雨と終わり
某小説講座に送った作品。
自由な設定で一人称小説を書く、という内容で原稿用紙3枚換算程度が条件でした。
それでは、どうぞ。
傘にあたる雨の音が大きい。地面ではねた水がズボンの裾をぬらし、傘から滑り落ちた水滴は荷物を濡らした。空は遠くまで暗く、雨が弱まる気配はない。大雨のせいで人がいない住宅地を、雨と共に進む。
普段の僕なら、こんな雨の下歩いて帰ることはないだろう。電車やタクシーを使って濡れないように注意を払ったはずだ。でも今日は違う。いっそのこと全身濡れて帰りたい気分なのだ。
仕事でミスをしたのである。ここの所ミスを立て続けに起していた僕は、上司にフロア全体に響き渡るような声で「この仕事辞めれば?」と怒鳴られた。怒鳴られるほどミスを重ねた自分への嫌悪感が、それからずっと止まらない。
ああ、この雨が僕を溶かして消してくれればいいのに。
重い足を引きずるように歩く。あと少しで家に着くところで、
「今日の天気みたいなお顔ね」
鈴を転がしたような笑い声。声のほうを見ると、白いワンピースに身を包んだ女性が、近くの家の軒下に立っていた。僕は思わず立ち止まり、家の窓に映る自分の顔を見た。なるほど、人には見せられないほど暗い表情だ。
「なにかあったのでしょう? 顔に書いてあるわ」
彼女は僕にやさしく微笑み、続けた。
「私もさっきまで、あなたのように思い詰めていたの。でも、考えたり悩んだりするよりも、明るい未来を考えて、そちらに向かえたらなって思えてきて。ねえ、明日の天気を知ってる?」
「雨、ですよね」
「そう、雨。私ね、明日も雨なら首を切られる運命なの」
「首を切られる?」
「ええ。ハサミでちょきんと。だけど、やまない雨はない。雨の終わりが早く来ると私は信じてる。今のあなたの悩み事を私は何も知らないけど、悩みにもいつか必ず終わりがくるから、大丈夫よ」
「本当に?」
「本当よ。ほら、前を見て。私とあなたの未来がいい方向に向かってる」
傘を上げると、視界が明るくなった。気づけば雨は少しだけ弱まり、向こうに白い空が広がり始めていた。本当だ、終わりが近づいてきた。
「あの、明日も会えますか。明日、今日の続きを話しましょうよ。お互いにどんな終わりが待っていたかを」
女性に問いかけた。
「えぇ、会えるわ。明日はきっと晴れるから」
「じゃあ、また明日」
しかし、僕の振り返った先に、彼女の姿はなかった。あるのは軒下のてるてる坊主だけ。白いフリルと揺れながら、それは空と僕に笑いかけていた。
表現についてあれこれ注意されましたが、修正せずにそのままお届けしました。
辛口コメントも甘口コメントも大歓迎です。よろしくお願いします。