第37話 メロトニス 首都リムー
気づかなかった、気づいてやれなかった。
そうだよ・・・。起きてすぐハキハキ話していたから、大丈夫って思ってしまったんだろう。
「大丈夫ですか?」
壁に背をつけ、膝をかかえて震えている。
「朝食、ここに置いておきますね」
そう言って部屋を出るしかなかった。
時刻は昼過ぎ、俺は食堂で豆のスープと鶏肉みたいなもののグリルと硬いパンと甘い飲み物をトレーに乗せて、ラヴィの部屋のドアの前で迷っている。
俺はすぐに、昨日まで3人で使っていた部屋と別に、もうひと部屋借りたのでこの部屋はラヴィだけの部屋となっている。
ラヴィの部屋の前にきて5分は過ぎている。
だけど、入っていいものか迷う。
そこへ、事情を知らないリナルドが帰ってきた。
「なんだ? おい? 入らないのか?」
そう言ったかと思うと、俺の返事を聞く前にドアを開けてはいっていた。
(えー? はいっちゃったよ! マジか? 大丈夫かな?)
すると中から声が聞こえてきた。
「おかえりなさい」
「おう! 終わらせてきたぜ! これで、おめえもこの街から大手を振って出られるぜ。
ってか、おい! アズマ! 早く入ってこいラヴィの昼飯冷めるだろ」
「へーい・・・」
(ふう・・・。よかった・・。)
「お腹ぺこぺこ」
「ああ・・・うん。 食べて」
それから、明日にはこの街から出ることを決め、ラヴィの旅支度を整えるため市場に向かった。
「アズマ、俺はちょっとギルドの方に移動するって報告にし、行ってくるからよ。 買い物は任した」
「あ! 俺からもよろしくって言っといてくださいね」
「おうよ! それからな・・・」
急にシリアス顔になり俺の耳近づき小声で
「体の傷は魔法で治るが、心の傷は治せん。 なるだけ彼女を一人にするな。 宿も部屋を一緒に戻したほうがいいかもな」
「え? そうなんですか?」
「ああ・・。 ふとしたときに自分の体を傷つけたりしやすいんだわ。 しばらくは気を付けとけ」
「はあ・・・、わかりました」
結構な人通りがある道や、買い物の時の店で彼女との位置に気を付けながら。他の人との距離も意識していたが、その日は何事もなく旅支度を終えることができた。
俺とリナルドの分で取っていた部屋をキャンセルして、ラヴィと同じ部屋に寝た。
深夜
「ギャアアーーーーアアーアーー!!」
ラヴィの絶叫で飛び起きた。
リナルドも起きている。
俺が止めようと彼女に近づこうとしたとき。
「動くな! 俺が行く」
リナルドが彼女に近づいたそのとき、風の様な速さでリナルドに襲いかかった。
シュン! ドン!!
が次の瞬間、ベッドに押さえつけられ、彼女はおとなしくなった。
「ふーーー・・・。 やっかいな旅になりそうだぜ ガハハ」
「そうですね・・。」
この状況で笑えるリナルドが、本気ですごい奴なんだと改めて思った。
イスラからメロトニス諸国連合の首都、リムーまでは馬車で10日ほど。
途中大河を渡ることになるが、雨季でなければ安定して通ることができる。
俺たちはレンタル馬車で野営しながら、移動した。
この間、彼女の発作は出なかった。
彼女は初めてあったときから比べると、だんだんと無口になっていた。
イスラを出てすぐ、便宜上リナルドのパーティメンバーの一員として行動することになった。
朝、夕の訓練をリナルドとしてると、彼女も一緒にやりたいとの申し出があったため、今は一緒に訓練をしている。
リナルドによると、彼女が母親から教えられた格闘術は、兎人の多く住むメロトニス諸国連合の島、ニムアイ島に代々伝わる古流武術らしい。
兎人の長所である、脚を使った技が多く、先の大戦でも彼らの使うそれは帝国を恐れさせた。
しかもラヴィはその若さでかなりの腕前・・・。
長い間勇者の弟子として、訓練してきたにも関わらず、5回に1回は負けそうになっている。
あかげでリナルドのシゴキは、前にも増した。
リナルドが言うには、
「あの発作を抑えるには、動かなくなるまで体を酷使することだ。
夜に眠れなくなったりするからな、ぶっ倒れるまで稽古して死んだように寝る。 これしかねえ!」
力説していた。
現代だと、やっぱりPTSDってことになるんだろうけど・・。
セラピストなんて、この世界にいないだろうな。
リナルドはやけに詳しいかったので、経験があるのか聞いてみたが、ガハハと笑うだけで教えてはもらえなかった。
この10日、本当に気絶するまで稽古をさせられた。
11日目の早朝、メロトニス諸国連合首都リムーに到着した。
その光景はまさに南国。
風はからりとしていて、海からの潮風が心地よい。
首都の中でも主要な場所は、土煉瓦を用いた建物が建っており、人も薄手のふわっとした服装だ。
女性は頭の上に籠を乗せ、フルーツや取れたての鮮魚を売りに来ている。
屋台も出ており、トウモロコシの粉をクレープの様に薄焼きにして、中に甘くないバナナのような野菜と塩だれ、そして酸味と独特の香りがある赤い皮のかんきつ類の薄切りのはいった『パパオ』というものが多く売られていた。
フルーツジュースの屋台もあり、魔石具を使ってキンキンに冷やしたフルーツを砂糖蜜をかけて出してくれる。
ラヴィは
「おいしい・・・」
と言葉は少なかったが、耳がピコピコ動きまくっていたので、相当旨かったのだろう。
俺も飲んでみたが、日本で飲んでいたようなフルーツの甘さはなく、やっぱり砂糖蜜をかけないと美味しいとは感じなかった。
イリアに飲ませてあげたらどうなるだろう。
「お兄ちゃん! このピオン(ココナッツぽいけど皮はパイナップルみたいな果物)ってごつごつしてるけど、甘いねえ!」
妹の笑顔が全然似てないけど、ラヴィと重なった。
俺の記憶がないらしいけど、俺と会えばもしかしたら・・・。
この旅の間、何度も考えてきたとりとめのないことが、頭に浮かんでいた。
屋台の料理で朝食をとっているとリナルドがふいに通りをみて
「お? 蜥蜴人だ! めずらしいな」
そこにはゲームの中に出てくるリザードマンそのまんまの蜥蜴がゴツい革製の鎧を着て歩いている。
10人ほどの集団は、そのだれもが屈強な戦士とゆう感じで、その真ん中の初老の人物が頭に着けている羽飾りは他の者がしているものより、豪華で大きなものだった。
「え? モンスター? 獣人?」
俺は思わずリナルドに聞いたが、彼は慌てて
「おい! 気をつけろ。彼らはメロトニス諸国連合の国民だ メロトニスで最も陸から遠く、最も大きな島ザッカー島の住人だ。 知能も戦闘能力も高い、本人たちは『最強の種族』を自負しているし、異議を唱えるやつは少ねえ」
「へー・・・すごいんですね」
「しかし、めずらしいな・・・。蜥蜴人の集団が首都リムーにいるなんてよ。しかもあの蒼と白と穂先の赤の独特の羽飾りは『コカトリス』のもの。 てことはあの人が族長か?」
(コカトリス? それって強いんだろうなあ)
「コカトリスって強いんですか?」
「見たものを石に変えるって噂さ、実際はちょっと違うんだがよ。ガハハ」
「戦ったことあるんですか?」
「旨めぇんだ」
リナルドは大笑いしている。
「喰いたい・・」
ラヴィは屋台の食べ物だけじゃ物足らなかったらしい。
朝食を終えた俺たちは、指名依頼の詳しい内容を聞くためにリムーのギルドに向かった。
土煉瓦でできた3階建ての建物は、リムーの中でもかなり大きい。
1階は受付と食堂、2階は会議室、3階はメロトニス地方統括本部となっている。
屋台での朝食の続きを、ギルドの食堂で食べることにした。
まだ朝の早い時間だが、ギルドの受付は冒険者でごった返している。
食堂は24時間営業で、いつでも入って食べていい。 結構な席が埋まっている。
俺たちは魚介のスープと塩パンあと、チャイみたいなスパイスのはいったドリンクを食べながら、ラヴィの今後について話をし始めた。
「さて、ついにメロトニスのギルドに着いたわだが、ラヴィはどうする?」
「その・・。もし良かったら、私もこのままリナルドさんのパーティ『爆炎と花火』にいたいです」
「そうか・・・。でもな、これから受ける指名依頼はかなり危険なんだがな?
せっかく、自由になったんだいきなり難しいことじゃなく、ゆっくりここでやっていったほうがいいんじゃねえのか? この国には兎人も多いしよ」
「はい・・・。でも・・・」
ラヴィは俺の方をちらっとだけみた・
(あれ? これってもしかして・・? 惚れちゃったかんじ??)
「もうちょっとで、勝てそうなんです」
(ええーー!? そっち?)
「ガハハ! そうだな。 出来の悪い弟子だからよ、ちっとも上達しなくてな ガハハ!
この10日でいやあ~、ラヴィおめえの方が断然伸びてるからな」
「そりゃないですよ・・。俺だって頑張ってるんですから・・・」
「それじゃパーティの名前考え直さなきゃな!
よし! 新しい門出に乾杯でもするか!」
「「「乾杯、かんぱい」」」
リナルドはこの後すぐ、ギルドの受付で『爆炎と白花火』とパーティ名の変更届を出していた。
(ラヴィの耳の色の白が入っただけじゃないか!!)




