第43話 蟲ども
自分の耳を信じられなかった。
そうあの時、ガルードが日本語を喋っていた。 その記憶は残っていたし覚えてもいたが、あれから結構な時間がたってしまったため、俺自身聞き間違いだったのかもしれないと思い始めていたからだ。
緑の精霊陣から、赤黒い巨大な百足がせり出してきた。
横幅だけでも2m弱はあろうその頭は、王と言われれば誰もが納得してしまうほどの説得力を有していた。
長さは20mほどだろうか・・・。
ガチガチガチ!!
大きな口と、足は音を立てて俺とラヴィに向かって飛ぶように向かってきた。
ガギイィ!
その巨大さとは裏腹に、物凄いスピードで俺に向かってきた。
アジラティが詠唱する際に口にした日本語のことが、頭から離れなかった俺は構えるのが遅くなり、剣で逸らしはしたものの、ほぼまともに受け5mほどフっ飛ばされた。
「アズマ! ぼーっとしてんな!」
リナルドが叫ぶ。
飛ばされた俺をラヴィが受け止めてくれなかったら、百足の追撃を受け大ダメージを受けていただろう。
「お前、一体何匹召喚できるんだ?」
「・・・・・・」
アジラティは、手元がぶれるほどの3段突きを放つ。
リナルドは辛うじて、それらを処理して、呻く。
「その若さで、これほどとは・・・」
「まじ勇者うぜえ・・・」
百足は俺とラヴィに狙いを定め、頭を垂れてこちらを威嚇してくる。
シュウー、シュウー!!
「ラヴィ、大丈夫?」
コクンとうなずく。
「いくよ!!」
俺たちは気合を入れ、その醜悪な身体をさらす百足に向かって走りだした。
「きゃう!」
が次の瞬間、後ろに居たラヴィが真横に飛ばされた。
百足は俺たちに自分の頭に注意を引き付けておいて、その巨大な尻尾でラヴィを攻撃した。
「ラヴィ!?」
彼女の方に視線を向ける前に、百足の頭が俺に襲いかかってきた。
ガアイイン!
「くっそ!!」
重い・・・。
ギギギギ!
剣がこんな醜い生き物の口なんか、抑えたくないと鳴いているようだ。
俺がリムーで買った厚めの剣は片刃になっており、百足の攻撃は峰の部分に左手を添えて受けなければ、押し返される。
「くうう!!」
ガチチイイ!
百足が鳴く。
「アズマ! 後ろです!!」
サロさんの声が聞こえた。
そうだ! ラヴィを攻撃した尻尾が来る!! その声で直感した俺は、渾身の力をこめ百足の口を押し横に飛びのいた。
ザクウ!!
寸でのところで、背中に当たる。
「うわ!」
ゴロゴロと地面を転がり、尻尾から受けた力を利用して、間合いを取り立ち上がると同時に奴の節の一つに剣を差し込む。
ガ!
節を斬りつけたというのに、表面に傷をつけたに過ぎない、手ごたえがなかった。
「くそう・・・。 節も堅いじゃないか」
「アズマ!! 止まるな! 動け!!」
愚痴る暇もなく、百足の頭と尻尾は飛んできた。
ガイン! ギャ!!
まともに受けるの辞めた。
受け流し、逸らしす。正面から受ければあっさりと押さえ込まれてしまう。
なんせ20mの巨大百足だ。
百足の攻撃に集中しながら、ラヴィに気を向ける。
ようやく起き上がった彼女は、百足に向かい足を出し始めた。
「ラヴィ、大丈夫か?」
「うん」
「その槍捌き、すでに達人の域か・・」
「ちっ! それをすべて受けきってる、あんたの自分への褒め言葉かよ!」
「ガハハ! そのつもりだよ!」
「人族のくせに、人族のくせに、人族のくせにーーー!!」
アジラティの表情は、リナルドと戦闘を始めたころのクールさは消え、その顔には恨みにも似た怒りが浮んでいた。
ガガガガ!!!!
「うわ! 炎よ・・・!」
ボワ! ボワ! ボワ!!
2mほどの炎の波が3度アジラティを襲う。
「危ねえ・・・。 さっきの4段突きはほぼ見えなかったぜ。 咄嗟に魔法で牽制して間合いを逸らさなきゃ、完全にやられてたな」
炎の煙が消えると、その腕に40cmほどの甲虫を着けたアジラティが現れた。 盾を召喚したようだ。
「へ! また虫かよ! 船のときの火球も、その虫の力で消しやがったな?」
「ふん! もともとこの蜥蜴の皮膚は炎を通しにくい、忌々しいことにな。
そして、さらに忌々しいことに内在している身体能力は、人族のそれを超えている」
ガキィン!
武器同士が火花を上げる。
「ああ! 身にしみてるぜ」
「人族の力がどの程度かと思っていたが、勇者ってのはみんなお前みたいなのか?」
「どーかね。 俺より強いやつもいるさ」
ギィン! ガッ! ドガッ!
剣だけじゃなく、足、肘も使ってリナルドは攻め込んでいく。
「ったく! 堅てえ身体しやがって」
?!
アジラティは何かに気が付いた。
「ダゴマとデボアが・・・っち!!」
そう、サロさんたちがついに蜥蜴人を全員倒したのだ。
そしてすぐさま、百足を撃退。奴が断末魔の鳴き声をあげ、アジラティは気が付いた。
「くそ! 全く使えない奴らだ・・」
「リナルドさん・・・大丈夫ですか?」
サロさんと俺たちは、リナルドの方に向かった。
「へっ! おれよりそっちの方が、大丈夫じゃなさそうだけどな?(笑)」
「ええ、てこずりました」
サロさんもかなりひどい有様だ。
「さーて、お前ひとりだぜ。 どうする?」
こちら全員が出血したり、痣になったりしている。
ハスキーさんがどうやら足を痛めたらしく、動けなくなっていた。
ラヴィもだいぶ回復している様子で、耳がしゃんとしてる。
「ふ・・・その人数いれば、勝てると思っているのか?」
アジラティは蜥蜴の顔を醜くゆがめ、不敵に笑う。
「なんだと?! 勇者2名にランクA冒険者3名だぞ! あきらめろ」
一つ結びの男が叫ぶ。
ふとそこへ
「アジラティ・・・。お前、勇者にならないか?」
リナルドは構えを解いて話だした。
「「「リナルド!?(リナルドさん!?)」」」
「俺たち、いやもうすぐお前にも行くかもしんねーが、その強さ『ギオルギー』って奴らに目をつけられる。 どうやら勇者やその卵を潰して回る組織みてーなんだ」
「ふ・・いまさら説得か? 人族の仲間になんかなるか。 ばかばかしい! お前ら全員消えろ」
【我、長谷川悠真の名において命ずる。聖なる森の大いなる雨よ、その流れは大河となりて大地を削るごとく彼の敵を滅ぼせ】
まずい!? 日本語だ?
「リナルド! あいつの詠唱を止めて!」
俺はアジラティに向かって斬りかかったが、その槍で剣ごと押し返され5mほど飛ばされた。
すぐに立ち上がったが、そこには今までよりも大きな精霊陣が姿を現している。
「こりゃまずい!? 全員!! 海に飛び込め!!」
リナルドは何かに気が付いたように、これまでにない大声で叫んだ。
俺も精霊陣から溢れ出る圧力が、これまでの敵とは全く違うものだと感じでいた。
「アズマ! ラヴィ! なにやってる!! 早く!! ラヴィ! アズマごと海に一緒に飛び込め!!」
さらに大きな声で、リナルドが叫んだと同時にラヴィが駆け、精霊陣の中から1匹の大きさが20cmほどの蟻の大群が湧き出てきた。
大量の湧水のごとく精霊陣からあふれ出した、それは流れを作り勇者たちに覆いかぶさっていく。
俺はこの時、ラヴィに体当たりをされるように、埠頭から海に落ちていた。
その光景は、スローモーションのようにゆっくりと見えていた。
お読みいただき、ありがとうございます。




