空色玉 オーナー:ジョニー高山(1)
「俺の歌がお前にわかってたまるかってんだよ」
ふらふらになりながら、俺は路地裏のポリバケツの横に倒れこんだ。意識がはっきりしない。夜の街のネオンが妙にまぶしい。
2か月前に俺のバンドは解散。みんな将来を考えるなら今だと、消えていった。遂に昨日には5年付き添った彼女も去っていった。
「みんな夢なんだったんじゃねえのかよ。ヒック。でっけえ事しようって言ってたのによお」
真っ白な猫に向かってそう叫ぶとキャッツはびっくりしながらさって行った。
どれくらい寝ただろうか。
ふと誰かが声をかけていた
「おい、あんたここで寝かれると商売にならないんだよ、やめてくれるかい」
不愛想なしわの多いおばさんがにらみながら俺を厄介払いしている。俺は反論する元気もないのでそそくさと出て行った。否、4月といえどもまだ少し寒く、夜の間外で寝てしまったらしい俺の体はすっかり冷えていた。
このまま部屋に帰っても今日は何をするあてもない。
そろそろ俺も帰郷すべき時なのかと思ったとき、ふとあの場所に行こうと思った。
ちょっと歩いたところにある小さな定食屋は俺のいきつけだ。
朝に行くのははじめてだから、やってるのか定かではない。
いつもの角を曲がったとき、その定食屋にはのれんがかかっていた。
カラカラっとあの音を出しながら扉を開けると、店内の暖かさとおいしいにおいが顔に吹き付けてきた。
頬が紅潮したニコニコしたおばちゃんはいつものように声をかけてくれた。
「いらっしゃい。元気だったかい」
店内には一人の男性客を残して後は誰も居なかった。
「ここ、朝もやってるんだな。でもほとんど朝は客はいらねえじゃんか」
「そんなことないんだよ。あなたみたいなお寝坊さんじゃなくてね、みんな会社に行く前に食べていくからさ」
もうすでに時計が九時を指していたことに今、気づいた。
「はは、そうかい。そいじゃあ、お寝坊さんにふたつおばちゃんのおにぎりをくれよ。どっちもうめぼしね」
「はいよ」
おばちゃんは目を細めながらおにぎりをにぎってくれた。
少したって出されたおにぎりと湯気をあげている味噌汁はその見た目だけで俺の心を温めてくれた。
おにぎりをほおばり、目から何かが流れそうになるのを堪えながら、おにぎりと味噌汁をぺろっとたいらげた。
そのころにはすでに一人居た男性客もいなくなっていた。
「ところでよ、おばちゃん。覚えてるかな。一回してくれたおばちゃんの占い」
「ああ、覚えてるよ。でも、あんた全然信じてなかったじゃないか。偶然だってさ」
おばちゃんの占いとはかつておばちゃんが何人かの常連に行っていた占いのことだ。ある時を境におばちゃんは占いをやめてしまったが。
「わかってるよ。でも、もう一度聞きたいんだよ。本当に俺はおばちゃんが言ったように世界を救うミュージシャンになれるのかって」
「・・・・・」
おばちゃんは笑顔のまま顔を下に向け、少し考えた後、また顔をあげて言った。
「本当だよ。ただ、一筋縄じゃ行かないよ。何度もあきらめそうになりながらも歩んだ先に、それはあるよ」
ただの励ましにしか聞こえないような言葉なのになぜか、このおばちゃんの言葉には確信がこもっていた。
俺はその言葉が心にずっと残っていたからまたこうして聞いてしまったのだ。
「俺、おばちゃんの言葉信じたい。でも、どうすればいいのかわかんねんだよ」
おばちゃんを見つめ返したとき、おばちゃんはずっと俺の目を見つめていた。まるで俺のすべてを見透かすかのように。
しばらく沈黙した後、おばちゃんはしわくちゃの口を開いた。
「私も選択肢を選ぶ時が来たようじゃ」
そう言うとおばちゃんは、鍵のついた棚から青のような空色のような玉を取り出した。
「ジョニー。私はあんたに賭けるよ」