第31話 初体験は河泥の香り
次の日まだ日が明けきったばかりの6時頃、リナルド宿に戻ってきた。
宿の中庭の井戸で、朝の訓練を終えたおれは体を拭いていた。
「お!? だいぶ良い体に成ってきたじゃねえか!!」
ベチィ!!
「痛いっぇ!?」
背中に紅葉状のあとができたみたいだ。
「な!? リナルド!? 朝帰りかよ!」
「ガハハ、ちょっと旧友に会いに行ってきた。
そんなことより、昨日は依頼やってきたんだろうな?」
「あぁ、昨日は3件やってきましたよ。 イテテ」
下着が叩かれた所に当たって痛い。
「1件目は薬草取り。2件目は河辺のモンスター討伐。3件目は農家の収穫の手伝い。」
「ふむ……。ちょっと雑用が多いが良しとするか」
「ギルドのおねーさんは、最近は雑用やってくれる人少なかったんで、助かるって言ってくれましたよ」
「お前にはモンスター討伐を主にやれって言ってあるだろうが。
まあいい、昨日サボった分、今日取り返せばいい、迷宮に入るぞ」
別にサボってないけどな……ってか迷宮!?
「今日は1日かけて準備して、明日アタックだ」
「準備?」
「そうだぜ、イスラの迷宮は通路が狭いことで有名だからよ。
普通の長さの剣は振れねえんだ、だから短めの槍か、剣も短剣より長い程度のものが必要になんだよ。
しかも10階層から下は足を取られる泥水になってるからな、脱げにくい加工したブーツが必要になる」
買い物を済ませ俺たちは、新しい武器を使った迷宮での動きのシミュレーションをしたり、迷宮でのマナーや規則、出現するモンスターの対処方などをリナルドのスパルタによって叩き込まれた。
次の日、夜が明ける前に迷宮の入り口に来ていた。
その場所は、河の岸辺から300メートルほど離れたところで、小高い丘になっている。
兵士は何人か配置されていて、街から1キロほど離れているのに少し物々しい。
朝早いのに、受け付けには10人ほどの行列ができている。
「迷宮に入る方は一列に並んでください。料金は一人30メセタです」
うわー、入場料に3000円か……。結構するなあ。
「1人30って高くないですかね?」
眠そうに大あくびをしているリナルドに聞いてみた。
「あ? そうか? 小さな魔石なら、入ってからすぐの所でも見つかるから、時間はかかるがすぐ元は取れるとおもうぜ?」
「へー、そうなんですか」
俺たちの番になった。
「名前と性別、パーティー名、人数、ギルドに入っている方はギルドのランク名まで書いてください」
「指名依頼で入るからな、俺が書くぞ」
リナルドが用紙に記入すると担当者の兵士が
「リナルド!? 爆炎の勇者!? あ……あなたが?」
「ああ、指名依頼が俺に出てるはずだ。それで入る」
「領主ブラスコ=マセッティ様より依頼が入っております。
お気をつけて」
「ああ、おい! 行くぞ!」
俺はリナルドが、パーティー名を何て書いたか気になって用紙を見ていた。
「あ! はいはい…… 、パーティー名なんとかならなかったんですか?
なんですか? 爆炎と火花って?」
「あぁ? 丁度いいだろ? お前それくらいしか使えねえし、ガハハ」
「ちぇ」
確かに、まだ両掌を広げた程しか出せないけど、パーティー名はもっとなんかあったんじゃないか?
暗くジメジメした通路が、口を開けて待っていた。
中からは冷たい風がわずかに吹いてきていた。
通路の幅は2メートルもない。
俺とリナルドは、昨日購入したヘッドライトっぽいものの、魔石部分を押して灯をともした。
そして、ゆっくりと奥に向かった。
ここで迷宮について、昨日叩き込まれたことを整理しておこう。
・迷宮はそれ自体が一体の生物と言われている。
・入り口では、誰が入ったか確認される。
・不定期に迷宮の構造が変わる。
・階層ごとにモンスターが来ないエリアがある。
・死体を発見した場合は、遺品は基本的に発見者のもの。
・出る時は入り口まで戻ってもいいが、殆どは「迷宮の胡椒」を使う。
こんなところだろうか。
あくまでも、この世界で迷宮は生き物という感覚だ。
「なあ、リナルド? こんなに硬い壁があるのに本当に生物なの?」
「まあ、そうだろうな。俺も始めのうちは何度アタックしても、その感覚が解らなかったからなあ。
でもな、出る時に昨日買った『迷宮の胡椒』を使えば良く解る。
出る時のお楽しみってわけだ」
「あ! あそこの壁光ってる! 虫かな? 」
「ああ、今まさに壁から出てきたばっかりの魔石だな。
取ってみろ!」
淡く緑色に光る石を取ろうと指をかけたが、なかなか取れず、ナイフでコンとやったらポロっと取れた。
「天井、壁、地面、どこからでも魔石は出てくる。
まだ1階層だから、質が悪いが下に行けば行くほど質も大きさも上がるからな」
「へーすごいな」
「おい、先に進むぞ。モンスターも出てくるんだ、気を抜くな」
「へーい」
暫く歩くと音が、聞こえてきた。
「ギギャ!!」
「ギュギャ!!!」
ゴブリンだ。
迷宮での初戦闘だ。
俺の武器は20センチほどのナイフ二刀流だ。
1匹目の武器を、三角飛びの要領でかわして、そのまま左手で首筋にナイフを突き立て、2匹目は俺の着地を狙って、こん棒を降り下ろしてきたものを右で払って、左で首を薙いだ。
「ふー」
「おい、こんくらいで苦戦すんじゃねーぞ」
「へいへい!」
「サクサクいくぞ」
そのあとは、レッサーオーク、80センチほどの大きなヒル、デカイ蛙。
倒しては、魔石を取り出す作業。
10階層まで降りたところで、地形が変わった。
泥水になったのだ。
水の深さは10センチもない。
だが泥で足を取られる。
臭いも独特だ。
「イスラの迷宮の一番の難関は、この泥だ。
この泥によって体力を奪われ、機動力も奪われる。
長く居ればいるほど、精神的にもくるからなぁ」
「はあ……確かにこれ、しんどいですね。」
戦闘もだいぶ不利だ。
「よし、次の広場に出たら休憩にするか」
やっとですか……。




