第29話 ヴェローチェ=ジェルケーラ
ご無沙汰しております。
1年ぶりくらいになります。
5ヶ月後俺とリナルドはサーラント公国の南、大陸一の大国ガウリアス帝国の最も東の街イスラにいた。
北での戦が終わり、リナルドは次の指名依頼をこなすべく大陸の東に位置するメロトニス諸国連合にはいるためだ。
ここイスラは大陸でも南にあるため、街の雰囲気は南国風になってきている。廻りの木もヤシの木みたいな木が所々にみられる。
エミリア様との土手紙でのチャットによると、イリアは教会の雑務をしながら巫女の役割、たしなみ、サーラントが置かれている国の立場など、公の場に出て国益を損ねるようなことにならないための知識を詰め込まれているらしく、寝る間もないほどの忙しさらしい。
結果的にダミアーノから距離を置くことに成功しているらしい。
イスラの宿「南国の風」の酒場でリナルドと夕食をとっている。
「ここからさらに東に行くと、メロトニスだ。
メロトニスはアーガンディル大陸の東にあって南北に長い国だ。」
リナルドはエールをジョッキで流し込みながら、骨付き肉を固そうにカジッている。
「ふーん。」
俺は、川魚の串焼きに具だくさんソースがかかったものを黒パンと一緒に食べていた。
「アズマよぉー…、男は黙って肉だろうがよー?」
「そうですね、でもここの宿の川魚有名らしいですからね。」
日本人の記憶がある俺は、やっぱり魚が食べたくなるときがある。
「お前は、ちょいちょい魚食ってるけどよ、俺がガキの頃は魚なんて見向きもしなかったもんだぜ?」
そう言いながら2本目の肉にかじりついている。
「メロトニスは海岸通にある国なんですよね? じゃあ海産物もたくさんあるだろうから、楽しみですね」
「ああ、まあメロトニスって国は小さな国が集まってできてるからな、他に島が3つある。
大陸に近い順に、魚人が住んでるロナイ島、兎人が住んでるニムアイ島、そして今回の依頼で行くことになってる、ザッカー島だな」
な、なんと!? 聞き捨てならない言葉がポンポンでてきましたよ。
魚人!? それってやっぱ人魚ってやつですかね?
そして兎人!? マジか!? 長い耳が付いてるのかなあ?
俺はケモナーじゃなかったから、人間に近いほうがいいなー。
「魚人は基本的に自分たちの住んでる所から出たがらないんで、見かけることはないだろうけどな。 兎人はこの街にもいるんじゃなか?
まあ、この街に居たとしたら、奴隷だろうけどな」
「奴隷!?」
「ああん!? 奴隷見たことないのか? サーラントのしかも掃除屋の街で育ったんならみたことないかもな。
帝国は積極的に奴隷を使っている。」
ま…マジか!?
ウサギさんにあんなことやこんなことを??
「兎人は真面目なヤツが多いからな、なかなか犯罪奴隷はでないだろうから、数は少ねぇけどな。
今帝国で見る兎人の奴隷は、先の戦争でメロトニスと帝国でやりあったときの戦争奴隷の2世や3世だろうよ。」
「へー、でも奴隷って解放されないんですか?
戦争奴隷で2世ってことは、生まれてからずっと奴隷ってことなんですよね?
2世や3世は直接戦争に関わってないんですから、ちょっとひどくないですかね?」
グビッとジョッキを傾けエールを飲み干したリナルドは、俺の目を睨んだあと笑いながら
「ガハハハ、おめえはガキの癖によくそんなことがすぐに思いつくな。」
ギクッっとした。
そうだった、日本の普通の考えだった。
「仮にお前が鳥を飼っててその鳥が子供を生んだからって、野に還すのか?
その鳥もお前の財産だと思うのが普通じゃないのか。
卵生む餌を与えてるのはお前なんだからよ」
「確かにそうですけど…。」
これ以上何か言うと不味いと思い、黙りこんだ。
「まあ、お前の言う通り実際にそのことに目を向けて奴隷解放運動をやった男が教会にいたなあ…。」
「へー、すごいですね。帝国じゃあ、反対も多かったんじゃないですか?」
「ああ、実際帝国では猛烈に反対されたから、サーラントで実行された。
だからサーラントには奴隷が少ねぇんだよ」
「立派な人がいるんですね」
「ところが…だ」
ダンっとおかわりのジョッキを強めにテーブルに叩きつけて俺に質問してきた。
「解放された、奴隷たちはどうなると思う?」
「え?! そりゃ、自由になってそれぞれ自立するんじゃないんですか?」
「自由…な。自由になったら、自分で稼がないと生きていけないわな。
親は奴隷でたいして学もない連中が、まともな仕事をできると思うか?」
「あ!!」
「理解が早いな。 大概は犯罪に手を染めることになる。
丁度同じ頃、帝国は大規模な移民受け入れをやっててな。
奴隷2世や3世たちは一旗挙げようと帝国に大量に移入してきたってわけだ。
結果、帝国はタダで犯罪奴隷を大量に入手したって話だ。」
「ひどい……」
俺は顔をしかめた。
「ま、今になってみたらってとこだな。噂の域をでねえけどな。」
リナルドは一旗肉の無くなった骨を、皿にほおりながら言った。
「確か…、名前はヴェローチェ=ジェルケーラ。
40前にして、帝国の枢機卿になった男だ」
その名前を聞いて少し寒気がしたのは気のせいだったのか、夜になって河から吹いてくる冷たい風のせいだったのか…。




