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06

「朱音さん、この書類のチェックお願いします」

「はーい。これ終わったら見るから、そこ置いといてくれる」

 あたしの横に入って来た白田にパソコンの画面から目を離さないまま言う。

「分かりました。よろしくお願いします」

 白田が頷いて、あたしのデスクの脇に書類ファイルを置く。それを横目に見ながらあたしはキーボードに向き合って打ち込みを続けている。今数字の羅列から視線を外したらどこまでやったか分からなくなってしまいそうで。

 しかし。

 こうして白田が傍に来ると、女子達の視線が刺さる気がする。先週までそんなこと無かったのは確実だから、白田の容姿が少し変わったことが影響しているのかしら?今まで見向きもしなかったのに少し見た目が良くなったら牽制し始めるとか嫌だわー。

「んー」

「……朱音ちゃん、大丈夫?」

「えー?」

 切りの良いところまで終わって、目立たないように小さく伸びをしていると横に優菜が立っていた。優菜は心配そうに眉を下げて、あたしをじっと見ている。あたしはその言葉の意味が分からずに首を傾げると、優菜があたしの耳元に顔を近づけた。

「……白田くんのこと噂になってるよ」

「噂?まぁ、放っておけばそのうちみんな飽きるでしょ」

「それはそうだけど…」

「大丈夫だって。心配させちゃったみたいでごめんね?」

 歯切れの悪い優菜にそう言って申し訳ないなぁと思いながら謝る。あたしが思っていたよりも優菜はあたしのことを好きで居てくれていることに驚きつつも嬉しい。ただ少しかっこよくなった後輩とちょっと親しいだけなのになぁ。

「ううん。朱音ちゃんが良いならいいの。それはそうと、白田くんと遊びに行ったんならあたしとも遊んで欲しいな」

「え?別にいいけど」

「じゃあ、今週末ね!ふふ。楽しみっ!後で連絡するねぇ」

 そう言って優菜は楽しげに自分の机に戻っていった。もしかして、下手な男よりも優菜のことを喜ばせることができるのはあたしなんじゃなかろうか…。

「……コーヒー淹れてこようかな」

 ポツリと呟いて席を立つ。あたしの会社は基本的にお茶汲みを女性社員がやらなければいけないということは無くて、飲みたい人が自分で淹れる。ただ、片付けとかは当番の女子社員がやらなければいけないんだけど、毎日毎日お茶汲みするよりはマシなのでヨシとしている。

 廊下の隅にある給湯室に来てコーヒーメーカーを見ると、コーヒーは空だった。最後に飲みきった人が新しくセットする決まりなのに、最後に飲んだ人がやらなかったらしい。まぁ、犯人は多分奥山課長だ。あの人いっつも忘れてたよーとかへらへら笑ってごまかすんだよね。笑えば何でも許されると思ってるかもしれないけど、それはただしイケメンに限る!だっての。柴田部長あたりだったら許されるんだけどねぇ。ロマンスグレーの大人の魅力が素敵です。

 コーヒーが出るまで待ちがてら、流しに置いたままにしていた洗い物を片付けていると、給湯室へ人が入って来るのが分かった。

「コーヒーならまだかかるので、あたしのと一緒に持っていきましょうか……って森崎じゃん。アンタのならいいか」

「うわー、優菜ちゃんなら何も言わずに持ってきてくれるんだけどなぁ。可愛げのないヤツ」

「そうなのよー。あたし可愛げがなくって困っちゃうわー」

 森崎の暴言を右から左へ受け流しながら、カップを食器棚へと片付ける。あんな男の言葉を真に受けて返す方が馬鹿らしい。あたしと優菜は別次元の人間だってことが分からないのかね。アイドルと一般人を比べてどうするっつうの。あれ、この赤いカップって前に辞めた山田さんのじゃないっけ?片付けた方がいいのかな。

「……お前、さぁ」

「何?そんなに見つめて」

 カップを見ながら考えていると、森崎は急に大人しくなってあたしのことを見ている。何?たくさん見られたからって何かが磨り減るわけじゃないけど、精神的には結構嫌なものですよ。

「ばっ!見つめてなんかねーよ!……ああ、もう。お前と話してると調子狂う!」

 思わずいつものノリで茶化すと照れたように顔を赤く染めて森崎が言い返してくる。勝手に調子狂わせてるくせに何言ってるんだか。

「ちょっと、みんな仕事中なんだからあんまり騒がないでくれる?何か話あるんでしょ?どうしたの?」

「あー……あのさ、朱音って白田と付き合ってんの?」

「……は?」

 くるりと森崎の方を見たままの体勢でピタリと固まってしまった。何こいつ変なこと言い始めてんの?

「噂になってるけど?」

 よほど怪訝な顔をしていたのか、森崎が補足を入れた。そういえば、さっき優菜も噂がどうのこうの言っていたような……。てっきり、白田のイメチェンで女子が盛り上がってるのかと思ってたけど、噂ってなに?

「……ちなみに、内容は?」

「朱音と白田が付き合ってるって話。先週、お前たちが一緒に居るところを庶務の女子が見たんだとか」

「えー…」

 あたしは普段偏頭痛持ちでもなかったけれど、何だか急に頭痛がする。こういう恋愛関係の噂って何でこう面倒なんだろう。もちろんあたしと白田はただの先輩と後輩でしかない。

 ていうか、そんな普段話さないような人の恋愛とかどうでも良くないかなぁ?庶務の女子って誰よー。仕事以外の話を話すような間柄の人なんてほとんどいないんですけど。

「で?」

「付き合ってないよ」

 付き合ってない。これは断言できる。特別何かがあったわけでもないし。

「一緒に居たって何なの?わざわざ週末に会うなんてデートか?」

「うーん……何ていうか?」

 森崎の言葉に、脳内で勝手に白田の言葉が再生される。デートって言ってたわね、白田は。しかもまた誘うとか……。ああ、いや、うわー。あたしはデートのつもりじゃなかったけど、白田がデートとか言うんだもの!

「……何だよ。何そんなに顔赤くしてるんだよ」

「な、何でもない!」

 森崎はむすっとした表情であたしを見る。あたしは慌てて脳内でエンドレスリピートされていた白田を追い出して、森崎に答えた。

「分かった。罰として、俺ともデートな。分かったか!」

「え?は?何で」

「分かったか?」

 思わず幻聴でも聞こえたかと思った。いきなり訳の分からないことを言い始めた森崎に戸惑っていると、森崎は追い討ちをかけるように迫ってきた。あたしの両肩に手を置いてなおも言う。

「ちょ、近いって」

「朱音、分かったか?」

「わ、分かったってば」

 森崎は段々あたしに接近してくる。その距離に慌てて首を縦に振ると、森崎はにやりと口角を上げてあたしから離れた。いきなり何なの、森崎は!

「じゃあ、詳しくは後で連絡するなー」

 いきなりご機嫌になった森崎は手をひらひらと振って、給湯室から出て行った。あいつ何しに給湯室に来たの?

「……っていうか、何なの?デートって何?」

 もしかしたらあたしが恋とか何とかから遠ざかっているうちにデートという言葉はあたしが知っている意味のものと違うものになったのかもしれない。きっとそうだ。デートっていうのは男女で出かけることの意味なのね。……いや、それってデートじゃないの?

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