしたとして、白のワンピースがこれまで綺麗に似合う人を俺はいままで見たことない。
「あの・・・、あなたが俺の頭の中の?」
「やっと会いに来てくれたわね・・・。 レディを待たせるなんて、そんなところは師匠譲りってところかしら?」
俺を見つめ、にっこりと笑うその顔はどことなく儚げで目の動き、手のしぐさ一つ一つにドキッとさせられる。
「あの・・・。 リナルドの中から移ってきたんですか?」
「ええ、そうよ。ってか口で説明するより見てもらった方が早いから」
それから場面が変わり、若しころのリナルドにナンパされるとこから始まった。
「ってなわけなの」
「事情はわかりました」
俺のことを思って、ティアさんを預けたリナルドの思いを受け、暫く考えることができなかった。
「私の方は話したわ。 それであなたは何者なの?」
「?」
「断片的に見えるのよ。 この世界とは想像すらできないほどの世界の姿が・・・」
「あ・・・」
どうやら俺の考えてることがわかるらしい。
当然か、頭の中にいるんだから。
「俺・・・。 転生者なんです」
「そう。 昔の世界の記憶があるってことね? あなたの記憶見させてもらったけど、でも問題はそこじゃないわ。 あのアジラティって蜥蜴人と同じ言葉、あなたも使えるわね?」
「ええ、話そうと思えば。 転生前につかってた言葉なんで」
「だとすればあの子も、転生者。 それにあの言葉でだと精霊への影響が、私たちの言葉よりも大きいわ」
「それは俺も考えてました」
「そうね、でも使ったことないんでしょ?」
「はい」
「そう・・・『理の外』ってことかしら・・・」
そう言うと、彼女はゆっくりと腰かけた。
「それって、リナルドが調べていた?」
「ええ」
「じゃあ転生者が『理の外』ってことですか?」
「それはまだわからないわ。 けれど転生者のことなら多くはないけど、記録が残ってたはずよ」
「そうか・・・。 それじゃそれを調べれば」
「何かの答えに行きつくかも」
ゆっくり髪をかき上げたとき、耳の先が少しとがっているのがみえた。
「エルフと人族の違いって耳だけなんですか?」
彼女は俺の目を見つめると
「お尻は割れてないわ」
「え? ええぇ!? まじっすか?」
俺は驚きのあまり、座って石からずり落ちてしまった。
「うふふ。 冗談よ」
まさかの下ネタ? この人、実は残念美人さんなのか・・・?
「ちょっと! 残念とはなによ残念とは?!」
ぷくっと頬を膨らませ抗議してくる。
「え? 今のも聞こえたんですか?」
「あら? 私あなたの頭の中にいるのよ? なんでもお見通しよ!」
しよ! っと言いながら俺の鼻にちょんと指をさした。
「ま、そういうことだからこれからもよろしくね!」
俺はそのまま、眠りについてしまったらしい。
王都メレセディア前に着いた俺たちを待っていたのは、王都のギルド職員たちと王下近衛兵たちだった。
ここまでの道中、何事もなくたどり着いた。 しいて言えばラヴィとの修行は、リナルドがいた時よりも苛烈になったことだろう。 なぜならリナルドは回復魔法を使えても日に何度かだったが、俺はかなりの回数いけるからだ。
王城の一室にある霊安室にリナルドの遺体を安置したあと、その近くの親族、関係者の部屋で休ませてもらうことになった。
明日には王との謁見が待っており、明後日には国葬が行われる日程となっていた。
サーラント公国の王ジャン・マリア=サーラントは今年49歳になるが、彼が国政を執り行う様になってから18年。 先王が早くに亡くなり、若いころは周りの貴族たちに振り回されてたところもあったが、今はしっかりまとめ上げているといえる。 名君といえるのじゃないだろうか。
さすが城の料理、その日出た夕食はとても美味しいものだった。
次の日、お昼前に俺たちは謁見室に通された。
早朝から謁見のマナーをラヴィと一緒に叩き込まれ、王と王妃の椅子の前に跪き、右手で拳を作りそれを床に当てている。
セキュリティの関係で、謁見者から先に配置に着かされる。
それから、近衛兵、ギルド、教会関係者、役職の貴族、最後に王が謁見室に入ってきた。
「面をあげよ」
威厳のあるハスキーボイスが響きわたる。
王は髭のある濃い顔のイケメン中年で、装飾されたコートを着ている。
王妃は長い髪を椅子の下まで伸ばしているが、彼女の着ている衣服にも負けないほど、キラキラと輝いて見えた。
顔をあげ、辺りを見回すとそこには俺の見知った顔を見つけた。
エミリア様とシルバード様だ。エミリア様は背が大分伸び女性としての成長が見て取れる。
シルバード様はほぼ変わらない。
「弟子とはいえ、我が盟友リナルドを運んでくれ、誠に大儀であった」
俺は無言で頭を下げる。
「明日彼の葬儀を国を挙げて盛大に行う、キャスティロッティ枢機卿準備はどうだ?」
「は!! 民をあげて準備をしております。 問題なく明日執り行うことができるでしょう」
エミリア様の隣にいる、中年の男性。 おそらく彼女の父上だろう。
「うむ、わが国の巫女の初仕事にもなるな。 カサンドロス! 頼んだぞ」
「はは!」
カサンドロス・・・。 俺はその名を言われ返事をした男をみた。
王妃側、エミリア様たちと反対側にいるその男は、王に名を呼ばれ少し頭を下げた後、俺と目があった。
巫女・・・。 それは間違いなくイリアのことだ・・・。 しかしこの状況でなにもできない。
まただ、またなにもできないのか。
どす黒い感情に支配され、俺の頭はそのことの繰り返しになった。
霊安室、リナルドの遺体前に座り込んでいる。
「なあ? あの時斬りかかった方がよかったのかな?」
リナルドに尋ねる。
(物騒なこと考えてるのね。 そんなことしても何もならないし、むしろあなた何もできずに死刑じゃない)
そうだけどさ、悔しくて。
(強くなることね、それしかない。 勇者になれば特権が行使できるし)
そうか・・・。
(妹さんは巫女になったんでしょ? じゃあ生活は保障されてるし、その心配はいらないじゃない)
そうだけどさ。
ティアさんとそんなやり取りをしていたところに
「こ・・・これは王様!」
「どうした? 開けてくれ」
「しかし、弟子のアズマ様がおられます」
「そうか、まあいいじゃないか」
「は!」
外が騒がしいと思ったら、どうやらお客さんだ。
「よ!」
そんなフランクな挨拶で入ってきたのは、さっき謁見した王様だった。
「おうさま!?」
「ああ、気にするな。 そのままで」
「あ・・・はい」
一応一人ではなく、おつきの人もいた。
「アズマくんだったな?」
「あ・・・はい」
「どうだ? 師匠を亡くした感じは?」
「いえ・・・。なにか、まだ実感がなくて」
「そうか・・・。 ははは! 私もだよ」
王は片手に酒瓶をもってカラカラと笑う。
「こいつとはよく安酒を飲みあった仲なんだよ。殺しても死なない・・・そう思ってたんだがな。 アズマくん少し時間がありかな?」
「はい? あ、大丈夫です」
「詳しく話してくれないか?」
俺はなるだけ失礼にならない様に、言葉を選んで話をした。
「ふん。 こいつらしいな! まったく・・・」
そう言い、うつむきリナルドを見つめる王。
仲が良かったんですね?
(ええ、とても。 若いころは一緒に無茶もしたって言ってたわ。 アズマ、そろそろ出た方がいいんじゃない?)
あ! そうですね。
「そろそろ失礼します」
「そうか・・。 話を聞かせてくれてありがとう。 どうか彼の意志を継いでくれ」
霊安室の扉を閉めた後、嗚咽の声が聞えた気がした。
国葬の日、大聖堂での葬儀のあと、馬車で大通りをゆっくりと時間をかけてパレードをすることになっていた。
大聖堂で起こったことは、俺の予想を超えていた。
大勢の貴族の中で教皇さまに続いて現れた巫女イリアはとても俺の妹と思えない、凛々しい顔だった。
俺を見つめ深々と頭を下げたあと、すぐに壇上に上がって行こうとしたところで、おもわず声をかけそうになったところで、連れの男に止められた。
彼は小声で「辞めろ! 式典の最中は巫女様に話かけてはいけない」
彼の顔をみて俺は心底驚いた。
「アンドレ?! アンドレだろ?」
「黙れと言っている」
そう言うとイリアの後を追った。
「お知り合いでしたか?」
イリアの声がわずかだが聞こえてきた。
「いえ」
アンドレが答える。
どうして?
(なにか事情があるのよ。 今は式典に集中して)
ティアはそう言ってくれたが、俺の耳には半分くらいしか入らなかった。
パレードが始まると、俺とラヴィはリナルドを乗せた馬車に座っていた。
この国でリナルド=レンツィという勇者が、いかに人気が高かったか思い知った。
通りに溢れる人、人、人。 そのすべての人達が、白い布を振っている。 窓という窓からも同じ様に振っている。
「ラヴィ?」
「なに?」
「俺たち、すごい人の弟子だったんですね」
「うん」
城の音楽隊が奏でる音。
人々の声。
そのすべてが勇者の死を悲しんでいる。
俺とラヴィは涙が止まらなかった。
その日の夜、俺とラヴィの部屋にお客さんが来た。
エミリア様、シルバード様、そしてアンドレだ。
俺は思わずアンドレにつかみかかった。
「どうして? なんでだよ!」
アンドレは俺と目を合わせないようにして言う。
「仕方なかったんだ。 キミのことをイリア様に話すことは危険だから」
「どうゆうことですか?」
エミリア様に尋ねる。
「ええ。 とても危険だと思って私が指示したの」
「君のことを知り思い出そうとした場合、どんな状態になるかわからない」
「じゃあなんでアンドレは一緒に?」
「ボクは今、教会騎士をやっている。 シルバード様と同じように。 ただシルバード様がエミリア様のそばにいる様に、ボクはイリア様のそばにいる。 その仕事をしている」
そう言いながら、襟にかかった俺の手を払いのける。
「彼のことは思い出したのよ。 それでイリアちゃんがどうしてもアンドレをそばにいて欲しいと、教皇さまに直訴したの」
「キミの方こそ、今まで一度も戻らないってことの方がおかしいだろ?」
アンドレは俺を抗議の目でみる。
「ああ・・・」
なんと言い訳しようと、戻ってきてない俺が悪いのは事実だった。
「アズマくん、何度も言うけど時間しか解決できないの・・・。 だからお願い。 イリアちゃんと会わないで」
「会わないでって言っても会えないじゃないですか・・・」
積もる話もあった。 あれこれアンドレやみんなと話したかった。
だけどもうここには俺の居場所はないと感じた。
帰り際のシルバード様の目は、何か言いたげだったが、彼の口から言葉が出ることはなかった。
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