epilogue
「――というわけで、ごめんね。一緒に出かけるのは無理になりました」
定時になった時間を見計らって、優菜に付き合ってもらって森崎に声をかけた。白田には「俺から言いましょうか?」と言われたけれど、自分で言わないといけないことだと思ったので断った。それでも、仕事以外のことで森崎と二人きりになるのは白田に申し訳なかったので女々しくも優菜に付き合ってもらってだけど。
「……そうか。分かった。だけど、本当にいいのか?」
「いいの。白田ってああ見えて優しいのよ」
普段は無表情で何を考えているか分からないような男だ。私も少し前まではそう思っていたのだけど、一緒にいることが増えてからは小さな表情の違いも何となく分かるようになってきた。それにたまに見せる笑顔が正直かわいいと思ってしまうのは、恋は盲目というやつなのだろうか。
「優しい、ねぇ」
「――他の女の子に余所見する人よりもずっと良いと思うよー。白田くんはずっと朱音ちゃん一筋だったもん」
森崎の無遠慮な言葉に優菜から鋭い言葉が刺さる。のんびりした口調なのに、言っていることは結構キツイ。ああ、優菜って意外と言うキャラだったんだっけね……。
「あれ?優菜ちゃんってそんなこと言う子だった?」
「森崎くんはもっと見る目を磨いたほうが良いよー。それじゃあ、あたしたちも帰ろう。もうみんな帰っちゃったみたいだよ。朱音ちゃん、行こー」
「う、うん。それじゃあ、森崎。……ええと、ありがとう!」
「んー。……幸せになれよ」
背中にかかる声に手だけで応えて、廊下を歩く。いい年して、友だちに付き合ってもらうなんてどうなんだろうと思ったけれど、優菜のおかげで勇気が出た。数えるほど経験はないけれど、今まで来るものをほとんど拒まずだったあたしは人からの気持ちを断ったことがほとんどない。モテる友だちを尻目に、あたしを選んでくれたんだから感謝しなきゃと思うくらいだった。そんな打算的な気持ちから成立していた関係はいつまでも上手くいくわけもなく、段々と歯車は合わなくなってしまうのだ。あたしの隣に立っていたはずの男はいつしか、あたしの友だちを好きなって去っていく。近くにいるからこそ、近くにいるあたしよりももっともっと綺麗でかわいい子を好きになってしまうのだろう。そしてあたしに残されるのは虚しい気持ちと劣等感だけだ。
森崎の気持ちは嬉しかったけれど、あんなに優菜を好きだと思わせるフリをしていたのが正直気になる。もしかしたら白田がいなければ、今までの私と同じように付き合うこともあったかもしれない。だけど、いつしか優菜のことを好きになって自分から離れて行ってしまうのではという不安もどうしたって拭えないのだ。
「優菜、ありがとね」
「ううん。いいよ。だけど、その代わりこれからもたまに一緒に遊んでくれると嬉しいな」
ロッカールームにはすでにあたしたち二人しかいなくて、社内で履いていたサンダルからパンプスに履き替えながら優菜に言う。優菜はにこにこと上目遣いであたしに言ってきて、女のあたしでさえきゅんとしてしまう。
「それはもちろん!」
「ありがとう。……あたしさ、いっつもその場限りの友だちが多くて。学校なら学校の中だけ、みたいな?あんまり外で一緒に遊んだりする友だちっていなかったんだ」
「え?」
優菜はそう続けて、寂しそうに笑う。
「でもね、それってよくよく考えてみればあたしも悪かったのかなぁと思うの。いっつも人に頼りっぱなしで、受身で。誰かが誘ってくれるのを待つだけ。メールだって自分から送ったこともないくらいだったもん。でも、それじゃいけなかったんだよね」
「優菜……」
本当はあたしだって人を誘うのは苦手だ。連絡したところで返事が返って来ないと落ち込むし、忙しくて誘うのも迷惑になるかななんて考えてしまう。学生の時であれば予定が合いにくいということは少なかったけれど、社会人になった今では特にみんながそれぞれ違う人生を歩き始めている。それでもメール一本入れるのは簡単なことだ。迷惑かななんて考えて連絡しそびれていればあっという間に一年以上疎遠になっているなんてよくある話だった。それだったら忙しかったら返事は返ってこないかな!なんて気持ちでメールしてみる方が良い。
「あたしね、朱音ちゃんと友だちになれて良かったなぁと本当に思ってるの。これからもよろしくね!――それじゃあ、お先にー」
「え?優菜、駅まで一緒に行こうよ」
「ううん。あたしは遠慮しておくよー。じゃあね、お疲れ様ー」
優菜はそう言うと、あたしの言葉も聞かずに颯爽とロッカールームを出て行ってしまった。残されたあたしは不思議に思いながら支度を済ませる。今日はせっかくの金曜日で優菜に用事が無ければごはんでも食べに行こうかなぁなんて考えてたのに全くもって残念である。仕方ないので帰りにコンビニでビールでも買って帰ろうかな。あ、パンプスのつま先に傷が付いてる。いつの間にか傷が付いてしまうのは何でなんでなんだろうね、なんて考えながらロッカールームを出た。
「――お疲れ様です、朱音さん」
「おつか……白田?」
すっかりパンプスに気を取られていて足元を見ていた。声に反応して視線を上げると、ロッカールームを出たすぐ外に白田が立っていた。いると思っていなかったあたしは思わず変な声を上げてしまって、白田が小さく笑った。
「勝手に待っててすみません。心配で」
「いや、それはいいんだけど。心配って?」
「それは、やっぱり自分の好きな人に言い寄ってる男がいるのは心配に決まってるじゃないですか。森崎さんは俺よりも明るくて楽しい人で、朱音さんとも仲が良いですし」
首を傾げて尋ねれば、白田は言い難そうに少し顔を下に向けてしょんぼりとした風に言う。そんな白田がかわいくてきゅんと胸が締め付けられるのも恋の効果なのだろうか。
「……大丈夫。あたしが好きなのは白田だし。それよりも帰ろう?せっかくの金曜日だし、もうみんな帰ってるよー」
「え!朱音さん、今の本当ですか!」
「んー?さ、今日は何食べようかー?あたしお腹ぺこぺこなんだけど」
後ろを慌てて着いて来る白田に笑みを零しながら会社を出る。物語の主人公じゃなくても、脇役でもきちんと幸せになれるのだ。ただそこの二人に焦点が当てられないだけで。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
最後にあとがきを少しだけ。
別作品の息抜きで書き始めたこの作品。
長身ヒロインもあまり見かけないので、どうなのかなと思っていたのですが私が思っていたよりもたくさんの方に楽しんでいただけて本当に嬉しかったです。
とりあえずは一旦完結にさせていただきますが、白田が恋に落ちた話や、少しだけ続編みたいなものをまた時間があれば更新したいと思っています。
今まで本当にありがとうございました!