第44話 かがり火
ゴボボボボボ・・・・
百足から受けた背中の傷が熱い。
当たり前のことだが、海の水はこの世界でもしょっぱい。
その塩分で背中の傷が疼いている。
暗い・・・。
暗い・・・。
「おにいちゃん!」
暗い・・・。
日本に居たときも、暗い中泳いだことなんてなかったはずだ・・・。
なのにこの暗い海の中にいると、妹が助けを呼んでいるような気がする。
なぜだ?
「おにいちゃん! 助けて!」
暗い・・・。
あれ? おれ何やってたんだっけ??
水だ・・・。そうだ! 海に落ちたんだ。 海面に上がらなきゃ!
あれ? 上ってどっちだ?? 暫く上か下か右か左かわからず戸惑っていた。ラヴィもどこにいるか見えない。 だんだんと息が苦しくなってきて、限界を感じ始めたころ。
ブワアァ!
その時、廻り全体が明るくなった。
おお! 助かった! 上は明るい方だ!!
ラヴィも隣にいる。
「ぶっは!!」
海面から勢い良くでた。
「ラヴィ!」
「っはあ!」
すぐにラヴィも上がってきた。
「上がろう!」
ところどころ、海面に火が着いて燃えているところがある。
埠頭に上がると、そこには無数の蟻の死骸があり、その嫌な臭いが辺り一面を包んでいた。
「リナルドたちは?」
「いない・・・」
辺りは海面と同じで、ところどころ火が着いている。比較的明るいから見つけやすいはずだ。
なによりあいつは図体がでかい。大男だ。探せないわけがない。
あああ・・・。 でもまさか。 焦る。 この状況。 なんだ? 蟻どうなったんだ?
サロさんは? 他の冒険者は?? アジラティは?
「リナルドーー!」
おかしい・・。 声は出してるのに大きいな声にならない。
埠頭と地面の切れ目まできた。
「アズマ・・・」
ラヴィが指さした。
その先には、土の上に見るも無残な姿のリナルドが転がっていた。
「あうあ!!」
俺たちが来たのが分かったのか、声を上げて合図をした。
「リナルド・・・回復は? 魔法を使ってくださいよ」
「あうあ・・」
今度は弱弱しく返事をした。
その顔面、綺麗だった赤毛、その身体、そのすべてが蟻によってぐちゃぐちゃにされていた。
特に口元は舌までないようにみえた。 さらにその上に全身を火傷が覆っていた。
「何があったんですか? 一瞬でしたよね?」
俺の声がこれから起こるあろうことを予測して、恐怖で震えている。
「アズマ・・・地面」
「?」
ラヴィが示す地面を見ると、リナルドは土手紙用のペンを握りしめ文字を書いていた。
[すまねー、あの大量の蟻をやるには俺の最強の魔法を使うしかなかった。
回復をかける分の精神力もねえ]
「そんな・・・」
[そんな顔するな。勇者やってりゃ、いつかこんなことも起きるさ。お前にはもっといろんなことを教えたかったが、それは叶わない。俺からのアドバイスはあと少しだ。心して覚えろ]
小さなかがり火たちに照らされて、土はリナルドの手の動きを文字にしたためていった。
「そんな! 嫌だよ。 一緒にイリアを助けてくれるんじゃなかったの?」
[お前の妹だろ? 自分で助けろ。いいか! それよりギオルギーに気を付けろ。なにかあれば、イスラの街のブランゴ=マセッティ伯を頼れ。 アジラティを恨むな。 タイミングが悪かっただけだ。 敵を見誤るな。 サーラントで俺の遺言を受け取れ。 それと・・跪き、俺の身体に触れてくれ]
「え?」
[急げ!!]
俺は跪き、彼の皮膚の残っている胸の辺りに手を置いた。
リナルドの中からやわらかな緑の光の玉がゆっくりと現れ、俺の手を伝って体の中に入っていった。
(はじめまして)
そんな声が聞こえた気がした。
[最後に、サリーナの隣に埋葬してくれ、頼む]
「リナルド・・・」
「リナルドさん・・・」
[お前らと旅できて楽しか]
その文字は最後まで綴られることはなかった。
「そんな・・・こんなことで? こんな簡単に? 勇者のくせにこんなすぐ眠るなよ!!」
ザッ!
何人かの足音がする。
「『精霊の魂』は受け取りましたか?」
顔上げると、冒険者2人を抱え血だらけのサロさんたちが立っていた。
「『精霊の魂』?」
「リナルドさんから、何か受け取りませんでしたか?」
「あ・・・」
緑の光の玉を受け取った。
「いただいたんですね? では、僕たちに回復魔法をかけていただけませんでしょうか? 初めはこの方に」
そう言うとサロさんは、一つ結びの冒険者を横に寝かした。
「え? でも俺、回復魔法なんて・・・」
「さっき・・受け取ってでしょ? あれで使えるようになってるはずです・・・」
「でも・・・・」
「早くしなさい!!」
サロさんは震える声で怒鳴りつけた。
かがり火で照らされてない部分が怒鳴って顔が少し動いた時、ちらりと見えた。 そこにはあったはずの、彼の綺麗な身体がごっそりなくなっていた。
「はい・・・」
でもどうすれば? 確かリナルドはいつも・・。
(手を掲げ、お祈りするように声をだして)
「え?」
(早く、この方よりサロ様の方が瀕死のはずよ!)
「はい!」
俺は手を掲げ一つ結びの彼に声をかけた
「精霊よ! 彼の傷を治せ」
そう言うと、彼の傷がみるみる癒えていく。
「良かった・・・次はこの方を・・・」
言いかけたあと、サロさんは気を失い前のめりに倒れた。
「俺は大丈夫だ! 早く・・早く! サロにかけてやってくれ!!」
もう一人の冒険者は、俺に慌ててそう言う。
2人の身体を治したあとからの記憶が、いまいちはっきりとしていない。
すぐにリナルドにも、回復魔法を何度もかけてみたんだ。
だけど、彼の身体は皮膚や臓器を回復したに過ぎず、意識が戻ることはなかった。
その後廻りの蟻の死骸を燃やし尽くし、かがり火が消えかけたころギルドからの援軍が到着した。
「あら~・・・。ちょっと遅かったわね~」
その女性にしてはかなり低い声で、お道化た様に言う彼女も俺たちの前でリナルドを見つけると、暫くは無言だった。
「あなたがアズマくんね? サロは生きてるようね・・。 すぐにギルドに撤収するわよ?」
パンパンパンと彼女が手を叩き。
「さあ! すぐに作業にかかって頂戴!!」
廻りの空気を換えるように大きな声で言った。
お読みいただき、ありがとうございます。




