傷はもうない
ーねぇ、いつまで寝ているんだい? 時間が迫っているよ。
白い世界に生きているような感じだった。
霧が濃くそれ以外なにもない。
そして光楽の頭の中で聴こえてくる言葉はどこか神々しくもあった。
「……」
なんだかなにもしたくない。
この白い世界でこうして体を仰向けにして時間を貪るのもいいかもなと思えて来てしまう。
ー君は本当にそう思っているのかい? もっと生きたいとかさっきの君なら思っていたのだろう? そんな薄っぺらな感情に任せず立ち上がってみなよ。そこに君の大事な友人が待っているんだから。
友人と聞いて、ピクッと光楽の眉が動く。
ー今思う君の心情に偽りが無いのなら僕はこれ以上の説得はしない。
でも今、鈴森鈴の回りに身の危険が迫っているんだ、これを聞いても君はなにも思わないのかい?
頭の中で今の言葉を聴いた瞬間、光楽の身体に力強く力が入る。
目が開き唇を噛み締める。
ー助けたいんだね。じゃあ僕から話せる言葉はここまでさ。あとは君の足で鈴の元へ駆け出すんだ。
「お前はいったい…何者なんだ……?」
意識が途切れる前に光楽は聞いた。
ー僕は君を支える祈りの精霊さ、主に回復を担当させてもらっている訳なんだけど、そうだな……ミトって呼んでいいよ。今はまだ時間もないし僕の主に相応しいかテストをしているところだから姿こそ見せる訳にもいかないんだ。
でも君の器が本物なら近い内に会えるかもしれないよ。
さぁ無駄話はここで終わりにして目を覚まして。
そして彼女の元へいってあげるんだ。
それが最後の言葉だった。
4
ここ白く包む病室は波のようにカーテンが揺らし、微風が陸の頬を撫でる。
ベットに横になっている光楽の姿は、点滴、酸素マスク、そして陸が全力の駆け走りで病室に訪れた時、ミイラのように巻かれた包帯の姿を見たときはそれはもう痛々しい少年だった。
「どうしちまったんだよ、光楽……」
呻く。
事情の知らない陸にとって突然の出来事で頭が混乱するのも無理もない。
身体中汗が溢れて、それでも暑さは感じない。
それだけ陸の集中が光楽に向けられていた。
「ここは……病室か? 陸」
目がパチっと見開いてムクリと起き上がった。
「………はい?」
状況が読み取れず硬直した陸を見る光楽は、まるで自分の起こした重大さが分かっていないかのような表情で言う。
「おい、どうしたんだ?」
「いや、お前がどうしたんだよ!? もう全てが突然過ぎてついていけねぇよ!?」
突然のケガといい、死を覚悟と医者に言われながらも手術を行い、成功したものの3日は起きないと言われていた光楽が今起き上がるといい、ついに不満を爆発させた陸は罵倒を贈る。
「あ……う、ん、悪い」
「悪いじゃねぇよ、全てをこの場で説明しろってんだ……あ、いや、病人だしまだ安静にしとくべきか」
独り言を呟いた。
「……何してるんだ光楽?」
そわそわした感じに手で身体中にペタペタを触れては口を緩ました。
「僕も唐突過ぎてついていけないんだよ」
言うとグルグル巻きに纏う包帯を自らの手で解いていく。
「おい、勝手に包帯を取っちゃあ駄目だろ!」
「いや、もう大丈夫。傷は癒えたらしいから」
見るとその言葉は事実だった。
ガバっと上半身を見せつけられて、医者報告されていた無数の穴が、傷がないことを証明されては、陸は目眩がすると言いデコを手で覆う。
「どうなってるんだよ……」
「祈りの精霊、か。 事実だったってことは鈴のことも、だろうな」
「ああ、 鈴がどうしたって?」
「……陸、ちょっと手伝ってくれないか」
「いやだね、お前は今動いちゃ駄目なの。安静にしとけ」
ふてぶてしく断り腕を組む。
光楽からお願いごとをするのは希少と言えるほどレアだ。
だから出来ることなら手伝ってやりたいという感情を
抱くが、それでも光楽は死を経験した被害者。
ここは心を鬼にしてまででも光楽を安静にさせるのが賢明な判断だと陸は自分に言い聞かせた。
「鈴が危ないんだ」
「はい嘘まるわかり発言はよそうな」
「……」
「……まじなのか?」
あまりにも真剣な表情をされてはそう思ってしまう。
「どう危ないんだよ」
聞くと光楽はベットから離れ立ち上がる。
「おい、だから安静にー」
「鈴が死ぬかもしれないんだ」
「はぁ!?」
「だから僕は助けに行くんだ。そのために陸、手伝ってほしい」
「いやもう訳わかんねぇよ!? どうなってるんだお前の思考回路は!」
「自分でもバカみたいにむちゃくちゃ言ってるのは十分に分かる、でも今は信じてくれ陸。今すぐそばにいてやらないと、きっとあいつは泣いてるかもしれないんだ」
「ああ分かったよもうやけくそだコンチクショめが!俺はお前を知ってるし今の話が本当なら一刻も駆け走らないと弱虫鈴が泣くからな!」
「ちょっと待ってくれ……」
光楽ブツブツとまるで誰かと会話をしているかのように呟きだした。
陸は腕を組み貧乏揺すりをしては光楽に怪訝な表情を向けるがもう何もツッコミを入れる気力がない。
いくつものの理不尽な展開に耐性が着いていたのだった。
「水戸区の廃工場か、分かった。治療といいありがとな」
「……誰と話してるんだよ」
「精霊らしい奴とだよ」
陸は悪い夢なら早く覚めてくれないかなと光楽に聴こえないぐらいに呟いた。